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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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考古学博物館

カイロ最大の観光地の一つ、エジプト考古学博物館へ行きました。

古代エジプトの遺物を20万点以上収納し、どれも第一級のお宝。

ですが、あまりの収蔵品の多さに管理が追いつかないのか、石像やレリーフなどは通路の床に置きっぱなし。簡単に手を触れることができるし、座ることも出来るような有様でした・・・

2011年をめどに、内容を整理し、説明を充実させて、ギザのピラミッド近くの新設の博物館に移転されるようです。

ルーブル美術館や大英博物館には、ナポレオン時代や植民地時代にエジプトから持ち去られた秘宝がたくさん展示されています。

エジプト政府は長年再三にわたってその返還を要求し、私自身もエジプトに返還すべきだと思うのですが、エジプト考古学博物館のありさまを目にすると、ヨーロッパにあったほうが、管理の点では展示品にとって幸せなのでは?とつい思ってしまいます。

さて、私たちが博物館に行ったのは、ちょうど12時ごろ。

午前の団体客が去り、午後の団体客もまだというグッドタイミング、ツタンカーメンの展示室もスッカラカンで快適、実にゆっくり堪能することができました。

考古学博物館はカメラ持ち込み禁止なので、残念ながら写真は一枚もありません。

ですが、ツタンカーメンの秘宝は本当に素晴らしかった!!

これまで見てきた発掘品のなかでは、断トツで保存状態が良く、今から3300年前に、あれほど精巧な芸術品が作られていたなんて信じられないくらい美しく、一見の価値ありです。

誰もが知っているツタンカーメンですが、せっかくなのでプチ知識をどうぞ!(一部Wikipediaから抜粋)

ツタンカーメン(Tutankhamun 紀元前1342年頃 - 紀元前1324年頃、)は、古代エジプト第18王朝のファラオ(在位:紀元前1333年頃 - 紀元前1324年頃)。

父親は先王アクエンアテン、母はアクエンアテンの姉妹の1人、配偶者は異母姉妹のアンケセナーメン。

妻のアンケセナーメンですが、ツタンカーメンと結婚する前は、なんと父王アクエンアテンの妻でした。アクエンアテンの死後、ツタンカーメンと再婚したそうです。恐るべし古代エジプトの近親結婚・・・

また父王アクエンアテンは『アマルナ改革』を行ったことで有名なファラオです。

改革の内容は、

・首都をテーベからナイル川を277キロほど下った東岸のアケトアテン(現名:テル・エル・アマルナ)に移転。

・従来の多神教を禁じ、神々の像を破壊し、唯一神アテン(太陽神)への信仰に切り替えた。自らもアクエンアテン(イクナートン,アトンに愛されるものの意)と名前を変えた。

・アマルナ美術と呼ばれる、写実的・開放的な芸術を生み出した。 考古学博物館1階で、アクエンアテンの像をはじめとする同時代の彫像などを見ることができますが、顎が尖がり、指が異常に長く、そして不自然な死亡のつき方というのが特徴です。

改革の目的は、エジプトの多神教の神々の主神アメン・ラーを祭る神官勢力が王を凌ぐほどの強い勢力を誇るようになったため、王権を強化し、宗教的権力を王権と一本化することを狙ったと考えられるそうです。

また自身が個人的にアテン神を非常に好んでいたという説もあります。

しかし、他の神々の祭祀を停止したりアメンの文字を削ったりするなど、その改革があまりにも急激だった上に神官団の抵抗が激しく、最終的に宗教改革は失敗に終わり、アクエンアテンが失意のうちに亡くなった後、ツタンカーメンが即位するとアメン信仰が復活し、アテン信仰は消滅します。同時にアテンは、アマルナ改革以前の天体としての扱いに戻されてしまいました、あっけない~。


アメン・ラー        アテン
左:従来の多神教の主神アメン・ラー        右:太陽神アテンを崇拝するアクエンアテンとその家族
写真はWikipediaより



そして、めでたく即位したツタンカーメンですが、その在位は短く19歳(推定)で死亡し、王家の谷に葬られます。

死因は、妻アクエンアテンの再再婚相手で、ツタンカーメンの後にファラオになったアイが暗殺したという説が有力でしたよね。

また、ファラオのミイラに大きな外傷があったことが、暗殺説を裏付ける重要な要因となったのですが、いくつかの傷は20世紀前半当時のミイラを文化財として大事にしない風潮のために発掘時につけられたものであったことが明らかになっています。

そして、2010年のエジプト考古学研究グループによるCTスキャンを初めとしたDNAや放射線調査では、直接の死因は足および大腿骨の骨折と、マラリアの合併症による体調不良の悪化が原因であるという証拠が多数見つかったそうです。

また、同調査でツタンカーメンは近親交配で生まれた事による遺伝による先天的な疾患を多数患っていた可能性が非常に高いことが確認されたそうです。具体的には変形した背骨、欠損した足の指、臓器疾患の跡等が確認されています。

王家の谷にあるツタンカーメン王の墓は、1922年11月4日にイギリスのカーナヴォン卿の支援を受けた考古学者ハワード・カーターにより発見、発掘されました。

ツタンカーメンは王墓としてはきわめて珍しいことに3000年以上の歴史を経てほとんど盗掘を受けておらず(実際には宝石の一部などが抜き取られていたが、副葬品自体は無事だった)、王のミイラにかぶせられた黄金のマスクをはじめとする数々の副葬品がほぼ完全な形で出土し、その発掘は世界を大いに驚かせました。

発掘のスポンサーとなったカーナヴォン卿が墓の公開直後に急死するなど、発掘関係者が次々と不遇の死を遂げたとされ、ファラオの呪いの伝説が広まりました。

ですが、死亡した発掘関係者の多くは高齢者で、実際に不遇に死んだ関係者は少数であり、更にその多くがこじつけといえるようなものであったそうです。

呪いの話はロンドン・タイムズに報道を独占させたカーナヴォン卿に恨みを抱いたか、人々の好奇心をあおりたかったマスコミの喧伝に過ぎないとされています。


以上です。

ツタンカーメンの黄金の財宝は目がくらむほど豪華、他のお宝とは一線を画し見ごたえ十分です!

考古学博物館の入場料は60EGP/名、ミイラ室は別途100EGP/名かかります。

ミイラ室ではかの有名なラムセス二世のミイラに会えるのですが、私たちは死体を見ても仕方がないという考えで、ミイラ室はパスしました。
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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
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