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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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聖墳墓教会(夜)と嘆きの壁

お昼寝をしてスッキリ、夜の旧市街を散策してみました。

ヴィアドロローサ。昼間とはうってかわって静か。
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ここはクレネ人シモンが、イエスのかわりに十字架を担いだ場所です。
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聖墳墓教会に到着。なんとっ、こんなに空いているとは!!
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十字架が立てられた場所もガラ空き。
こうして小さな祭壇の下に屈むと、十字架の立てられた(とされている)箇所に触れることができます。
写真の女性は泣きながら祈ってました。
が、クリスチャンではない私たちは触らないでおきました。
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いやいや、静かなこと。
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続いては、ユダヤ教徒の大聖地『嘆きの壁』に行ってみる。
手荷物などのセキュリティチェックをうけ、広場にでると『壁』があります。
祈りの場所は女性専用と男性専用に入り口が分かれていて、こちらは男性用の壁。
この壁のすぐ裏側には、なんとイスラム教の大聖地『岩のドーム』があります。
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では、嘆きの壁のプチ知識をどうぞ。

嘆きの壁というのは、かつて『神殿の丘』にあったユダヤ教神殿の壁のうち、唯一残されている壁のことをいいます。

この『神殿の丘』の場所はユダヤ人とアラブ人がそれぞれ祖とするアブラハムがその子イサク(アラブ側はイシマエル) を神に祭物として捧げようとしたというモリヤの山として、旧約聖書に記述されます。

紀元前1000年頃、イスラエル王国のダビデ王がエブス人のシオン要塞となっていたその場所を攻略し、ダビデの町の中核としました。

そしてその子ソロモン王が紀元前965年頃、その『神殿の丘』と呼ばれているところにユダヤ教の神殿を建てます。(第1神殿)

終末のときメシアが降臨し、入場する神殿として、ユダヤ教徒の信仰の対象とされた第1神殿ですが、紀元前586年にユダヤ人がバビロン捕囚にあった時に破壊されてしまいました。

その後、紀元前515年頃に第2神殿として再建されます。

さらには紀元前20年頃にはヘロデ王によって改築されました。

このころイエスも神殿を訪れたという記述が聖書にあります。

聖なる神殿内で商売をしている様子を見たイエスは怒り嘆き、その店をひっくり返したと記載されています。

しかし、ヘロデ王が改築した神殿も西暦70年にはローマ軍によって完全に破壊され、神殿の西壁だけが残りました。

これが今現在『嘆きの壁』と呼ばれているものです。

西暦70年の神殿破壊の後は、ユダヤ教徒のエルサレムへの立ち入りは許可されず、4世紀以降には1年に1日だけ立ち入りが許されるようになります。

そして、残された西壁に向かって祖国の復興を祈り続けました。

こうして、神殿西壁は「嘆き」の壁となったのです。

7世紀にはいると、パレスチナ地方全体はイスラム教徒のものになりました。

「神殿の丘」も当然イスラムの支配下となり、『ハラム・アッシャリフ』(高貴なる聖域)と呼ばれるようになります。

ムハンマドは、メッカのカーバ神殿から天使ガブリエルに連れられて、一夜でここ神殿の丘まで旅をし、神殿の岩から天馬に乗って昇天したといわれています。えぇっ、ありえない!ムスリムって本当にこんな話信じているのかな!!

691年には、まさにユダヤ教の神殿が建っていたその場所に、岩を中心としたイスラム教徒の大聖地『岩のドーム』が建設されました。

嘆きの壁の上は、ユダヤ人にとってはユダヤ教の聖なる神殿が建っていた『神殿の丘』。

イスラム教徒にとっては『岩のドーム』のある『ハラム・アッシャリフ』。

どちらにとっても譲れない大聖地なのです。

ちなみにアブラハムはキリスト教の始祖でもあります。

ですから、アブラハムが息子イサクを生贄として神に捧げようとした『神殿の丘』はなんとキリスト教にとっても聖地なのです、ああややこしい。



トラディッショナルファッションのユダヤ教徒。
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ジーンズにライフル。でも礼儀正しくお祈り。
イスラエル人の若者には、男女とも兵役があります。
(宗教や病気を理由に兵役を逃れる方法はいくつかあるようですが)
街を歩いていると、たくさんの若者が、ライフルを持ち完全武装で歩いています。
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嘆きの壁の猫ちゃん。なつっこくて可愛い!!
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こんな狭い地域に複数の宗教(といってもどれも兄弟のようなものですが)の大聖地が混在し、古くからエルサレムを巡って十字軍とムスリムが闘ってきました。

世界広しといえども、こんな街は他にはないのではと思います。
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Author:ダリオ&ハニコ
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