Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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パレルモ散策

パレルモをブラブラお散歩。

でもその前にパレルモのプチ知識をどうぞ(Wikipediaより)

パレルモの基礎はフェニキア人によっておかれ、当時の名はジズ Ziz (花の意)といったそうです。

この都市はまもなくギリシア人の航海者や商人と交流を持つようになり、そこからラテン語名パノルムス(Panormus)という都市名が生まれました。この名前はギリシア語で「すべてが港」を意味する語がラテン語化したものです。

第一次ポエニ戦役(紀元前264年~241年)でローマの手に落ち、西ローマ帝国滅亡後は東ローマ帝国領とななり、9世紀にはイスラム勢力が北アフリカからシチリア島に侵入し、831年パレルモ陥落、965年にはシチリア全島がイスラムの手に落ちてしまいます。

イスラム王朝の首都はパレルモに移され、この町には絢爛たるイスラム文化が花開きました。

当時のパレルモの人口は30万に達し、モスクの数は300余、キリスト教徒やユダヤ教徒も共存して中世ヨーロッパには見られぬ繁栄を極めました。

12世紀に南イタリアに到来したノルマン人がイスラム支配下のシチリア征服を開始、1060年にはパレルモ、1091年にはシチリア全島がノルマン人の手に落ちます。

ノルマン・シチリア王国(オートヴィル朝)の都もパレルモに置かれ、フランス文化とイスラム文化が融合した独自の都市文化を形成したのです。

やがてシチリア王国の支配権は神聖ローマ帝国のホーエンシュタウフェン家に移り、アラビア語にも堪能な異色の皇帝フェデリーコ2世が生まれました。

その後、13世紀にはフランスの王弟シャルル・ダンジューに征服され、アンジュー家の支配下に入るが、シチリアの晩祷事件を契機とするシチリア島民の反乱によってアンジュー家はナポリへ移り、シチリアはスペインのアラゴン家に支配され、1479年以降はパレルモにスペイン副王が駐在しました。

18世紀始めのスペイン継承戦争の結果、シチリアは一時オーストリアに渡るが、1734年スペイン・ブルボン家の王子カルロス(のちにスペイン王カルロス3世となる)によってナポリと共に征服されると、王宮はナポリに移り、パレルモは地方都市に転落してしまいます。

19世紀始め、ナポレオン軍の南イタリア侵攻によってナポリのブルボン家が一時パレルモに逃れてきますが、ウィーン条約体制下で王宮は再びナポリに戻り、両シチリア王国が成立しました。

1860年両シチリア王国が統一イタリア王国に併合されたため、パレルモもイタリア王国の一部となり、再びシチリア第一の都市となり、19世紀に産業・経済の発展を極めます。

アール・ヌーヴォー様式の集中するイタリア有数の都市にもなりました。

ファシスト政権下でパレルモは無傷であったものの、第二次世界大戦中、1943年7月に連合国軍がシチリア上陸作戦(ハスキー作戦)を行い、パレルモの町は爆撃を受けて破壊されました。

戦後町は荒廃したが、近年ノルマン王宮跡や大聖堂、いくつもの教会などの歴史地区を核に旧市街の保存・再生計画が完成しました。


では、今日のブラブラ散策を写真で振り返る。


素敵なキヨスク(イタリアではタバッキという)
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パレルモ・マッシモ劇場Teatro Massimo di Parelmo。
19世紀末に建てられたネオクラシックの建築様式で、イタリア最大の劇場です。
この劇場はゴッドファーザーⅢのクライマックスシーンが撮影されたことで、とても有名です。
主人公のマフィア・マイケルが息子のオペラ歌手デビューを家族で見に行きます。しかし、着々とこの場所でマイケル暗殺計画が進んでいたのです。
無事、舞台は終わり、劇場を後にしようとするそのとき、マイケルに銃弾が向けられるのですが、誤ってマイケルの娘の胸を貫いてしまったのです。
ゴッド・ファーザーって見たことがないけれども、このシーンだけは私でも知っています、ハイ。 
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気持ちよさそうに寝る犬。
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細い路地をぬけ、市場を目指します。
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ここはカーポ市場Mercato di Capo。美味しそうな海の幸をチェック。
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すごいカジキだねぇ。
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野菜もツヤツヤ、綺麗!
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こんなディスプレイの魚屋が軒を連ねます。
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パレルモは漁業が盛んで、たくさん獲れる鰯をつかった料理で有名。ぴかぴかだね。
昔、獲れすぎてしまう鰯を自家消費するために、漁師の奥さん達が一所懸命調理方法を考案したそうです。
今は名物料理ですが、昔はどちらかというと制約料理だったそうですよ。
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テキパキと売るおじさん。
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鰯の稚魚か、のれそれみたいなのを発見。
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市場をぬけて、静かな路地裏にやってきた。
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この山車、かわいらしいけどよく見ると絵柄が恐い。
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きっとストーリーがあるのでしょうね。
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パレルモ大聖堂Cattedrale。
もともとは古代墓地があった場所で、その後はキリスト教のバジリカが建っていたのですが、イスラム教徒によってモスクに変更されてしまいました。ルッジェーロ一世のパレルモ奪還後にキリスト教会が再建され、1185年パレルモ大司教のグァルティエーロ・オッファミリアの建設総指揮のもと、シチリア・ノルマン様式のパレルモ大聖堂として創建されました。
14世紀に鐘楼、15~16世紀に柱廊が増築され、その後何百年にも渡り増改築・改修が重ねられ、現在の姿にいたります。イスラム建築の影響が色濃いとても美しい大聖堂です。
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たくさんの観光客が訪れる大聖堂です。
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クーポラはイスラム風。
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聖堂入場料は無料ですが、せっかくなので別途チケットしミュージアムも見てみました。
聖職者達が見に着けたピカピカの宝石。正直、聖職についている人々がこんなゴテゴテ飾り立てるのは私の好みではないなぁ。長い旅の間、質素清貧なムスリムの姿をたくさん目にしてきたので、益々その思いが強くなってしまいます。
でも装飾品自体は職人が丹精こめて作成した美しい作品。芸術品としては素晴らしいです。
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そして路地裏をプラプラ。ショッピングカートはイタリアのおばさま方は定番。
ハニコはつい亡き祖母を思い出してしまいました。
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これはバッラロ市場Mercato di Ballaro。
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おいしそうなチーズだなぁ。
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地元の人々がワイワイ買い物をする様子がとても活気があり楽しそう。
私たちも我慢できずにパン、生ハム、チーズ、トマト等等たくさん買い込んでしまいました。
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衣類を扱う区画も。
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ツーリスト用のこんなかわいい巡回列車もあります。
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サン・ジョヴァンニ・デッリ・エレミティ教会Chiesa di San Giovanni degli Eremiti
1130年~1148年にかけて、ノルマンのルッジェーロ2世によって建てられたアラブ・ノルマン様式の教会。元々のノルマン風教会が、19世紀に当時パレルモで流行していたイスラム風に改築されたそうです。
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プレトリア噴水Fontana Pretoria。
元々フィレンツェのヴィッラのために、1554年にフランチェスコ・カミリアーニによりに造られた噴水ですが、パレルモの町が買い取り、1573年に息子のカミッロ・カミリアーニにより、プレトリア広場に設置されたそうです。
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クワットロ・カンティQuattro Canti。
1600年にマクエダ通りが開通したことにより出来た交差点で、1608 年~1621年にかけて、現在のようにバロック様式で建造物で飾られました。4つ角の壁面全てには、像が飾られていています
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ヴッチリア市場Mercato di Vucciriaで、美味しそうな薫りのする屋台を見つけた。
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1個購入2.5EUR。肉がサンドしてあって美味しい!!
あまりに美味しいので、屋台に戻ってこのサンドの名前を聞きました。
パニーノ・ミルツァといって、牛の脾臓をラードであげ、サンドしたものだそうです。
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御菓子もたくさんあります。
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今日の戦利品のひとつ、トマト。クルリと紙でまいて、花束みたいにラッピングしてくれます。
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他にはこんなものを購入。ランチは市場で買ったものをパンにサンドしていただきました。
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今日の夕飯は、居住区を散々うろつき見つけたお店へ。ここは地元人率100%だったので。
これは鰯のスパゲッティ。
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海の幸のスパゲッティ。絶妙なアルデンテ、さすがイタリア、パスタの国。
エジプト、チュニジアと伸びたうどんのようなパスタを食べさせられていたので、ようやくパスタらしいパスタを食べた気分。
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鯛と海老のグリル。ちょっと焼きすぎで皮が黒いですが、美味しい。
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今日もよく歩き、よく食べました。


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