Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ベオグラードからノビサドへ

スコピエからバスに乗り、国境を越え早朝6:30にセルビアの首都ベオグラードに到着しました。

マケドニア-セルビアの国境審査ですが、ポリスがバスに乗り込んできてパスポートを回収し、スタンプが押されて返却されるだけ。バスから一歩も外に出る必要がなく、とてもラクチンでした。

ここでちょっとセルビア基本情報を予習(外務省HPより)

国名:セルビア共和国(Republic of Serbia)


一般事情

1.面積 77,474平方キロメートル(北海道とほぼ同じ)

2.人口 735万人(2008年、世銀統計)

3.首都 ベオグラード(人口160万人)

4.民族 セルビア人(83%)、ハンガリー人(4%)等(2002年国勢調査)

5.言語 セルビア語(公用語)、ハンガリー語等

6.宗教 セルビア正教(セルビア人)、カトリック(ハンガリー人)等

7.国祭日 2月15日(国家の記念日)

8.略史

年月 略史
6~7世紀 セルビア人等スラブ系民族がバルカン半島に定住。
11世紀 セルビア王国建国、14世紀のドゥシャン王の時代に大いに栄える。
1389年 オスマン・トルコに敗北し、その支配下となる。
1878年 ベルリン条約によりセルビア王国の独立承認。
1918年 第一次世界大戦後、「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」(後、ユーゴスラビア王国)建国。
1941年 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによる占領。ユーゴスラビア王国消滅。
1944年 「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」(6共和国で構成)の1共和国となる。
1992年 ユーゴ解体の中で、モンテネグロとともに「ユーゴスラビア連邦共和国」を建国。
1999年 コソボ紛争により、NATO空爆を受ける。コソボが国連の暫定行政下となる。
2003年 「セルビア・モンテネグロ」に国名変更。
2006年 モンテネグロの独立(6月)により、「セルビア共和国」となる。
2008年 コソボがセルビアからの独立を宣言(2月)。

政治体制

1.政体 共和制

2.元首 ボリス・タディッチ大統領(2004年6月就任、2008年2月再任。任期4年)

3.議会 1院制(定数250名)

(構成)(2008年5月選挙。任期4年) 政党名 議席数
民主党連合 102議席
セルビア急進党 78議席
セルビア民主党連合 30議席
セルビア社会党連合 20議席
自由民主党 13議席
ハンガリー系連合 4議席
諸派 3議席

4.政府

民主党連合、セルビア社会党連合を中心とする親EU派の連立政権

首相:ミルコ・ツベトコビッチ(2008年7月就任。任期4年。)

5.内政

 現政権は、EU加盟を最優先課題とし、国際社会との協調及び経済改革等に取り組んでいるが、旧ユーゴ国際刑事裁判所への協力問題(セルビア内に潜伏中とみられる戦犯容疑者の同裁判所への送還)、コソボ独立問題(2008年2月、セルビアからの独立を宣言。セルビアはコソボの独立が違法なものとして強く反発。)、国内の民族主義勢力との対立等の課題を抱えている。

外交・国防

1.外交基本方針

(1)EUへの加盟を最優先課題とし、2008年4月、EUと安定化・連合協定に署名、また2009年12月、EUに加盟を申請した。EU側はセルビアの旧ユーゴ国際刑事裁判所への完全な協力をEU加盟プロセスの進展の条件としている。

(2)軍事的中立政策を取りつつも、NATOとの協力関係(PFP:平和のためのパートナーシップ)を進めており、2006年11月、セルビアはPFPへの参加を認められた。なお、国連には2000年11月に加盟。

(3)一方、コソボの独立宣言(2008年2月)に際し、セルビアはコソボの独立を承認した国については自国の大使を本国に帰国させ(同年10月に解除)、また、国連総会においてコソボ独立の合法性について国際司法裁判所の勧告的意見を求める決議を採択させる(同年10月)など、コソボ独立が国際社会に受け入れられないよう対抗措置を取っている。

2.軍事力 総兵力は27,000人(2009年11月現在)

経済

1.主要産業
サービス業(59%)、工業(28%)、農業(13%)(2007年、世銀統計)

2.GDP 429億ドル(2009年、世銀統計)

3.一人当たりGNI 5,950米ドル(2009年、世銀統計)

4.経済成長率 -3.0%(2009年、世銀統計)

5.物価上昇率 8.4%(2009年、セルビア統計局)

6.失業率 17.4%(2009年、セルビア統計局)

7.貿易(2009年) (輸出)83億ドル (輸入)155億ドル

8.主要貿易品目 

(輸出)鉄鋼、野菜、果実

(輸入)石油、天然ガス、自動車

9.主要貿易相手国

(輸出)イタリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ

(輸入)ロシア、ドイツ、イタリア

10.通貨 ディナール

11.経済概要

(1) 2009年のセルビア経済は世界金融危機の影響によりマイナス成長に転ずるなど、低調に推移した。輸出の不振、高い失業率などの課題を抱えている。

(2)セルビアは2009年5月、IMFから約30億ユーロの融資枠の承認を得て公共支出の削減等構造改革に取り組んでいる。なお、世界金融危機により、外資導入の減少等の影響が出ている。

経済協力

1.日本の二国間援助実績

1997年から2008年までの累計総額:約223億円(右累計には独立前のモンテネグロ及びコソボの分を含む。)

無償資金協力:約205億円

技術協力:約21億円

2.主要援助国・援助額(2007年、単位:百万米ドル)

(1)米国(105) (2)ドイツ(78) (3)スイス(47)

二国間関係

1.政治関係

(1)日本は1997年5月20日にユーゴスラビア連邦共和国(セルビア・モンテネグロ)を承認するとともに外交関係を開設した。

(2)日本は2006年6月16日、セルビアがセルビア・モンテネグロを承継することを確認した。

2.経済関係

(1)日本の対セルビア貿易額・品目(2009年通関統計)

 輸出 約11億円 自動車、染料、写真材料
 輸入 約4億円  冷凍果実、ワイン

(2)日本の直接投資:1件(日本たばこインターナショナルによるセルビア国営たばこ工場買収)

3.文化関係

 日本の文化無償資金協力により、セルビアの文化・芸術団体に対して楽器、視聴覚機材、音響・照明機材等を供与。

4.在留邦人数 86名(2009年10月現在)


さて続きです。
まずはバスターミナルからすぐ近くの鉄道駅に行き、ラッゲージルームに大きな荷物を預けました。
そして、セルビア国内の地方都市に行く列車の時刻表をチェックし、ベオグラード散策のスタートです。
散策の結果、ベオグラードってイイネっということになったらば、駅で荷物をピックアップし、ベオグラードに滞在しましょう!
P8256876.jpg

ベオグラードBeogradは、セルビア共和国の首都で、最大都市。バルカン半島、パンノニア平原の中にあり、ドナウ川とサヴァ川の合流地点に広がっています。

2007年の公式の推計による人口は1,630,000人。

かつてはユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都であり、旧ユーゴスラビア地域で最大の都市でした。

ヨーロッパでも最古の都市の一つであり、考古学的な調査では、同地における人の居住は紀元前6千年紀にまでさかのぼるそうです。

ベオグラード広域都市圏の域内はヴィンチャ文化とよばれるヨーロッパ最大の前史文明の発祥の地だそうです。

町はギリシャ人に発見され、ケルト人によって築かれて命名。ローマ帝国によって都市権を与えられました。

600年代に白セルビア人による定住が始まり、ベオグラードは戦略的拠点として、町は古代より現代までの間に140回にわたって戦いの場となりました。

そして、中世には、東ローマ帝国、フランク人、第一次ブルガリア帝国、ハンガリー王国、そしてセルビア人の諸領主の支配地となりました。

1521年、ベオグラードはオスマン帝国に征服され、オスマン領ヨーロッパの重要拠点として、スメデレヴォ県(スメデレヴォ・サンジャク、Semendire Sancazyacd)の中心都市となります。

ベオグラードはオスマン帝国とハプスブルク君主国に交互に支配され、セルビアの首都としての地位を回復するのは1841年のことでした。

しかし、ベオグラード北部はその後も1918年のオーストリア=ハンガリー帝国崩壊までオーストリアの統治下におかれ続けたのです。

その後統一されたベオグラードは、2006年にセルビアが独立するまでの間、ユーゴスラビア王国、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国、ユーゴスラビア連邦共和国、セルビア・モンテネグロの首都を歴任しました。

ベオグラードはセルビアの中で、自治権のある独自の市政府を持つ、独立した地位を有し、17の区に分かれ、それぞれの区は独自の区議会を持っています。

ベオグラードはセルビアの面積の3.6%を占め、セルビアの人口の24%が居住、セルビアの経済活動の中心であり、セルビアの文化、教育、学術の中心となっています。

通貨は、1RSDセルビアディナール = 1.0191169円です。



なんだかカラリとしてお日様のようなマケドニアとはうってかわり、ベオグラードはどんよりと暗い。
P8256877.jpg


目が落ち窪んだような顔をした人々、猫背で下を向いて歩くような人々、黒やグレーを基調とした服装の人々、こんな人がグンと多くなりました。
商店のショーウィンドーに並んでいるものはマケドニアより今風。
P8256880.jpg


色彩が暗いです・・・
P8256881.jpg


市場を発見。海外はトイレが有料のことが多いです。
駅のトイレは20RSD、この市場のトイレは10RSD。大喜びでここのトイレを拝借。
P8256883.jpg P8256886.jpg


ブラブラ歩きます。空間は大きいのですが、なんだか寂しい雰囲気をかもしだします。
P8256887.jpg


レリーフのある建物。
P8256893.jpg


と思ったら銃弾の痕。NATOによるものでしょうか。
P8256894.jpg


目抜き通り。ブランドショップが並びます。
そういえばアルバニア→マケドニア→セルビアとバルカン半島を旅してきて、ここセルビアで大きく変化したことは『犬を飼っている人がとても多い』ということ。綺麗にトリミングされ、ちゃんと首輪をされたかわいいワンちゃんを連れている人が大勢いました。
一見暗く見えますが、犬にお金をかけるほど余裕のある階層の人々もたくさんいるのでしょうね。
P8256895.jpg


丘を登ってカレメグダン公園にやってきました。
初老の男性達がくつろいでいます。この光景はどこの国にいっても同じ(笑)
P8256897.jpg


カレメグダン要塞に到着。どの帝国の支配下にあるときも常に戦略上重要な拠点となった要塞です。
P8256899.jpg


要塞に敷地内には軍事博物館があり、本物の戦車や大砲がズラリと並びます。
P8256900.jpg


戦車って外観が大きいのですが、人が乗る部分は驚くほど狭い。。。
P8256903.jpg P8256911.jpg


要塞からドナウ川を眺める。案外汚い川だ。
P8256921.jpg


再び街をブラブラ。
ベオグラードの鳩って、その街並みと似て煤けた鳩だらけ。すぐ横には銃弾の痕・・
P8256933.jpg


トラムやバスが縦横無尽に走ります。乗りこなせたら、とても便利なのだろうなぁ。
なんて悠長なことを言っている場合ではなく、トラムの後ろの建物がボロボロなのがわかりますか?
P8256940.jpg


これはアライド・フォース作戦Operation Allied Forceにより空爆された建物。
アライド・フォース作戦とは、北大西洋条約機構 (NATO) 加盟諸国がコソボ戦争中に実施した航空攻撃を主とする作戦のこと。ユーゴスラビア連邦共和国の首都であるベオグラードやコソボ、モンテネグロの軍事施設に限定された攻撃でしたが、NATOはセルビア系による民族浄化など不法行為を根拠に、しだいにユーゴスラビアの全域を攻撃の対象とするようになりました。
P8256941.jpg


NATOの目的は、当初からコソボのアルバニア系住民をユーゴスラビアの武装警察や民兵から保護し、コソボの自治権を奪還させることでした。アメリカ合衆国は会談期限が切れるまでに合意に達しなかった場合の武力行使を示唆し、これを支持するイギリスを中心としたNATO加盟諸国はイタリアとマケドニア共和国に軍を展開させました。1999年3月15日にパリで行われた2度目の和平交渉が行き詰ると、NATOは攻撃を決定したのです。
P8256942.jpg


しかしユーゴスラビアが和平交渉において、合意文章に調印しなかったのには理由がありました。
それは、和平交渉の期限切れる直前にアメリカが提出した付属文章B (Annex B) の存在です。
その内容は、「コソボのみならずユーゴスラビア全域でNATO軍が展開・訓練でき、なおかつ治外法権を認めよ」という、ユーゴスラビアの占領化を意味するようなものであったのです、アメリカらしい・・・。
空爆終了後、このアネックスBの存在が公表され、ドイツなどではメディアに公開されなかったことが問題視されました。そもそもNATOの中でもアメリカとイギリス以外は空爆に消極的、又は否定的だったといわれています。

P8256948.jpg


日本へのハル・ノートもそうですが、相手が到底呑めないような無理難題を突きつけて、逆らうようなら実力行使。
いつものことですがジャイアンの力技のあとをここでも見ることが出来ました。
P8256950.jpg


さて午前中の散策の結果、ベオグラードからノビサドNovi Sadoという地方都市に移動することにしました。
11:40ベオグラード発の電車、運賃は430RSD/名。
車内はガラガラ。でも食堂車まであります。
P8256960.jpg P8256962.jpg


定刻どおり発車、ドナウ川を渡ります。
P8256969.jpg


橋はレトロで味がある。。
P8256973.jpg


さようならベオグラード!
P8256977.jpg


窓から外を眺めると、、センスの悪い建物が並ぶ。
P8256978.jpg P8256981.jpg

P8256988.jpg P8256990.jpg


でもほんの10分ほど走ると、こんなのどかな景色に。
P8257000.jpg

P8257019.jpg


セルビアの田舎の風景をどうぞ!!
P8257022.jpg

P8257025.jpg

P8257026.jpg

P8257029.jpg


この橋は、列車と自動車の兼用。
自動車の長い列が、列車が通り過ぎるのを待っています。
P8257043.jpg


13:20ノビサドに到着。
地図も何もないので、中心地のインフォメーションセンターに到着し宿を紹介してもらいました。
今宵の宿は、Hostel Sova バスルーム、テレビ、Wifiつきで3400RSD/室。
P8257067.jpg P8257069.jpg


夜の街を散策。
P8257076_20100831161122.jpg


ベオグラードとは違い、華やかで近代的なカフェが並びます。
ノビサドには、戦略上重要なドナウ川の橋、石油産業があるので、コソボ紛争の際に激しい空襲を受けました。
全体的に街が新しいのはそのせいでしょうか。
宿のオーナーは『橋がなくなったから、船でドナウ川を渡っていたんだよ』とおっしゃってました。
P8257079.jpg
スポンサーサイト

« ノビサドお散歩&スボティカへの移動|Top|スコピエへ移動 »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://dariohaniko.blog3.fc2.com/tb.php/149-93cb0e22

Top

HOME

ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
夫婦で旅してます。

この人とブロともになる

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。