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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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レオポルド美術館

2010年9月にレオポルト美術館を訪問したときのお話です。

この美術館は、2001年にユダヤ人眼科医ルドルフとエリサベート・レオポルト夫妻の個人コレクションを基に設立された美術館で、オーストリア表現主義の巨匠エゴン・シーレの世界最大のコレクション、そしてグスタフ・クリムトのコレクションをも有しています。

ちょうどピカソ、セザンヌなどの作品を展示したエキシビジョンも開催されていて、見ごたえたっぷりの美術館でした。

それにしてもコレクターのルドルフ・レオポルド氏(1925年3月1日-2010年6月29日)、これだけの名画を収集するとはいったいどれだけの資産家だったのでしょうか。

レオポルド氏は、22歳のときに初めて美術館に行き、ルーベンスやベラスケス等の古典作品を観て感動し美術品を収集しようと決心したそうです。

しかし古典作品などはあまりに高額すぎて手が届かないため、世間的にまだ認められていない近代画家の作品収集から手がけました。

そして1950年、彼はエゴン・シーレの作品と出会いその価値を見出し、彼の作品を収集し始めたのです。

今でこそ世界中にその価値が知られているシーレの作品ですが、当時は見向きもされない忘れ去られた画家の作品だったそうです。

私は、ここウィーンを訪れて初めてシーレの絵に出会いましたが、淡い色彩と不思議な曲線の連続、ひとめで惹きこまれファンになりました。とても魅力的な作品です。

シーレ作品のほんの一部。『落日』
エゴン・シーレ(Egon Schiele, 1890年6月12日 - 1918年10月31日)は、クリムトと同時期に活躍した画家であり、早くからその才能を見出され16歳にして、名門造形美術アカデミーへの入学を許されました。
作品は特徴は『エロス』。
自慰にふける自画像、陰部をあからさまに露出した女性像などの非常に大胆な作品を描いています。
1918年、第49回ウィーン分離派展に出品した作品が高い評価を得、ようやく画家としての地位を確立しようとしていた矢先、当時ヨーロッパに流行していたインフルエンザで不幸にもこの世を去りました。

Schiele_Egon_Versinkende20Sonne_1913.jpg


『自画像』
Schiele_Egon_Selbstbildnis_1910.jpg


こちらはグスタフ・クリムト『死と生』
1911年に制作開始し、同年ローマ国際美術展で第一等を獲得するものの、その後大幅に加筆修正され、最終的な完成までに5年もの歳月がかけられたそうです。
クリムトの作風もとても官能的です。それゆえに、多くの非難や中傷を受けたのですが、それに屈せず自分の表現を追求し続けた芸術家。
クリムトは、若きエゴン・シーレの才能を見出した一人でした。
Klimt_Gustav_Tod_und_Leben_1911_15.jpg



これにて、本日の美術館めぐり終了。

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