Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ボルゲーゼ美術館、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会、サン・ルイジ・ディ・フランチャージ教会

今日もローマは快晴。

雨が多いこの季節には有難い天気なので、たくさん見て歩かねば!!!

と張り切って今日だけで恐らく20キロは歩きました。

はぁ~疲れた、いくらなんでも歩きすぎた~。

そんな一日を振り返る。

まずは宿から徒歩5分の市場へ買出しへ。この市場の売り子さんは、1/3くらいが移民。
フィレンツェの市場でもちょこちょこと移民の売り子さんがいたのですが、ここほどではありませんでした。
地元民の生活に密着した市場にまで移民が進出してるんだね、逞しいなぁ。
さて、ここで2日分の食料を購入し、冷蔵庫に詰めてから出かけます。
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お気に入りの切り売りピザ屋RUSTICAでホカッチャを買い、握り締めながらヨチヨチとやってきたのはボルゲーゼ公園。
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ポニーに乗る子供達や、自転車やセグウェイでサイクリングを楽しむ人達がたくさんいて賑やかな様子。
それにしても広大な公園、歩けど歩けど目的地に着きません・・・まだか~?
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汗をかきかき到着したのは、ボルゲーゼ美術館 Museo e Galleria Borghese
シピオーネ・ボルゲーゼが夏の別荘として建てたもので、1613年ごろ着工し、完成は1616年だったそうです。ボルゲーゼ家は教皇パウルス5世を出したシエナ出身の名門貴族、そのボルゲーゼコレクションがここに展示されています。
ここは予約をしないと入場できないのでネットで13時からの時間帯を予約をしました。
入場料は14.5ユーロ、観覧時間は2時間の入れ替え制となっています。
私たちは1時間前に到着し、混雑する前にチケットをピックアップし、荷物もクロークに預けてしまいました。
あとは、大切に運んできたフォカッチャを食べて、予約時間を待ちます。
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ボルゲーゼ美術館はなんといってもベルニーニの彫刻コレクションで名高いです。
これはベルニーニの作品で最も有名なもののひとつ、『アポロンとダフネ Apollo and Daphne』
美しい娘ダフネに恋して我が物にしようと迫る太陽の神アポロン。しかし、その手がダフネに触れた瞬間、彼女は月桂樹の木へと姿を変える、その場面を彫った作品です。もはや神が降臨したとしか思えない感動の名作です。
シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿のために制作された4体の彫刻群、『アイネイアースとアンキーセース』、『プロセルピーナの略奪』、『ダヴィデ』、そしてこの『アポロンとダフネ』によって、ベルニーニは即座に名声を手にしました。4体共にここボルゲーゼ美術館に所蔵展示されています。
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ローマといえばベルニーニこと『ジャン・ロレンツォ・ベルニーニGian Lorenzo Bernini』。

『ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた』と賞賛された巨匠です。

古代遺跡が残る古き都ローマは彼の手によって、壮大なスケール、絢爛豪華な装飾にあふれる美の都に変貌しました。人々は彼の作品を『芸術の奇跡』と絶賛したそうです。

ローマを歩けばあちこちでベルニーニ作品と出会います。


そしてボルゲーゼ美術館は、これまた素晴らしいカラヴァッジョ作品を収蔵しています。
これは、カラヴァッジョ作品の1つ『馬丁たちの聖母(蛇の聖母) Madonna dei Palafrenieri 』
元々はサン・ピエトロ大聖堂に飾られていたのですが、マリアの胸元があらわであること、イエスに蛇を踏ませてること、老婆のような馬丁の守護聖人、聖アンナなどが問題になり、僅か2カ月でボルゲーゼ家に売却されたそうです。
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ラッキーなことに、訪問時には大好きなルーカス・クラナッハ Lucas Cranach the Elderの特別展が開催されていました。
膨大な数のクラナッハ作品、とても楽しく見て回りました。そしてヨーロッパのあちこちで観たクラナッハ作品が、この特別展のためにボルゲーゼ美術館に貸与されていて、嬉しい再会。
これは気になった作品、サクソンの王女のポートレートだそうです。
なんとも小生意気そうな表情がクラナッハの特徴です。
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ボルゲーゼ美術館には、ティツィアーノ、ラファエロ、コレッジョ、ルーベンス等々、素晴らしい巨匠達のコレクションを展示しています。2時間じゃとても足りるわけもなく、かなりの急ぎ足で見て回りました。
これはボルゲーゼ公園の丘からの風景。
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次はポポロ広場にやってきました。ナイキ主催の陸上競技が催されていました。
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ポポロ広場にあるサンタ・マリア・デル・ポポロ教会 Basilica di Santa Maria del Popoloにやって来ました。
ここのチェラージ礼拝堂la Cappella Cerasiには、カラヴァッジョの大作があるのです。
左:『聖パウロの回心』、右:『聖ペテロの磔刑』。どちらも巨大な作品です。
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ブラブラと街をお散歩。これはアウグストゥス廟、その名の通りローマ皇帝アウグストゥスの大規模な墓です。
5年前はすぐ近くまで行けたのですが、現在は工事中。
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『四大河の泉』。ナヴォーナ広場にあるベルニーニ作の噴水です。
4つの大陸を流れる大河、ガンジス川(アジア)、ナイル川(アフリカ)、ラプラタ川(南アメリカ)、ドナウ川(ヨーロッパ)を擬人化した作品で、4つの大河を表現することで教会は、4つの大陸を支配することを表現しているそうです。エェっ???
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ナヴォーナ広場から眺める月。
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次は、サン・ルイージ・デイ・ フランチャージ教会Chiesa di San Luigi dei francesiにやって来ました。
コンタレッリ礼拝堂 Cappella Contarelliにカラヴァッジョの大作があるのです。
左から『聖マタイの召命』、『聖マタイと天使』、「『聖マタイの殉教」
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夜の風景。橋から撮ったバチカン。
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さぁ、宿に帰ろうと歩いていると、サンタンジェロ城の前で、何か出し物がやっていました。
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ギャラリー役の人々も中世風のファッション。
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旗をクルクル回して、キメのポーズ。
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旗を投げ、落とさずに受け取るパフォーマンスはなかなか素晴らしかったです。
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と、旗回しが終わったと思ったら、今度は新しい出し物が始まりました。
なんだかプリティーな女子達が出てきて、踊ってみたり。
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この白髪のおじいさんが主役らしい。
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なんだか分からないけど決闘が始まった。
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ファイアーー!!!
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口から火を吹いたり、もう大騒ぎ。
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今度は竹馬に乗ったお姉さん登場。機敏にヒラヒラと踊ります。
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フィナーレはファイアーだらけ。
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皆、炎をブルブルと回しながら行進。かなり火の粉が飛んでいました。
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オマケ:ワンパターンですが夕食。
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ローマ到着

チッタ・ディ・カステッロに滞在した後は、ローマに向かいました。


今回もローカル電車、ウンブラ中央鉄道で移動です。
チッタ・ディ・カステッロ駅を9:30に出発し、10:25にポンテ・サン・ジョバンニ駅に到着、運賃3.05ユーロ/名。
ポンテ・サン・ジョバンニからは国鉄に乗り換えます。11:30出発の14:06ローマ到着、運賃は10.9ユーロ/名。
待ち時間も合わせて合計4時間半で、ローマ・テルミニ駅に到着しました。3度目のローマ、懐かしい!
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宿はテルミニ駅からメトロA線に乗り、Ciproという駅で下車し徒歩5分。
ヴァチカンの真裏にある『Residence Candia』
テレビ、アイロン、キッチン、バスルーム、インターネット付で90ユーロ/室。
高~い!!!でもここはローマ、仕方あるまい。
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あまりの部屋の狭さに驚いたのですが、慣れてくるとまぁまぁ機能的だなぁと思えるようになりました。
ここは首都ローマ、我侭は言うまい。
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荷物を部屋に置き、早速お散歩に出掛けました。
ヴァチカン市国内のサン・ピエトロ大聖堂Basilica di San Pietro in Vaticano、カトリック教会の総本山。
夕方なのに恐ろしい混雑で、行列が広場をグルリと囲んでいました。。。うーん、ここは明日にしよう。
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サンタンジェロ城 Castel Sant'Angelo。
皇帝ハドリアヌスが自らの霊廟として建設を開始したのですが、完成後軍事施設として使用され、14世紀からは教皇達により要塞として強化され、牢獄や避難所としても使用されました。
サンタンジェロ城の名称は、590年にローマでペストが大流行した際、時の教皇グレゴリウス1世が城の頂上で剣を鞘に収める大天使ミカエルを見て、ペスト流行の終焉を意味するとしたことに由来するそうです。
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サンタンジェロ橋 Ponte S.Angelo
ベルニーニ作の天使像(のコピー)が橋を飾ります。
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サンタンジェロ橋からの風景。右端はサンピエトロ大聖堂です。
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街をトコトコ歩く。
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ナヴォーナ広場に到着しました。
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サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会 Basilica di Santa Maria sopra Minerva
この象さんは、ベルニーニ作『ミネルヴァのひよこ』
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教会内部には素晴らしい芸術品があります。
これは、カラファ礼拝堂にあるフィリッピーノ・リッピ作『受胎告知と聖母の被昇天』
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ミケランジェロ『あがないの主イエス・キリスト』(または『ミネルヴァのイエス・キリスト』、『十字架を運ぶイエス・キリスト』)
腰巻は後年取り付けられたものだそうで、とても不自然に見えます。
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フラ・アンジェリコのお墓もあります。Beato Angelicoと墓碑に彫られています。
そういえば絵画にも『作者Beato Angelico』と説明書きに表示されていることが多いです。
この教会には、メディチ家出身の教皇、レオ10世やクレメント7世のお墓もあります。
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次にやって来たのは、サン・タゴスティーノ教会 Basilica di Sant'Agostino in Campo Marzio
14世紀、聖アゴスティーノに捧げるために創建された教会で、ここにも素晴らしい美術品があります。
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チェーザレ・ボルジアの愛人であったフィアンメッタ・ミケーリの礼拝堂にあるのは、カラヴァッジョ作 『巡礼のマリア(ロレートのマリア)』。この教会は、ローマのたくさんの娼婦からの寄進、礼拝、埋葬を受け入れていたそうです。
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柱に描かれたラファエロ作『預言者イザヤ』
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しばし教会で休憩した後は、街をウロウロ。前に来たときもここを通ったなぁ。
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夜のサンタンジェロ城。
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今日は無事移動でき、よい作品を見ることが出来て大満足でした。

チッタディカステッロ Citta Di Castello

アッシジが思いのほか気に入り3泊もしてしまいましたが、新たなる街へ移動することにしました。


マッテオッティ広場 Piazza Matteotti、ここからアッシジ駅行きバスLinea Cに乗車します。
土曜日なので、広場には市場もでていました。
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アッシジ駅からは、国鉄Trenitaliaに乗り15分、Ponte San Giovanniという駅で下車。運賃は1.7ユーロ/名。
ここから、FCUというウンブリア地方の中央を南北に横断する私鉄に乗り換えます。
たったの2両編成の短い車両はローカル臭ぷんぷん。
1時間ちょっとの電車の旅、窓から見える景色の美しく楽しい時間でした。運賃は3.05ユーロ/名。
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到着したのは、ウンブリア州の北にあるチッタ・ディ・カステッロ Citta di Castelloという城壁に囲まれた小さな街。

静かな小さな街に滞在し、今後の経路を落ち着いて検討しようじゃないか、ということでハニコが吟味に吟味を重ねてチョイスした街なのです。


鉄道駅からは徒歩で旧市街へ。うーむ、期待通りの静かな街。
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古い教会。
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街の中心には、ちょっとした公園があります。
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落ち葉が綺麗だなぁ、でもちょっと寂しい感じ。
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宿はResidenza Antica Canonica。 住所:Via San Florido 23, Città Di Castello, 06012
大聖堂と繋がっている15世紀の由緒正しき建物で、壁にはフレスコ画が残っています。
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広い部屋が2間、キッチン、冷蔵庫、テレビ、バストイレ、WIFIが付いて62ユーロ/室です。
しかしレセプションはいつも開いているわけではなく、私たちが到着したときも誰もいなくて真っ暗。。。。
電話でスタッフを呼び出してチェックインしました。
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キッチンの設備もバッチリ、大小サイズ違いの鍋やフライパン、たくさんの食器が備えられています。
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シンミリと静かな街で、快適アパートに篭もり、じっくりと今後の計画をたてよう・・・と思ったら大間違いでした!!(笑)
なんとこの週末は年一回の『白トリュフ祭り』が盛大に催されていたのです。
トリュフだけでなく、イタリア各地の名産がこうして販売されています。街中ワイワイ大騒ぎ!!嬉しい誤算♪
宿のまん前の広場には白いテントが張られ、たくさんの露天が出ていてウキウキ♪
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このとおり街中大混雑、ワイワイです。
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トリュフ販売特設テント。ダリオの目はキラキラ♪
今まで私たちが食べたトリュフは、料理の上にちょっぴりトッピングされたもの。
そんなけち臭い量では食べてみても、味も香りもようわから~んな感じでした。
ハナクソみたいなちょっぴりな量じゃなくて、もっとドカンと大胆に食べたい。
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皆真剣にトリュフを吟味。
さすがは世界一のトリュフ好き、トリュフを求めてこんな小さな街まで来ているフランス人もいました。
この会場で、初めてトリュフの香りを本格的に嗅ぎました、、クンクンクン、おわっ、強烈な香り。
横には、トレビアーンとか言いながら、鼻の穴をおっぴろげて恍惚の表情を浮かべているフランス人。
どうぞシニョーラ!と間近で匂いを嗅ぐように勧められて、自分も嗅いでみる。
さらに濃厚な匂い・・・でも、これっていい匂いなのかな・・・?
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ロビンフッド発見。
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祭りだ祭りだわっしょいわっしょい。
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キノコ特設屋台。いろんなキノコが陳列されていて、『食べれる』とか『毒あり』とか説明書きがあるのです。
これを見るイタリア人。みんな目がマジです!!
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そして夜になり、街は益々人で溢れかえります。
銀行はワイン直売所やオリーブオイル直売所となり、役所は即席レストランとなり、道端では焼き栗が焼かれ、ワイワイです。子供のようにウキウキします。
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なんだ、この巨大なパンは。
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おっ、なんだかパレードが始まった!
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中世ファッションの人達がゾロゾロと行進します。ウキウキ。
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広場をグルリと囲んで整列。
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イタリア人は実に中世の古風なファッションが似合います。
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町長のような方が前説開始。何を話しているのか分からないけど、とにかく楽しいぞい。
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と、決闘が始まった!!これが結構本気で闘ってくれて、すごく楽しかった。
これは『負けました、降参』の図。
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女性達は決闘に目もくれず、おしゃべりに夢中。お菓子をムシャムシャ食べていました。
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三組目の剣士達登場、なんだかとっても強そうです。この2人はすごい迫力で闘ってくれました。
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この試合は女性達も真剣に見ています。
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生の黒トリュフと白トリュフを買いました。2つで20ユーロ(←これって安いの?)
むせかえるような香り、強烈~。
白トリュフは黒トリュフよりも高級。
従順なトリュフ犬も、白トリュフを発見すると飼い主に反抗してでも自分が食べたがるそうです。
売っていたお店のオーナーに調理方法を訊くと、白は加熱しないでバターと合わせ、黒はオリーブオイルまたはバターと加熱して使うのがお勧めだそうです。オリーブオイルはエキストラバージンは香りが強すぎてトリュフとケンカするので、避けたほうがいいとのことでした。なるほど~。
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かわいいキノコも買いました。フェルフェッリというキノコだそうです、いい香り~。
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生パスタ屋で買ったパルパデッレを茹でて、黒トリュフをこれでもかっというくらい削ってみた。
私には香りがきつすぎる~。フランス人はこんなんが好きなんか~。
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フェルフェッリをバターで炒めて、パルパデッレと和える。美味しい♪
黒トリュフも削ってみたけど、正直トリュフなしのほうがハニコは好き・・・・
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朝ご飯は、昨日BARで買った甘いパンと、トマトとモッツアレラチーズのパスタ。
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昼間にお散歩したときの街の様子。狭い裏通りを歩いてみましたが、お祭りがやっているとは思えない静けさ。
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なんだかインドやタイを思い出させる小さな車。
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街中の塔。どこからでも視野に入るので、目印にして歩けば迷子になりません。
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味のある街だなぁ。
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この街はローマやフィレンツェといった外国からの観光客が引きも切らず押し寄せる街とは違い、しっとりとした古いイタリアらしさが残っているように思います。

夕方になると、人々が用もなくワラワラと広場に集まり、何をするわけでもなく寛ぎ、人々が互いに挨拶をする雰囲気のいい街でした。



日が落ちると街は眠りから醒めたように、盛り上がりをみせ始めます。
この日も小さな街に溢れるほどの人々がやってきました。
そして今夜のパレードは中世のファッションに身を包んだ聖職者や騎士達の行進。
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トリュフ販売会場。これが最後と大勢の人々がトリュフに群がります。
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可愛らしい演奏隊も行進。
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どうってことない仮装パレードだったり、演奏隊なんだけど、ウキウキと楽しくなる。
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ある日の夕飯。ウキウキと購入したトリュフを生パスタにこれでもかっというくらいかけてみました。
左のパスタはラビオリ。
右はウンブリケッリというウドンのようにコシの強いウンブリア州のパスタ、モッチリとした歯ごたえが美味しくてびっくりしました。
どちらも生パスタ屋さんで買ったのですが、たっぷり買っても4-6ユーロ。
とてもお手ごろ価格なうえに、お腹にたまります。
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そしてジャーン、肉屋でカットしてもらった子牛のビステッカ。
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鶏肉みたいに淡白。月齢が若いだけで、こんなにも味が変わるなんて面白いなぁ。
デザートは、お菓子屋さんで買ったケーキ。うまー。
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この街は食べ物が美味しくて、物価も安いしとっても居心地が良いです。

当初は、2泊して他の街に移動する予定でしたが、離れがたく予定以上に滞在してしまいました・・・

そんなチッタディカステッロでの食生活レポート。


左:生パスタ屋のウンブリケッタと、アーティチョークのソース。
生パスタ屋には、パスタだけではなく、ソースが何種類も売られています。
美味しいうえに、お値段は財布にも優しい。
何も料理したくないなぁ、面倒くさいなぁという時には、生パスタ屋は最高です。
右:水牛のモッツァレラチーズとトマト。水牛のモッツァレラは、日本では高級品かな?
こちらではとてもお手ごろ価格な食材です。
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そしてトリュフを消費するために、削りまくる・・・
大きな飴玉程度のトリュフですが、これがなかなか食べ終えません。
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ある日は、裏通りの小さな肉屋でとても美味しいお惣菜を発見。
レバーの網包みを買って焼いてみたらば、これがまた想像を絶する美味しさ!!!しかも2つで2ユーロ。
ローリエを巻かれ、コロンとした見た目も食欲をそそる~。こりゃ~赤ワインがぴったり。
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キノコのパスタに、しつこくトリュフを散らす。
正直トリュフがないほうが美味しい、、、トリュフ邪魔だぞ~。
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そして再び生パスタを食べる、ウマーーー!
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左:トマトソースのパスタにリコッタチーズをのせて。
リコッタチーズは、100㌘で100円もしません、、日本じゃ考えられない値段ですよね。
右:いつもの生パスタ屋さんのケース。ちょっとしたお惣菜も売っています。
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生パスタ屋さんで、アーティチョークのお惣菜を買ってみました。筍のような味がします。
半分に割ると、中にはアーティチョークのソースが詰まっていました。
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左:お肉入りの生パスタ。水餃子のようで、ダリオは醤油ベースのソースで食べていました。
右:馬のビステッカを買ってしまった。不思議ですが、馬肉はマグロのような味がするんですよ!
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それと、再びこれの登場!!レバーの網包み、美味しーーーい。日本に帰ったらマネしてみよう。
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以上、食卓レポートでした。

チッタ・ディ・カステッロは、食べ物の美味しい街。

たまには外食でもしようかと何軒ものレストランを覘いてみるものの、肉屋や八百屋に行くと、とても良い食材がおいてあるので、ついつい買ってしまい、また今夜も自炊という毎日でした。

食べ納めとばかりに、お散歩をしながら食べたいものをあちこちで買い集めてしまいました。

小さくて、美しくて、古くて、美味しくて、、、この街は最高だったなぁ。

アッシジAssisi

アレッツォに2泊した後は、イタリアの守護聖人フランチェスコの街『アッシジ Assisi』へ移動しました。


出発前にまずは腹ごしらえ。冷蔵庫にある食材を全て綺麗に平らげました。
真ん中はニョッキ、近所の生パスタ屋で購入しました。
店員の女性が、顔に粉をたくさんつけたまま接客する姿がとても微笑ましかったです。
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電車はアレッツォ駅を9:14に出発し、なんと時間通りの10:44にアッシジ駅に到着。運賃7.05ユーロ/名です。
イタリアの国鉄といえば、ストライキや遅延は当たり前というのが従来の印象でしたが、今回は全ての電車が時間通りに運行。
なんだか一丁前のEU加盟国らしくなって、イタリアもずいぶん変わったなぁと思います。
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アッシジ駅に到着したら、駅前からLinea Cのバスに乗り、クネクネと丘陵地帯を走り20分、終点のマッテオッティ広場 Piazza Matteottiで降りると城壁で囲まれたアッシジの旧市街に到着です。

バスの運賃は1ユーロ/名、チケットは駅の中の売店で購入します。(車中で購入すると1.5ユーロ)

アッシジは、ウンブリア州ペルージャ県のモンテスバジオ山麓の丘の上、標高500メートルに位置する人口24,443人の街です。

この街出身の聖人、聖フランチェスコと彼の名を冠した聖フランチェスコ大聖堂で世界的に有名です。



マッテオッティ広場から路地を歩き、宿までむかいます。落ち着いていて静かで、なんとも上品な街並みです。
ちょっと歩いただけで、なかなかいい所だなぁと早くもアッシジが気に入ってしまいました。
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宿はネットで予約済みの『Hotel Il Lieto Soggiorno』 Via Fortini 26, Assisi
テレビ、バスルーム、WIFI、朝食付きで60ユーロ/室。街の中心地に近く、とても便利。
ファミリー経営の小さなホテルで、英語が一言も話せないマダムがいつもレセプションにいて(旦那さんと娘さんは英語OK)、とても親切細やかにお世話をしてくれます。
ここのマダムが淹れてくれるカプチーノやカフェは、美味しかった~。
マダムとの会話はイタリア語ですが、なんとなく通じ合ってしまうのが楽しいです。
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スタンダードの部屋を予約していたのですが、いいお部屋に滞在させてもらえました。
とても大きな部屋で、それは乙女ちっくに可愛く飾られています。
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部屋からの眺め。眺めが良いわけではないですが。
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それでは散歩をしながら、アッシジの名所をご紹介。
これは街の中心コムーネ広場 Piazza del Comune。
役所やBAR、教会が広場をグルリと囲んでいます。ツーリストインフォメーションオフィスもここにあります。
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コムーネ広場にあるミネルヴァ神殿 Tempio di Minerva
なんと2000年以上前、紀元前1世紀に建てられた、古代ローマ時代のギリシャ神殿なのです。
1539年、外装は神殿そのままに残し、内部にスッポリとサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会が建てられました。
内部に入ると、コテコテの装飾が施されたキリスト教会になっています。
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サン・ルフィーノ大聖堂 Cattedrale di San Rufino
アッシジの最初の司教といわれ238年に殉教したとされるアッシジの守護聖人『聖ルフィーノ』を祀った聖堂です。(聖フランチェスコはアッシジではなく、イタリアの守護聖人)
11世紀の古い聖堂の上に、1228年に新たに建造されたアッシジでも最も古い教会のひとつで、ファザードはロマネスク様式、ウンブリア州でも最高傑作のひとつとされています。

教会の正面入り口にある石像・・・人間が獅子のような動物に食べられちゃってます・・・
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街をテクテクあるきます。
丘陵地帯に街があるので、ちょっとした隙間から、こうして景色を眺めることができます。
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民家の屋根の向こうには、広大な景色。こんな景色が家から見えたら、素敵だね。
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それにしても階段や坂ばかりで、とても疲れる。。。
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黄色い木の下では、オジサンが野菜の屋台を広げていました。
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オリーブ畑のむこうに見えるのは、聖キアーラ教会。
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聖キアーラ Santa Chiara d'Assisi,(1194年7月16日 - 1253年8月11日)が祀られた聖キアーラ教会に到着。
白とピンクが可憐な教会で、彼女が亡くなった直後1253年に建造が開始されました。
地下には聖キアーラの遺体が透明な棺に安置されており、彼女の髪の毛や、彼女が800年前に作った洋服なども展示されています。
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聖キアーラは1194年にアッシジの名門貴族の令嬢として生まれ、なに不自由ない生活を送っていました。

1210年、16歳のキアーラはアッシジの路上で、フランチェスコの説教を耳にし、心を動かされます。

1212年3月20日、キアーラの両親は娘を裕福な男に嫁がせることにしたところ、それに悲観したキアーラは家を飛び出し、聖フランチェスコの元へ逃げ、信者として受け入れてもらいました。

その後、聖キアーラは、フランチェスコ会の女子修道会であるキアラ会を創設し、多くの尼僧たちを受け入れました。富豪と結婚話を進めた母オルトラーナも、後年娘キアーラの修道院へ入ったそうです。

フランチェスコはキアーラがひらいた修道会を助け励まし、キアーラもフランチェスコを精神的な父と仰いで生涯尊敬しました。

そしてフランチェスコが病に伏して死を迎えるまで、キアーラは献身的に世話をしたといいわれています。

キアラは聖フランチェスコへの強い忠誠で知らていて、『もう一人のフランチェスコalter Franciscus』とも呼ばれています。

1253年8月9日、インノケンティウス4世の教書Solet annureが、キアラ会則を承認すると、その2日後の8月11日、キアラは59歳で亡くなりました。

そして、1255年8月15日、アレクサンデル4世によりアッシジの聖キアラとして列聖されたのです。


聖キアーラ教会の前にてフランチェスコ会の修道士を目撃、ウエストから垂れさがる縄がポイントです。
最近の修道士はハイテク、携帯電話で話しながら歩いていました。
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ブラブラとお散歩を再開。
この建物にも、状態は悪いですがフレスコ画が残っています。
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街中いたるところに飾られた聖フランチェスコグッズ。
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街が静かで、清らかな雰囲気が漂います。
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シエスタ(お昼休み)の時間帯。3~4時間、ずっと商店は閉まっています。 休みすぎ・・・
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ウンブリア州の風景は、トスカーナよりも優しい感じがする。何故だろう。
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聖フランチェスコ教会 Basilica di San Francesco、この街で最も観光客が訪れるスポットそして巡礼地です。
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聖フランチェスコ大聖堂の下堂の入り口。
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そしてこちらが、上堂の正面。ジョットにより描かれた聖フランチェスコの生涯のフレスコ画は圧巻です。
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聖フランチェスコ大聖堂は、アッシジに生まれ、死後に聖人に列せられた聖フランチェスコの功績をたたえるために、その死後から2年後の1228年に、教皇グレゴリウス9世の命により建築が始まり、1253年に一応の完成をみたと言われています。その後、何度も改修が行われて現在の姿になっています。

聖堂は、街の北西の斜面の上に建ち、斜面を有効に利用するため建物は上下二段に分かれており、上堂部分はゴシック様式、下堂の部分はロマネスク様式と異なっています。

下堂にはチマブーエ、ジョット、シモーネ・マルティーニ、ロレンツェッティなどの画家の手になるフレスコが多数描かれ、上堂内部はルネサンス初期の画家ジョットによる聖人フランチェスコの生涯、28の場面を描いたフレスコ画が描かれています。

隙間なくフレスコ画が描かれた上下聖堂は豪華絢爛、これらが描かれたのはフランチェスコの偉業をたたえるためだけが目的ではありませんでした。

当時大多数の民衆は文盲、彼らにキリスト教を布教し教育するためにフレスコ画が用いられたのです。

司祭は、説教台からフレスコ画を指差しながら、民衆に聖人の生涯を説明したそうです。


さて、下堂の地下は小さなチャペルがあり、聖フランチェスコの棺が安置されています。

私たちも行ってみましたが、キリスト教の世界では最大級の巡礼地だけあって、ひっそりと厳かな雰囲気が漂い、数人の信者が静かにお祈りをしていました。

私たちはキリスト教徒ではないので、特別な感情は受けませんでしたが、質素清貧な聖フランチェスコには個人的に好感度大です(←偉そう)。

それにしても質素清貧を身上とした聖フランチェスコですから、こんな豪華な聖堂に埋葬されるのは本意ではなかっただろうにと思わずにはいられません。

参考までに聖フランチェスコの生涯をご紹介(Wikipediaより)

フランチェスコは、1181年~1182年の冬頃、アッシジの裕福な商人である父ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ(Pietro di Bernardone)と母ピカの間に生まれました。

織物商人であった父親が仕事上フランス語が非常に堪能だった(あるいはフランスびいきだった)ことから、母親のピカがすでにつけていた洗礼名(ジョヴァンニ)に満足せず、フランチェスコと改名したそうです。

裕福な家庭に生まれたため、若いころのフランチェスコは放蕩生活を送っていました。

明るい性格で派手好き、上質な服装をして、父親の財産を散在して遊んでいたそうです。

いきなり騎士になろうと思い立ち、対ペルージャ戦に参加しますが、捕虜になったうえ、釈放後に重い病気にかかるなど散々な結果となります。しかし、この頃から神の声が聞こえ始めたそうです。

そしてフランチェスコは、1206年頃改心し始め、派手な生活から質素な禁欲者としての生活に転向していきます。

家を出て、ハンセン氏病患者に奉仕し、父親の財産を持ち出して資金を工面し、荒れ果てた聖ダミアノ聖堂の修復を行うなどしました。

父親に勘当されて全ての財産を放棄し、私利私欲を捨てて貧者となり、粗末ないでたちで弟子たちとともに各地を放浪し説教を続けました。

1210年、当時のローマ教皇であるインノケンティウス3世に謁見し、修道会設立の認可を求め、承認を得てフランシスコ会を創設します。

このとき、あまりに粗末な格好をした聖フランチェスコ一行は悪臭が漂い、最初は謁見を拒否されたそうです。

しかし、私腹を肥やし豪華絢爛な生活をする教皇インノケンティウス3世が、神への信仰を第一に質素清貧な生活をする聖フランチェスコ達への面会を嫌がったのでは?というのが、実際のところだそうです。

その後フランチェスコは、晩年には手足と脇腹にイエスと同じ聖痕(スティグマ)が現れたといわれます。

そして1225年夏頃から目が悪くなり、1226年10月3日に亡くなりました。

当時、カタリ派などキリスト教内部の腐敗に対する批判として、多くの信仰復活の運動が弾圧された中で、フランシスコ会は例外的に教皇から承認されて発展しました。これに倣ってその他の修道会が次々に誕生し、それらの中から教皇が選ばれるようになっていく起点となったのです。



続きです。
これは見所のひとつ、下堂にある『玉座の聖母と4人の天使と聖フランチェスコ』、チマブーエの作品です。
右に立っているのが聖フランチェスコ、このフランチェスコが最も実物に近いといわれているそうです。
チマブーエ



ところで、ダ・ヴィンチやミケランジェロが活躍する前の時代に、ルネサンスへの扉を開いたといわれる師弟がいました。

それは上のフレスコ画を描いたチマブーエ(本名はチェンニ・ディ・ペーポ Cenni di Pepo、通称チマブーエ Cimabue,、1240年 - 1302年)とジョット(ジョット・ディ・ボンドーネ Giotto di Bondone, 1267年頃 - 1337年1月8日)。

2人とも、この聖フランチェスコ大聖堂に素晴らしいフレスコ画を描きました。

この2人の出会い、チマブーエが天才ジョット少年を見出した逸話はとても有名です。

ジョットはフィレンツェ近郊の農家の羊飼いの少年として生まれました。

いつも父に羊の番を命じられるジョットは、羊やその周辺の風景を草原の岩に写生して遊んでいました。

自分の目に写る自然をそのままに描いたジョットの絵は、写実的で見事であったそうです。

ある日、既に高名な画家であったチマブーエが偶然通りかかり、ジョット少年の描いている絵を見て感嘆し、すぐに自分の工房へ来るように誘いました。

こうしてチマブーエの工房でジョットはその才能を伸ばし、あっという間に師に並ぶほどの腕前になったそうです。

その後は誰もが知るとおり、偉大なるマエストロとなりました。


ちょっといい話だと思いませんか? 


再びお散歩、いい眺めだなぁ。
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澄み渡る青い空。この街には清潔な空気が流れているような気がする。
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下界は靄がかっている様子。
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サンタマリアマッジョーレ教会 Parrocchia Santa Maria Maggiore に到着。
ここの地下にはローマ時代の遺跡がありました。
きっと元々は古い教会が建っていた土地に、現在の教会を建てたのでしょうね。
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猫さん発見!!呼んだら走ってきました、かわいい♪
懐っこい猫で、スリスリと身体をすり寄せて何処までも着いてこようとしていました。
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真っ赤に紅葉した葉。
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Porta Perliciを北上したあたり。なんだか古い町並みがとても素敵。
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いい景色だなぁ。
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この辺りはアッシジでも最も古い地域なのだそうです。
でも借主募集や売出し中の古い家をたくさん見かけました。
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置かれている民具がとっても素敵。
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これは2000年前、ローマ時代の円形劇場の後だそうで、見ての通り遺跡の中には現在も人が暮らしています。
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これは古い共同水道のように見えるのですが、何だかわかりませんでした。
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今日のランチは珍しく外食です。
レストランを目指し、城壁を出てオリーブ畑をひたすら歩きます。
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上り坂がきついです・・・ぜいぜい。
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あっ、オリーブを収穫してる!!
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こうして木の下にネットをはり、実を採るというアナログな方法。
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むこうのオリーブ畑でも収穫してる!一斉に始まるんだね。
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こんな景色ばかりで、ちっともレストランが見えてこない。
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薄暗い林の道をテクテク歩いて・・・
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やっと着いた~。ここはウンブリア料理のレストラン『Trattoria La Stalla』 Via Eremo delle Carceri , 24
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ここの名物は炭火焼。お肉や野菜をじっくりノンビリと焼いてくれます。
店内は、店名(馬小屋)通りの雰囲気。落ち着きます。
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これはプリモピアットの三種盛り合わせ。どれも美味しい。
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ボロネーゼスパゲッティ、
そしてチーズと蜂蜜をぐつぐつと煮立てたもの(これがとっても美味しかった!パンやジャガイモと一緒にいただきました)
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豚肉のビステッカ、ジャガイモの炭火焼。炭火で調理するだけあって、どれもとても香ばしい。
白ワインを1/2リットル、炭酸水を頼んでお会計は全部で37ユーロ(うちコペルト3ユーロ)でした。
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満腹になって外に出ると、こんな猫さん発見。
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再びオリーブ畑を歩いて、街中に帰ってきました。今度は牛柄の猫さん発見。
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アッシジ滞在中、丘全体に靄がかかり、景色が幻想的でとても美しい日がありました。
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下界はこの通り、雲で覆われていて何も見えません。アッシジの街全体が、まるで空に浮かんだ島のよう。
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紅葉も鮮やか。
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この街は本当に綺麗な街だなぁ~、と溜息。
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ここの紅葉は真っ赤で綺麗、街の景色にもよくマッチしてるね。
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夕暮れのアッシジ。
聖キアラ聖堂の前から夕陽を眺めました。
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宿のマダムも感じよく、この街を去りがたく、3泊もしてしまいました。

私たちにとって、また訪れたい街のひとつとなりました。

コルトーナ Cortona

アレッツォ滞在2日目は街を一巡りし、午後はコルトーナという小さな田舎街へでかけてみることにしました。

コルトーナは美味しい食材が豊富で、アクセスもよいことから、アレッツォから日帰りで出掛ける観光客が多いそうです。

行き方は簡単。グイド・モナコ広場からLFIバス6番に乗り、美しい田舎の道を走って1時間半もすると、丘の上の小さな街コルトーナに到着します。

運賃は片道3.1ユーロ/名でした。


コルトーナに到着。
バスの終点ガリバルディ広場からの景色。遠くに見えるのはトラシメノ湖 Lake Trasimenoです。
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コルトーナはキアーナ渓谷を見下ろす小高い丘の上にある街。
キアーナ渓谷といえば、大好物キアニーナ牛の本場です!
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まずはインフォメーションセンターで街の地図を入手して、お散歩開始です。
このインフォメーションセンターは、バスのチケットも販売しているので、帰りのチケットを購入しておくといいと思います。
通常タバッキと呼ばれる売店(下の写真)や、近くのBARで購入します。ちょっと面倒だよね。
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中世の街並みが色濃く残ります。これは昔の水汲み場かな?
ここで近所の奥さん達が世間話をしながら、水汲みをする風景が目に浮かびます。
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ちょっと裏路地に入ると、とても静か。
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街を取り囲む城壁の外へ出ると、こんな美しい秋の風景が!!
キアニーナ牛、いないかな・・・真っ白な巨牛だからすぐ分かりそうなんだけどな・・・(笑)
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教会に入ったり、お散歩をしたり、エノテカを覗いたり(バス乗り場に近いエノテカは色々試飲させてくれた)、肉屋で買い物(また肉か!)をしたり、お茶をしていたら、あっという間に夕方になってしまった。日が沈むのが早くなったなぁ。
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バスの発着地、ガリバルディ広場からの眺め。こんな丘の上に住んだら、足腰も強くなるんだろうなぁ。
お年寄りも杖をつきながらですが、スタスタと坂道を行き来していました。
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フフフ・・・今回も買ってしまいましたキアニーナ牛♪
18ヶ月と月齢が短いので、フィレンツェで食べたのと比べて風味は劣るかなと思ったのですが、フィレ部分も小さいからオマケするよ!とお店のお兄ちゃんが言ってくれ17ユーロ/㌔のお買い得価格だったので試しに買ってみました。
やっぱり食材も地元に行くと安いのですね、フィレンツェの半額くらいです。
少し固くて噛みごたえのある肉質でしたが、味は甘くて美味しい!満足、満足♪
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コルトーナでは、小さくて美味しそうなレストランをいくつか見つけました。

私たちは食事時を外して街を訪れてしまったので、それは次回のお楽しみにしておきます!

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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
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