Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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バイアマーレ

ハンガリーを発ち、ルーマニアに入国しました。

両国ともEU加盟国、けれどもハンガリーはシェンゲン協定国なのに対し、ルーマニアは非協定国(2011年よりシェンゲン協定予定)なので、出入国審査を受ける必要があります。

ルーマニアは『ヨーロッパで中世の生活が残る最後の国』などといわれますが、いったいどんな国なのでしょう。


さて、ブダペストから出発です。まずはメトロでネプリゲット・バスターミナルへ向かいます。
今日の国際バスは、EUROLINES運行の8:00ブダペスト出発、16:30バイア マーレ到着の便です。
チケットはHPで5600HUF/名で購入。
バスを待っていると、EUROLINESのゴージャスなバスが次々とやって来ます。
今日はこんなに快適バスで移動できるのか~と期待たっぷりウキウキ待っていたらば、スィ~っとガチャピン色のミニバンが目の前に・・・アレ???
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なんか違う~。と不満ながらも、乗り込んでしまえば快適なもの。2人とも爆睡し、気付くと国境でした。

審査は警官が2人バスに乗り込んできてパスポートを回収し、手元に戻ってきたときにはハンガリーの出国スタンプもルーマニアの入国スタンプも押されているという簡単なものでした。

ルーマニアと日本の時差は5時間、通貨はルーマニアレイ、1レイRON=25.5円です。

ここでちょっとルーマニアの基本情報をどうぞ。(外務省HPより)

国名:ルーマニア(Romania)

一般事情

1.面積 約23.8万平方キロメートル(本州とほぼ同じ。)

2.人口 約2,153万人(2008年)

3.首都 ブカレスト(人口約194万人)

4.民族 ルーマニア人(89.5%)、ハンガリー人(6.6%)

5.言語 ルーマニア語(公用語)、ハンガリー語

6.宗教 ルーマニア正教(87%)、カトリック(5%)

7.国祭日 12月1日(統一記念日)

8.略史

年月 略史
106年 ローマ帝国によるダキア征服
271年 ローマ軍撤退
14世紀 ワラキア公国、モルドバ公国が建国される
15世紀末頃 オスマン・トルコ帝国の宗主下に入る
1878年 独立
1881年 ルーマニア王国発足
1918年 トランシルバニアとの統一宣言
1947年 王制を廃止し、人民共和国樹立
1989年 政変により共産党一党独裁を廃止し、国名をルーマニアに改称
2004年 NATO加盟
2007年 EU加盟

政治体制・内政

1.政体 共和制

2.元首 トライアン・バセスク(Traian BASESCU)大統領(2004年12月就任、2009年12月再任、任期5年)

3.議会 二院制(上院137議席、下院334議席)、任期4年

4.政府

(1)首相 エミル・ボック(Emil BOC)

(2)外相 テオドル・バコンスキ(Teodor BACONSCHI)

5.内政

(1)1989年12月の社会体制転換後初の大統領選挙となった1992年の大統領選挙において、それまで救国戦線を率いていたイリエスクが当選し、中道左派政権が発足した。その後は、1996~2000年までは中道右派政権(コンスタンティネスク大統領)、2000~2004年までは中道左派政権(イリエスク大統領)、2004~2008年までは中道右派政権(バセスク大統領)と総選挙の度に政権の交代が続いた。

(2)2008年11月の議会選挙において、上下両院の議席数ではバセスク大統領率いる民主自由党(中道右派)が、また、得票率では旧共産系の社民党(中道左派)-保守党(中道左派)同盟が首位を占めたことを受け、ボック首相(民主自由党党首)を首班とする中道右派政党と中道左派政党による大連立政権が発足したが、2009年末の大統領選挙に向け、社民党・保守党同盟が連立離脱。その後、民主自由党単独内閣が発足するも、内閣不信任決議案が可決され、総辞職する等、内政は混乱。2009年12月、大統領決選投票によるバセスク大統領の再選を受け、民主自由党、ハンガリー人民主同盟、及び無所属議員を与党とする第3次ボック内閣が正式に発足した。

外交・国防

1.外交基本方針

(1)1989年の体制転換後、ルーマニアはEU加盟及びNATO加盟を最大の外交目標としてきたが、これらの目標を達成した現在、最大の外交目標は周辺地域の平和と安定。また、地政学的重要性を増す黒海周辺地域の安定と経済発展のための協力推進を、バセスク大統領自ら提唱。さらに、バセスク大統領はとりわけ米国との関係を重視しており、2010年2月、国防最高評議会が米国によるミサイル防衛システム配備の受け入れを決定。

(2)NATO加盟については、他の中・東欧諸国及びバルト三国とともに2004年3月加盟を果たした。ルーマニアは、EU及びNATOの東端として、また中東地域への近接性から地域における地政学的重要性が増大しており、2005年には米国との間で国内に米軍施設を設置することで合意した。2008年4月にはブカレストでNATO首脳会合が開催された。ルーマニアは現在アフガニスタンに1424名、コソボに144名、ボスニア・ヘルツェゴビナに60名の要員を派遣している。

(3)EU加盟については、1995年に加盟申請を行い、2000年より加盟交渉が開始された。司法改革、競争政策、農業、環境等の分野で交渉は難航したが、2004年12月加盟交渉が終了し、2005年4月に加盟条約に署名した。2006年9月に発表された欧州委員会モニタリングレポートにおいてルーマニアの2007年1月1日のEU加盟が勧告されたことを受け、ブルガリアとともに2007年1月1日、EU加盟を果たした。

2.軍事(2009年:ミリタリーバランス)

(1)予算 約34億ドル

(2)兵力 総兵力7万3,350人(陸軍4万3,000人、海軍7,150人、空軍9,700人、総合軍1万3,500人)

経済(単位 米ドル)

1.主要産業

金属(鉄鋼、アルミ)、工業(機械機器、繊維)、鉱業(石油)、農業(小麦、トウモロコシ)

2.GDP 約1,615億米ドル(2009年)(出典:IMF)

3.一人当たりGDP 7,542米ドル(2009年)(出典:IMF)

4.経済成長率 -7.1%(2009年)(出典:ユーロスタット)

5.物価上昇率 4.7%(2009年)(出典:IMF)

6.失業率 7.6%(2009年12月)(出典:ユーロスタット)

7.総貿易額 974億ユーロ(2009年)

(1)輸出 290億ユーロ(2009年)

(2)輸入 388億ユーロ(2009年)

8.主要貿易品目

(1)輸出 機械・輸送機器、その他工業製品、農業製品、鉱物・燃料

(2)輸入 機械・輸送機器、その他工業製品、化学製品、鉱物・燃料、農業製品

9.主要貿易相手国(2009年)(出典:ルーマニア国家統計局)

(1)輸出 独(18.8%)、伊(15.3%)、仏(8.2%)、トルコ(5.0%)

(2)輸入 独(17.3%)、伊(11.7%)、ハンガリー(8.4%)、フランス(6.2%)

10.通貨 レイ

11.為替レート 1ユーロ=4.1743レイ(2010年5月平均)

12.経済概況

(1)1989年の体制転換直後、国営企業民営化の遅延、農地私有化に伴う混乱等のためルーマニア経済は大幅に悪化し、経済成長もマイナス成長となったが、2000年以降は回復基調となり年平均5~6%の経済成長を続け、2008年には7.1%を記録した。しかしながら、サブプライムローン問題に端を発した世界的経済不況の影響を受け、2009年には経済成長率が-7.1%にまで落ち込み、一転、マイナス成長を記録することとなった。

(2)1989年の体制転換以後、基幹産業を中心に国営企業の民営化が進められた。特に大型の案件となったのは、国営石油会社ペトロムのオーストリアOMV社による買収及び国営銀行BCRのオーストリア・エアステ銀行による買収である。

(3)2000年以降、ルーマニアでは安価な労働力やEU加盟への期待感を背景に、外国直接投資が増加した。また、上記(2)の外資による民営化の買収も外国直接投資に計上され、2007年の外国直接投資は72億ユーロ、2008年は94億ユーロと順調な伸びを記録していたが、2009年には経済危機の影響により外資の流入が半減し、45億ユーロとなった。

(4)輸出の約7割がEU市場に向けたものであり、サブプライムローン問題に続く欧州諸国での消費減により、ルーマニアの輸出は減速した。また、それまでルーマニアの経済成長を支えてきた国内消費も大幅に落ちこんだ。

(5)2009年3月、IMF、世銀、EUは通貨レイの信用不安及び財政悪化を受け、約200億ユーロの融資を決定した。ルーマニア政府はIMFとの協定に基づき、財政赤字縮小のための改革を行うことを義務付けられた。

(6)ルーマニアは2015年のユーロ導入を目標としているが、インフレ率、財政赤字等の収斂基準の達成が困難とする見方もある。

二国間関係

1.全般・政治関係
 日本とルーマニアとの関係は、1902年両国の駐オーストリア公使が外交関係樹立のための最初の協議を行ったことに遡り(その後、1921年在京ルーマニア公使館開設、1922年在ルーマニア日本公使館開設)、以来伝統的に良好な関係を維持している。2002年には、交流100周年を記念して両国で各種記念行事が開催された。また同年にはルーマニアからイリエスク大統領が訪日し(2月)、日本からは清子内親王殿下がルーマニアを御訪問された(10月)。2005年に開催された愛・地球博では、ルーマニア・ナショナルデー(6月)の機会にバセスク大統領が博覧会賓客として訪日し、小泉総理大臣との間で首脳会談を行った。2007年1月には麻生外務大臣がルーマニアを訪問し、ウングレアーヌ外相との間で日・ルーマニア外相会談を行ったほか、バセスク大統領、タリチャーヌ首相を表敬した。さらに、同年2月にはタリチャーヌ首相がルーマニア首相として初めて訪日し、安倍総理と会談を行い、価値を共有するパートナーとして両国の協力関係を二国間関係及び国際社会における取り組み双方で一層強化することで合意した。両国は2009年、外交関係再開50周年を迎え、各種記念行事が実施された。2009年5月には秋篠宮同妃両殿下がルーマニアを御訪問された。1959年9月1日の外交関係再開に関する書簡の交換が行われてから、ちょうど50年後の、2009年9月1日より、日本に渡航するルーマニア人に対する短期滞在査証免除が試行的に開始された。2010年3月にはバセスク大統領夫妻が日本を公式実務訪問、鳩山総理大臣との間で首脳会談を行った。

2.経済関係
(1)両国間の貿易量は、日本からの輸出209億円、ルーマニアからの輸入204億円(2009年)であり、日本からは自動車部品、電気回路部品、自動車等を輸出、ルーマニアからは木材、衣類等を輸入している。

(2)日系企業の対ルーマニア投資は製造業を中心にブカレスト近郊及びハンガリーに近いトランシルバニア地方で行われており、JTI(日本たばこ)、光洋ルーマニア(JTEKT)、住友電装、矢崎総業等が進出している。自動車産業関連の投資が中心であり、これに伴いワイヤーハーネス用電気回路部品等、自動車部品の日本からの輸入が増加している。

(3)製造業以外では、日本郵船が代理店を通じ,船員の採用・研修を行っている。販売業ではホンダ・トレーディング及びブリヂストンが進出したほか、ザ・ダイソー(大創産業)がフランチャイズ展開しており、人口2,153万人というルーマニアの販売市場の大きさが着目されつつある。

3.経済協力

 日本は体制転換後のルーマニアの民主化・市場経済化を支援するため、1991年より技術協力、文化無償資金協力による経済協力を開始し、その後1996年のコンスタンティネスク大統領の訪日を契機に円借款及び一般無償資金協力を実施した。これまでのルーマニアへの円借款供与案件として、「コンスタンツァ南港整備計画(約128億円)」、「道路整備計画(約92億円)」、「ブカレスト=コンスタンツァ間鉄道近代化計画(約256億円)」、「トゥルチェニ火力発電所環境対策計画(約287億円)」があり、ルーマニア側から高い評価を得ている。また、草の根レベルにおける協力として、1997年以降青年海外協力隊を派遣し、2008年12月の終了までの期間に青少年活動や医療の分野を中心として延べ112人が派遣された。ルーマニアに対する支援は、同国の経済発展状況及びEU加盟を踏まえ、段階的に縮小されており、「ブカレスト国際空港アクセス鉄道建設計画」を卒業案件として対ルーマニア円借款供与は終了し,一般文化無償資金協力も既に終了した。

(イ)日本の援助実績(2007年度までの累計)(単位 億円)

(1)無償資金協力 26.19
(2)技術協力実績 98.47
(3)有償資金協力 763.70

(ロ)主要援助国(2004年)(2005年よりDACリストより卒業)

(1)独 (2)仏 (3)米 (4)日 (5)スイス

4.文化関係

 ルーマニアにおける日本文化に対する関心は高く、各種日本文化紹介行事は常に好評である。2007年欧州文化首都に選ばれたトランシルバニアの地方都市シビウでは日本紹介月間が開催された。2008年には平成中村座による歌舞伎シビウ公演が大成功を収めた。また、日本研究・日本語学習に対する関心も高まっており、ルーマニアにおける日本語学習者数は小学生から大学生まで合わせて約2,000名(2009年度調査)に上る。2005年には、ブカレスト大学修士課程に日本研究コースが設置されたほか、2009年1月末より、日本語教育・文化発信のためのボランティアが派遣されている。2009年は日本とルーマニアの外交関係再開50周年にあたり、重要無形文化財保持者による能・狂言公演を皮切りに、11月の人形浄瑠璃公演、地方都市での12月の「武道の精神」展覧会等、各種記念行事が両国において実施された。

5.在留邦人数 272名(2010年5月現在)

6.在日当該国人数 2,630名(2009年1月現在)



さて、続きです。
定刻どおりバスは、ハンガリー北部・マラムレシュ地方の県庁所在地、バイアマーレBaia Mareに到着しました。
首都ブカレストから450キロ離れたマラムレシュ地方には、チャウシェスク 時代の近代化政策も行き届かなかったため、昔ながらの生活が残っているという話を聞いています。
ですが私たちの第一印象は、『どうしてこんなに子供の物乞いが多いの??』ということ。
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さて、バス・ターミナルで時刻表をチェックして、宿探しスタートです。

この街は、ペンショーネと呼ばれる小さな宿が多く、宿探しには苦労しないと聞いていたのですが、歩けど歩けど見つかりません・・・

こんなときはマクドナルドかケンタッキー。WIFIがあり、調べものが出来るうえに、トイレが清潔で無料。ビールとハンバーガーを注文し、インターネットで宿の検索開始です。

めぼしい宿をピックアップすると、いつものごとくハニコと荷物を置いて、ダリオが宿探しに出動です。頑張れ~!!

ところで、バイアマーレのマックですが、物乞いの子供達が堂々と店内に入ってきてテーブルを回っっています。
ルーマニアやブルガリアには、ロマという民族が多く暮らし、その多くがあまり裕福ではなく、子供達が物乞いをしてくるという話は事前に聞いていたのですが、けっこうな数がいてびっくり。

ちなみに『ロマ』というのは、ジプシーと呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族のこと。移動生活者、放浪者とみなされることが多いのですが、近年では農耕を生業としないため、定住生活をするものも多いそうです。(Wikipediaより)。

最近ではフランスで不法滞在が問題となり、次々とルーマニアやブルガリアに強制送還されていますよね。

さらには、チャウシェスク政権時代に、国家政策として避妊と堕胎手術を禁止し、法律で女性に5人以上子供を産むことを強要したことにより、後に「チャウシェスクの落とし子」と呼ばれる大量のストリートチルドレンを生んでしまったことも、この物乞いの多さの大きな原因なのでしょうか。


さて、宿探しの続きです。

1時間後、ダリオはピカピカのベンツの助手席に乗り、マックに戻ってきました!
これはいったいどうしたことか??ダリオが見つけた宿のオーナーが、ハニコと荷物をピックアップするため車を出してくれたのです。有難や~。
そして、おベンツで到着したのは旧市街にあるPensiunea Ideal
オーナーご夫妻は、カナダ・アメリカに20年暮らした後、3年前にここバイアマーレに戻り、宿のビジネスを始めたそうです。彼らは、私たちが快適に過ごせるように細かく気を使い、どうしたらルーマニアをもっと楽んでもらえるかと一所懸命です。素晴らしいホスピタリティー。
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テレビ、FAN、WIFI、朝食付、バスルームは部屋の外ですが、すぐ目の前にあります。お値段は99HUF/室。
129HUFの広い部屋もあったのですが、眺めがよいのでこちらの部屋に決めました。新しい宿だけあって、どこもピカピカとても清潔。
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部屋からの眺め。旧市街の見所を全て眺めることができます。
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夕飯は、家族経営の小さな食堂に入ってみました。。
ポークソテーとフライドポテト、チョルバというルーマニアのスープ、パンの盛り合わせ、ビール、ジュースで合計17.5RONでした。
もちろん、これだけでは足りるわけもなく、宿で食べるためのちょっとしたハンガーガーなどを買って帰りました(笑)
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ショーウィンドーには、まるで昭和30年代の品々が並び、

髪の毛をオレンジやピンクに染めた有り得ないヘアスタイルの女性達が闊歩し、(この辺までは、まぁどうでもいいことですが)

7,8人のルーマニア人の若者が、身体障害者を見てゲラゲラ笑っているのを目撃して嫌~な気分になり、また物乞いされ憂鬱になり。。。

なんだかルーマニアをエンジョイできるかどうか、ちょいと不安です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして翌朝、バイアマーレはジメジメと雨・・・。

こんな日に大きな荷物を背負って移動は避けたい。幸い宿はとても快適でオーナー夫妻も親切、なので延泊。

午前中は、美味しい朝ご飯をいただいて、宿に篭もりこの先の計画を立てていたのですが、昼過ぎに雨があがったので、バイアマーレの街をブラブラ散歩してみることにしました。

こちらステファン塔。500年前に建てられたそうです。
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かわいらしいレトロな歯医者。でも、設備もレトロそうなので、治療は受けたくないな。
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市場にやってきました。なんとなく・・・寂しい雰囲気。
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市場のお店でリゾットと豆のスープ(パン付)を購入、合計9RON。
お店の前のスタンドで立っていただきます。ホカホカで美味しいし、体も温まるね!!!
でも、ここでも子供達が『食べ物頂戴~』と寄ってきます。現地の人は物乞いを無視。観光客がたくさん来る場所にも思えないので、彼らも切実なのかな。ちょっと暗い気分になります。
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気を取り直してお散歩再開。
大きな煙突は、バイアマーレが鉱山の街として栄えた時代の名残。
街の何処からでも見え、かなり背が高いです。
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ルーマニアは昭和の様に電線が架かっています。絡まりそう。
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情報収集のため、街中のツーリストインフォメーションセンターに行ったところ、英語ペラペラの男性が親切に応対してくれて、立派なパンフレットや地図をズッシリとたくさん頂きました。


そう言えば、まだあまり観光客が訪れず、PRに力を入れている街のパンフレットはとても立派なことが多いです。

紙も上質なものを使っていて、大判でカラフル、ラミネート加工がしてあったり、写真が多用してあって、観光局と作り手の気合が伝わってきます。

でも、大判の厚い紙は持ち運ぶのに重く、また街中でちょっと現在位置を見るのには大仰で、実際の使い勝手の面からはあまり良くありません。

対照的に、次々と訪れる観光客のために、1枚当たりのコストを下げる必要があるからでしょうか、この点、観光客がたくさん訪れる場所になればなるほど紙質は薄いです。

街によっては、市街地図が有料であったりします。。。

観光案内所にある地図の紙質と訪れる観光客の数は反比例する、いまのところこの法則はほぼ有効です。


さて続きです。革命広場という名前だけはカッコイイ広場。
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猫さん発見!ルーマニアの猫はあまりなつっこくないなぁ。
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黒猫さん発見。
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コソ~。
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明日は晴れますように!そして移動できますように!!

それにしても、こんな様子のルーマニアがEUに加盟できたというのが・・・。首都はもっと栄えているのかな。

トルコより先にEU加盟できるなんて、摩訶不思議。加盟が出来ないのは、たぶん宗教がネックとなっているのだろうなぁ。
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