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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ケルズの書-ダブリン

2010年11月、ダブリンで『ケルズの書』を見た日のお話です。

ダブリン滞在2日目の今日、何よりも先にまずやるべきことは、いまいちな宿をチェックアウトし引越しをすること


リフィー川を渡り、ダブリンの南側へトコトコ。
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ダブリンは都会だねぇ。
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歩いていてよく目にするのが『借主募集中』や『売出し中』の看板がかかった不動産。
アイルランドの財政危機は、不動産バブルがはじけて膨れ上がった不良債権を抱えた銀行を国家が救済したことが原因。
一時の不動産価格は5倍にも跳ね上がって、猫も杓子も不動産投機に走りましたが、今は二束三文。 宴の後です。
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ここでちょっとダブリン情報。(wikipediaより)

ダブリン Dublinは、アイルランド島東部の都市で、アイルランド共和国の首都。

アイルランドの政治・経済・交通・文化の中心地であり、アイルランドの全人口の三分の一がダブリン首都圏に集中するアイルランド国内唯一にして最大の都市である。欧州有数のグローバル都市であり、重要な金融センターの一つになっている。

2世紀のアレクサンドリアの地理学者プトレマイオスの文献にエブラナとしるされている地が現在のダブリンとされる。

住民であるケルト人は291年、レンスター軍との戦いで勝利をおさめた。ダブリンのアイルランド語の名称ブラー・クリーは、この勝利のあとにつけられた名称と考えられている。

ダブリンは、アイルランドの歴史の中でしばしば重要な役割をはたしてきた。

450年ごろにパトリキウスによってキリスト教に改宗。

9世紀半ば頃、リフィー川から攻め上がってきたノルマン人ヴァイキングが、ここにあったケルト人の町を破壊して城砦を築き、これをゲール語で「黒い水たまり」を意味する「ドゥヴ・リン」Dubh Linn と呼んだのが町の英名の由来とされている。
現在のダブリン城の地下にはその当時の遺構がうかがえ、またこの城の裏の庭がそのかつて「黒い水たまり」と呼ばれていた地域である。

これにつづく3世紀の間、アイルランドの住民はデーン人からたびたびダブリンを奪回した。

1171年、デーン人はイングランドのヘンリー2世にひきいられたアングロ・ノルマン人によって追放された。

ヘンリー2世は翌1172年にダブリンに宮廷をおき、ここをイングランドの都市ブリストルの属領とした。

こうしてダブリンはイングランドのアイルランド支配の拠点となったが、1534年に反乱がおき、アイルランドの愛国者フィッツジェラルドが一時支配した。

17世紀、イギリスのピューリタン革命の間、ダブリンはクロムウェルの議会派勢力に包囲された。

1798年のアイルランド民族主義組織ユナイテッド・アイリッシュメンの蜂起に際してはダブリン攻略の試みは失敗し、1803、47、67年にも蜂起がくりかえされた。

1916年と19~21年のアイルランド蜂起では、ダブリンははげしい戦場となっている。

歴代のアイルランド王や有力者、またアイルランドを植民地支配したイングランドもダブリン城に行政の拠点を置き、アイルランド独立にいたるまでアイルランドの行政と政治の中心であった。

現在も、市の中心部のメリオン通りおよびメリオン・スクエア周辺にアイルランド共和国政府の議会や主要官庁が立ち並び、アイルランドの政治・経済・文化の中心として栄えている。



続きです。新しい宿はLe Cirk Hotel。
テレビ、バストイレ、電気湯沸かし器、コーヒー・ティーセット、WIFI、美味しい朝食が付いて40.5ユーロ/室。
とてもお得感の高い宿です。唯一の欠点はエアコンの調子が悪く、とても寒いこと。
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さて、今日はダブリンで最も観光客が訪れるスポットに行きました。
それはここトリニティ・カレッジ。
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トリニティ・カレッジ(英語:Trinity College、アイルランド語:Coláiste na Tríonóide, Baile Átha Cliath)はアイルランド共和国の首都ダブリンにあるアイルランド最古の大学で、400年以上の歴史と伝統を誇ります。

正式名称は、ダブリンにおけるエリザベス女王の神聖にして分割されざる三位一体大学 The College of the Holy and Undivided Trinity of Queen Elizabeth near Dublin。 
←なんじゃこれ。。。

1592年にエリザベス1世の勅令によって入植者・官吏・国教会子弟の高等教育のために設立されました。

オックスフォード大学やケンブリッジ大学と並び、英語圏最古の7大学のひとつです。

設立当初はダブリンに暮らすプロテスタント(国教会)にのみ入学が許されていました。

18世紀にアイルランドにおけるカトリックの差別撤廃が進むと、1793年にカトリック教徒の入学も許可されるようになりました。
これはイギリス本土ケンブリッジ大学やオクスフォード大学よりも早く、それらの大学のモデルとなったのです。

1873年には入学の際に信教を問われる事はなくなりましたが、少なくとも1980年代までは、教区の司祭の許可書提出を求められる場合もありました。

1904年には女性の入学が認められたが、これはアイルランドにおいて初めてのことでした。


大学の構内。すっかり冬、寒いっ!
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石造りの伝統ある建物が並びます。
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お目当てものは、ここトリニティ・カレッジ図書館に収蔵されています。入場料は9ユーロ/名。
トリニティ・カレッジ図書館は、アイルランドにおける最大規模の図書館で、エジプト時代のパピルスをはじめ、計500万の書籍を収蔵。イギリス、アイルランド両国で発行された書籍について、全てを無償で請求できる権利とともに、自由に複写する事ができる特別な権利を有しています。
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そして、ここに収蔵されている最も重要なお宝は『ケルズの書』。

『ケルズの書 The Book of Kells』は、8世紀に制作された聖書の手写本。

「ダロウの書」、「リンディスファーンの福音書」とともに三大ケルト装飾写本のひとつとされ、アイルランドの国宝となっており、世界で最も美しい本とも呼ばれます。大きさは縦33cm、横24cm。

豪華なケルト文様による装飾が施された典礼用の福音書で、四福音書(マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書)が収められています。

聖コルンバの偉業を称えるために、スコットランド、アイオナ島のアイオナ修道院で制作が着手され、その後アイルランドのケルズ修道院で完成されました。


皮に細かい絵が描かれ、一針ずつ丁寧に綴じられた1200年前の本。
この時代の宗教画は、聖人やキリストの顔が完全にアラブ人に表現されているのが興味深いです。
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図書館の2階にある古い図書室『Long room』を見学し、お次はアイルランド国立博物館へ。
ここのお宝は『タラ・ブローチ Tara Brooch』
8世紀に作られたもので、1850年にアイルランドのタラの丘付近から発掘されました。ケルト金工芸術の最高傑作といわれます。 古代から中世初期にかけて、ケルトの騎士達が重たいマントを肩や衿元で留めるために、頑丈な針を備えた大きなブローチがさかんに作られたそうです。
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街をぶらぶら。雨が多いアイルランド、ひとつだけ良いのはしょっちゅう虹が見れること。
写真ではうまく撮れないのですが、色のくっきりした綺麗な虹。
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今日の夕焼けは見事!
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港までやってきましたが、寒いのなんの!鼻水がタラリ・・・
早く宿に帰って、お布団に包まろうっと!
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Author:ダリオ&ハニコ
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