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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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聖墳墓教会(昼間)


まずは、旧市街をウロウロと散歩してみることにしました。

宿で朝ご飯。お腹いっぱいになったらいざ出発。
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ここは宿から徒歩3分のヴィアドロローサVia Dolorosa
悲しみの道、苦難の道、十字架の道とも呼ばれます。もう説明は不要でしょう。
死刑判決をうけたイエスが、ゴルゴダの丘に向かうため、十字架を背負って歩いた道です。
イエスが実際に歩いたのは、現在の道よりも地下2メートルほど深いところにあったそうです。
西洋人のツアー客で大混雑、なのでここは後回しにして先に進みます。
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ヴィアドロローサと平行している静かな道。
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美形の猫ちゃん、こんにちは♪
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コプト正教会・聖アンソニー教会 Coptic Orthodox church of St. Helen
ここはイエスが十字架を背負って歩く途中、三度目に倒れた場所とされています。
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教会の敷地内に入ってみる。
コプト教とは、数あるキリスト教宗派の一つで、現在、エジプト・エチオピア及びエリトリア・アメリカ・オーストラリアを中心に、総計5千万人の教徒がいるそうです。
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丘を登り、こんなお土産屋がたくさん軒を連ねる道を進み・・・
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辿り着いたのは、かの有名なキリスト教の大聖地・聖墳墓教会 Church of the holy sepulchre
赤と白の旗は十字軍の旗です。
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では、まず聖墳墓教会のプチ知識からどうぞ。

聖墳墓教会はゴルゴダの丘のイエス・キリストの墓とされる場所に建つ教会です。

最初に教会を建てたのはキリスト教を公認したローマ皇帝コンスタンティヌス1世の母ナフラウィア・ユリア・ヘレナHelena of Constantinopleです。

コンスタンティヌス1世がキリスト教を公認したのは、熱心なキリスト教徒だった母親の影響が大きいといわれています。

ヘレナは、326年に聖地巡礼し、夢を見て神のお告げを聴き、ここがゴルゴダの丘であると確信します。

そして、この地を発掘し、イエスの墓と磔刑に使われた聖十字架と聖釘などの聖遺物を見つけ、元々あったヴィーナス神殿を取り壊し、ゴルゴタに教会を建てました。

エルサレムは2度のユダヤ戦争によって破壊され、135年ごろにはローマ風の都市へと再開発されたため、西暦30年ごろの出来事とされるイエスの磔刑の舞台、ゴルゴタの位置は実際には分からなくなってしまっているのが実際のところだそうです。
(そうだよね~イエスの死から300年もたってるし、なんか無理があるもんね)

教会の中には、イエスが十字架に磔刑にされた場所、イエスの聖骸に香油を塗った場所、イエスの墓とされている小さな聖堂などがあり、現在も聖書の世界が息づく聖地で、世界中のキリスト教徒をひきつけています。

しかし、聖墳墓教会は、ホスロー2世治下のサーサーン朝軍がエルサレムに侵攻し聖十字架を手にいれた614年に、火災によって損傷してしまいます。

630年には、東ローマ皇帝ヘラクレイオスがエルサレムに入り、聖十字架を取り返し教会を再建します。

その後、イスラーム教徒の支配下で教会は一定の自治下にありましたが、966年のムスリムによる暴動により、ドアや屋根が燃やされてしまいます。

更にファーティマ朝のカリフ、ハーキムはキリスト教会の破壊を命じたため、1009年10月18日には一旦教会そのものがなくなってしまいました。

ところが、厳しい状況の下、東ローマ皇帝コンスタンティノス9世モノマコスが1048年に小さな教会をこの地に建てました。

再建されたこの土地は、1099年1月15日の第1回十字軍の騎士によって奪還されます(エルサレム攻囲戦)。

現在この教会はカトリック教会、東方正教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、シリア正教会の複数教派が共有しており、一日中それぞれ何らかの教派によるミサ・聖体礼儀などの公祈祷が行われています。

また、エチオピア正教会は正式な独立教会として認められておらず、オスマン帝国などのイスラム教勢力が強かった時代に迫害から教会を守護し続けていたにもかかわらず、正式な行事には参加出来ません。
(かわいそうに・・・)


それにしても、なんだなんだこの混み様は!
写真右側の小さな青いドームの下にある、アーチ型の窓のあたりで、イエスは衣服を剥ぎ取られたそうです。
彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。-『マタイによる福音書』 27:35~27:36
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教会内に入るとすぐ前に、大きなモザイク画。
右から、十字架に磔にされ息をひきとるイエス、塗油の石に横たえられ香油を塗られるイエス、墓に埋葬されるイエス。
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現在博物館で目にする何千年の前のモザイク画も、当時はこんな綺麗な状態だったのかなぁ。
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モザイク画の前には、『塗油の石 Anointing Stone』
イエスはこの石の上に横たえられて香油を塗られ、埋葬処置を施されたそうです。
みんな口付けしたり、自分の持ち物をこすりつけて、ご利益(?)を分けてもらおうとしています。
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ここから上を眺めると、ドームにもモザイク画。
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塗油の石の右横にある階段をあがり、2階へと行きます。手すりには1600年代や1800年代の落書き。
今も昔もやることは大してかわりませんなー。
日本語の落書きが無くてほっとしました。もしあったら恥ずかしいもんね。
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2階には、イエスが磔にされた十字架が立てられた場所があります。
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新約聖書より

「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。

犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。

そのとき、イエスは言われた。

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

人々はくじを引いて、イエスの服を分け合った。-『ルカによる福音書』 23:33~23:34



キリスト教徒の皆さん、熱心に祈ります。それにしても人多すぎて厳かな雰囲気はまったくナシ。
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イエスは午後3時に息を引き取ったそうです。

新約聖書よりその様子。

昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。

三時にイエスは大声で叫ばれた。

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」(イエスが話していたアラム語という言語です)

これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。


そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。
(エリヤとは旧約聖書に登場するユダヤ人の預言者のこと)

ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。

しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。

すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。

百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。

そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。

また、婦人たちも遠くから見守っていた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメがいた。

この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。

なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。



祈りの風景。
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この女性の両サイドには激しく炎が上がっています。10本ほどのキャンドルがひとくくりにされた束に火をつけ、ブスブスと5束も灯して火柱をたてていました(笑)
いったい1人で何十本のキャンドルを買ってるんだ~??慌てて走ってきた司祭に、使い方が違うとお説教されていました。
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この服装は、中世の雰囲気ムンムンだねぇ。
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大混雑の中、こんな静かにお祈りをする男性も。
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階段を下りて地上階に行き、今度は塗油の石に向かって左側に進みます。
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こんなドームの下にあるのは、、、、
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イエスのお墓です。
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うーむ、混んでいる。でも眺めていると5人ずつ入場で、意外に早く順番が回ってきそう。
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15分ほど並んで入場!!!中は暗く、こんな祭壇がありました。皆ひざまづいて祈ります。
大きな声ではいえませんが、まさにここにイエスが埋葬されたとは信じられません・・・
でも歴史上に名を残した大勢の人々が、この同じ場所にひざまづき、祈っています。

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お墓の前には聖堂。
多数の宗派が聖墳墓教会を共有していて、それぞれの宗派がこの教会内に聖堂を有しています。
ちなみに、各宗派同士の対立は極めて激しく、教会内で他宗派の司祭がしばしば乱闘事件をおこし、警察沙汰になることもあるそうです。
まったく、神様も泣いていることでしょう。
こんな状態ですから、聖墳墓教会の鍵は、なんと異教徒であるムスリムが管理しているそうです。
聖墳墓教会の近所で土産物屋を営むムスリム一家の手にゆだねられているそうですヨ。
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ドームからはイエスが眺めています。
西洋のキリスト教絵画では、イエスは白人として描かれていますが、古いモザイクなどに描かれたイエスはこのように褐色系の容貌。
イスラエル(パレスチナ自治区)のベツレヘムで生まれたのだから、こちらのほうが信憑性があると思います。
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地下にも聖堂があります。この階段を下りると、皇帝の母ヘレナが聖十字架を発見した場所に辿り着きます。
それって聖十字架だったのかなぁ。。。単なる木片だったんじゃないのかね~。
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なかなか美しい照明だねぇ。
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いや~なんだか聖墳墓教会は重~い雰囲気で疲れちゃったよ。街中の猫に癒される。
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昔のユダヤ神殿の跡。
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一旦宿に帰り、お昼ご飯を食べる。にんにくたっぷりのトマトスパゲッティ。
にんにく最近摂取してなかったのでウマーでした。
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しばしお昼寝をして、また夜でかけます。その様子は次の記事で!
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