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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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クネイトラ

ゴラン高原にあるクネイトラQuneitraという街(の跡)に行って来ました。

クネイトラとは、シリア南西部のクネイトラ県の県都で、戦争で破壊され廃墟となっている都市。

レバノンおよびイスラエル国境に近い街で、ゴラン高原の谷間に位置し標高は1,010m。

クネイトラはオスマン帝国時代にダマスカスから南方へ向かうキャラバンの中継地として作られ、後にはイスラエル国境に近い戦略的に重要な都市として兵営が置かれ、人口は20,000人を数えました。

1967年6月10日、「6日間戦争」(第三次中東戦争)の最終日にシリアが放棄したクネイトラはイスラエル軍に占領されてしまいます。

1973年の「ヨム・キプール戦争」(第四次中東戦争)でシリア軍が一時は奪回したが、イスラエル軍の反撃により再度イスラエル軍が奪回します。

1974年6月にイスラエル軍は撤退しましたが、それまでに起こった戦闘の影響に加えて、撤退時の破壊行為によってクネイトラの街並みは今日の姿になっています。

現在、クネイトラの廃墟は国際連合兵力引き離し監視軍(UNDOF)の管轄するシリアとイスラエル間の兵力引き離し地帯にあり、両国の事実上の国境から程近い場所に位置します。

イスラエルはクネイトラを故意に破壊したことについて国際連合の非難を浴び、一方でイスラエルは、シリア政府がプロパガンダのため故意にクネイトラを再建しないと非難しています。


クネイトラまでの行き方は下記の通り。

①内務省でクネイトラに入る許可書をもらいます(許可証発行料無料、要パスポート)。タクシー代はアルマルジェから50SYPで十分。(メーターで行けば40SYPくらい)

②内務省を出て左に進み、一本目の角を左折。しばらく坂道を北に進むとバスやセルビスが通る路(Nazem Basha St.)に出ます。ここからAl-Samariyeh Garage行きのセルビスに乗車し終点で下車。乗車賃15SYP/人。

③Al-Samariyer Garageから終点(多分Khar al Rinbah。未確認。)のGarageまで行きます。乗車賃35SYP/人。

④ここでクネイトラまで入るセルビスを探す。乗車賃5SYP/人。
クネイトラまで100SYPだとか、1時間回って500SYP/人だとか声をかけてくるドライバーがいますが無視。
これで終点のクネイトラ入り口まで行けば到着!
入り口にある管理室で許可書とパスポートを提出すれば万事OK。


では、写真で振り返るクネイトラ。

クネイトラは自分達だけで見て回ることができず、係員が案内してくれます。案内料は無料です。
私たちを案内してくれたのは係員のアフマッド氏31歳。
丁寧に時間をかけて回ってくれました。


モスクの跡。この街はムスリムとクリスチャンが友好的に暮らす平和な街だったそうです。
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崩壊した家。幸いこの爆撃によって住民が亡くなるということはなかったそうです。
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ゴーストタウンです。
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国連です。
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病院の跡。
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銃弾の跡。
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撮影クルーが来てました。
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病院内部。
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病院内部・・
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ところで、同行してくれた係官との会話ですが、私たちがアラビア語を理解できればよいのですが、急にそうなれるわけでもなく、また彼の英語は単発の単語なので、詳しい戦闘の推移や事柄についての回答は得られませんでした。

彼はシリア側の人間なので、「イスラエル、ボンビング」や、機関銃を撃つまねをして、『イスラエルはとっても悪い』ということを強調して回ってくれましたが、実際にはこの地で戦闘が行われたときには、大多数の住民は避難しており、イスラエルが非戦闘員を攻撃したわけではないようです。
(別の話では、数人の非戦闘員がイスラエルの攻撃によって死亡したとの説もありますが)

クネイトラの病院には無数の銃弾の跡が残っており、これが病院が本来持っているはずの、生命を救うイメージとかけ離れている光景である為に、見る者に戦争の陰惨な面を際立って意識させます。

しかし、銃撃戦があったということは、応戦したシリア側の勢力もあったはずなので、病院は戦闘の舞台となったという事実以上でも以下でもないのではないかと思えました。
これを非戦闘員への攻撃があったように勘違いさせる(聞き手のアラビア語理解能力不足、話し手の英語会話力不足のために)のは、ちょっと違うのではないだろうか???、と思えました。


さておき、現在の主権国家の仕組みや民族自決の原則に則れば、通常の外交で互いの主張の食い違いを解決できない場合、戦争という外交手段を用いて解決することは避けられないのかも知れませんが、現実にその場に立つとなんとも陰鬱な気持ちになります。



ただただ瓦礫の山。
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教会の跡。
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墓地やらスタジアムやらがあったらしいけど、跡形もなし。
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花が咲いていました。
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なんとも寂しい風景。
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1時間ほど見学して、帰りのセルビスに乗車。
道中にはパレスチナ難民の暮らすテント。
レバノン北部との国境近くと同様に、多くのテントを目にしました。
P6020298.jpg


帰り道、のどかな農作業を見て、すこしホっとした一日でした。
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