Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ルッカとピサ

フィレンツェから少し遠出をして、ルッカとピサを訪れたときのお話です。


まずはフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅の東側からバスに乗り、ルッカへ向かいます。
バス会社はLazzi社、運賃は5.2ユーロ/名。1時間15分でルッカに到着しました。
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ルッカ  Lucca)は、人口82,245人のイタリア共和国トスカーナ州ルッカ県のコムーネの一つで、ルッカ県の県都,
19世紀の作曲家ジャコモ・プッチーニの生誕地として有名です。

ルッカは元々はエトルリア人が築いた街でしたが、古代ローマによるイタリア統一により、ルッカも紀元前180年頃にローマ人が住民の多数を占めるまでになったそうです。

西ローマ帝国を消滅させて、初のイタリア王となったオドアケルの略奪を受け、553年にはナルセス率いる東ローマ帝国軍に包囲される等、ルッカは都市及び要塞として重要な役割を担いました。

11世紀にはコンスタンティノポリスと並ぶ絹の交易地として繁栄を謳歌し、14世紀はカストルッチョ・カストラカーニが支配し、カストラカーニが死去するまでフィレンツェ共和国と並ぶ勢力を誇りました。

15世紀からは周辺の有力諸侯の支配を受けた時期もありましたが、フィレンツェやジェノヴァと共に独立を維持します。

19世紀、ナポレオン・ボナパルトの時代には、その妹エリザ・ボナパルトがルッカ一帯を支配する「ルッカ=ピオンビーノ大公妃」となり、1809年にはトスカーナ大公国の女大公となりました。
ナポレオン没落後にエリザはその地位を失い、1815年のウィーン会議でルッカ公国となったが、1847年にトスカーナ大公国に再編されます。

そして、イタリア統一運動における住民投票で1861年に成立したイタリア王国に組込まれ現在に至ります。



街をブラブラお散歩です。
サン・ミケーレ・イン・フォロ教会 San Michele in Foro
ローマ時代のフォロ(公共広場)の跡に作られたサン・ミケーレ広場にあるロマネスク様式の教会です。
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ここで見れるのは、フィリッピーノ・リッピ Filippino Lippiの「四聖人」。
鮮やかな色彩で美しい絵画でした。
四聖人


ドゥオーモ、サン・マルティーノ教会 Duomo、San Martino
11世紀から13世紀にかけて建てられたピサ・ルッカ様式のドゥオーモです。
聖堂内では、ティントレット Tintoletの大作『最後の晩餐』を見ることができます。
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また、別料金で入場できる聖具室 Sacricityには、ヤーコボ・デッラ・クエルチャ作の『イラリア・デル・カレットの墓碑』があります。
これは、ルッカの君主パオロ・グイニージの早逝した妻イラリア・デル・カレッットの横たわる姿を彫った大理石の彫刻。とてもしなやかさで美しい墓碑です。 (この写真はWikipediaより拝借)
ルッカ彫刻



サン・ジョヴァンニ・エ・サンタ・レパラータ教会、洗礼堂
CHIESA DI SS.GIOVANNI E REPARATA, BATTISTERO
ここはローマ遺跡を見ることができて、意外にも面白かったです。
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これは14世紀の洗礼盤。この下にはローマ遺跡が残っており、地下に降りてグルリと見て回ることができます。
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紀元前1世紀のローマ時代の住居の床モザイク、1世紀の浴場の跡、初期キリスト教時代の遺構、ロンゴバルド時代の埋葬地跡、中世初期の洗礼堂の跡、カロリング朝時代のクリプタ跡、等々を見ることが出来ます。
とても空いていて、じっくりゆっくりと眺めることができました。
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街をぶらぶらお散歩。ノンビリと落ち着いた小さな街で、とても気に入りました。
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アンフィテアトロ広場 Piazza Anfiteatro
楕円形の広場をグルリと住居やカフェが取り囲んでいます。
ローマ時代に円形闘技場として使われていましたが、中世に広場に転用されたそうです。
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広場を囲む建物を眺めていると、こんな風に競技場時代の石がそのまま残っている箇所があります。面白い!
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静かで美しい裏通り。にょっきりと塔が見えます。
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サン・フレディアーノ教会 Chiesa di San Frediano
とても華やかなモザイクが施されています。
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街の端までやってくると、街が城壁でグルリと囲まれていることが分かります。
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今は遊歩道となっていて、住民の憩いの場となっています。
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秋だねぇ。
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さて、意外にも見所が多いルッカで時間をとってしまい、すっかり夕方になってしまいましたが、バスに乗りピサに行くことにしました。

ピサ Pisaはトスカーナ州ピサ県の県都で、ティレニア海に面した港湾都市。『ピサの斜塔』と科学者ガリレオ・ガリレイの生誕地として有名です。

ピサの街はアルノ川両岸に栄え、ベネチア、ジェノバ、アマルフィと並び地中海商業圏で権勢を誇る4大海運国家のひとつとして、11世紀に頂点をむかえます。

13世紀ころから、ルッカやフィレンツェとの衝突もありましたが、1509年にはメディチ家によって征服されてしまったそうです。



ピサといえば斜塔。
これ以外には特に見るべきものはないため、『斜塔のピサ』とも呼ばれます。
ドゥオモの後ろで、チョッコリと傾いているのが『ピサの斜塔』
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ピサの斜塔 Torre di Pisa
高さは地上55m、階段は297段、重量は14,453t、地盤にかかる平均応力は50.7tf/m2と見積もられています。
地盤の土質が非常に不均質であることが傾斜の原因だそうです。
一時傾斜の増大と倒壊の危惧は回収工事により、当分問題ないと判断されており、現在の傾斜角は約5.5度で、傾斜の進行は止まっています。本当かね?
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さて、斜塔も見たしフィレンツェに帰ろう!!ピサからフィレンツェは電車で移動しました。
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オマケの写真。
ルッカでは、小さな肉屋でまたもやチンタ豚を発見してしまったので、ご購入。
これを思い切って、トンカツにしてみました。パン粉は固くなったパンをおろして作りました。
揚げ油がちょっと少ないかなぁと思ったのですが、おっ!偶然にも完璧な揚げ具合!チンタ豚は綺麗なローズ色へ変身。
完全に肉汁を閉じ込めた肉は、ジューシーで甘く、ホッペが落ちそうな美味しさでした。
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別の日に、同じくルッカで買ったチンタ豚をローズマリーとニンニクを添えて焼きました。
塩はマルタで買ったゴゾ島の海塩。甘みがあって美味しい塩なんですよ。
レストランでは高級食材ですが、肉屋で買うと14-15ユーロ/㌔くらい。
やっぱり木の実の風味がして、脂身がとても甘いのです。
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では。
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サンタクローチェ教会

フィレンツェのサンタクローチェ教会を訪れたときのお話です。

サンタクローチェ広場。
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その広場にあるのがサンタクローチェ教会 Chiesa Santa Croce
1205年にアッシジの聖フランチェスコがフィレンツェを訪れ、1228年に城壁の外であったこの場所に最初のフランチェスコ派の小さな教会を建てたそうです。
その後、信者や修道士の数が急速に増加したため、1294年から今のサンタクローチェ教会が建造が開始され、1443年にほぼ現在の大きさになったそうです。
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サンタクローチェ教会の近辺をウロウロしていると教会の裏に皮細工学校を発見しました!!
面白そうなので入ってみると、デブネコがお出迎え。なつっこくてカワイイ!!
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皮細工学校に併設された販売所で、手作りの美しい財布やバッグを眺めてから、教会内部に入場。

入場料は5ユーロ/名です。


この教会には、有名人のお墓がたくさんありました。
これは、ニッコロ・マキャヴェッリNiccolo Machiavelliのお墓。フィレンツェ共和国の外交官だった人。
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これは、誰もが知る大芸術家ミケランジェロのお墓。
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右側は、15世紀にフィレンツェ共和国の首相であったレオナルド・ブルーニLeonardo Bruniのお墓。
ベルナルド・ロッセッリーノBernard Rossellinoの作品です。
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『神曲』であまりに有名な、ダンテ・アリギエーリDante Alighieriのお墓。
遺体は、ダンテが亡くなったラヴェンナに埋葬されており、ここにあるのは墓碑だけ。
ダンテの生誕地であるフィレンツェは再三にわたり、ラヴェンナに対し遺体の引渡しを要求しています。
他には、『それでも地球は回っている』のガリレオ・ガリレイのお墓もありました。
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この教会にはイタリアを代表するセレブ達のお墓ばかり。

当時のフィレンツェの名家は、この教会に埋葬されるためにお金を惜しまなかったという話です。


これは教会の壁面に飾られた『受胎告知』、ドナテッロ作です。
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教会の外壁にも素敵なお墓がありました。作者は分かりません。
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正面は、フィレンツェのドゥオモのクーポラを建てたブルネッレスキ作のパッツィ家の礼拝堂。
他にもジョットーのフレスコ画、デジデリオ作の墓碑などがり、素晴らしい芸術作品を収蔵する教会です。
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今日もたっぷり目の保養ができました。


さて、お買い物の戦利品。
フィノッキオ、そして小さな商店で買ったツヤツヤの栗。
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サンタブロージョ市場、いつものオバサンの屋台でみつけたトゲトゲの野菜。なんだこれ?
サボテンのようですが、これズッキーニだそうです。
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トゲトゲのズッキーニはパスタに。
食材が良いと、シンプルな料理でも十分に美味しい!
付け合せは鮮野菜のサラダ。
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フィノッキオはパンチェッタと一緒に、たっぷりの野菜とクタクタに煮込みスープにしました。
野菜のじんわりとした甘みとパンチェッタのダシが効いて、手間がかかっていないのにとても美味しい。
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オマケ。
サンタンブロージョ市場の中にある屋台。
店頭に並んでいるモツ煮込みが美味しそうで、いつも気になっていました。
大勢の人が我先にと購入しているランプレドットのパニーニ(ランプレドットLampredottoとは牛の第四胃袋)を私たちも食べてみました。3ユーロ/個。
フィレンツェのいくつかのお店でランプレドットのパニーニを食べましたが、ここのが断トツで美味しい!!
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メディチ家礼拝堂とサン・ロレンツォ聖堂

メディチ家礼拝堂とサン・ロレンツォ聖堂を訪れたときのお話です。

どちらも1つの建物内にあるのですが、出入口も入場料も別々となります。

特にメディチ家礼拝堂はミケランジェロの素晴らしい作品が見られるとあって、いつ訪れようかと楽しみにしていた場所です。


まずは腹ごしらえ、今朝サンタンブロージョ市場で買った花を眺めながら朝ご飯。
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野菜スープをパン粥にしました(いんちきリッボリータ風)。新鮮葡萄も美味しい!
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芸術を堪能する前に、ちょっと中央市場へ行って食材の偵察。
2階にあった野菜売り場は外に出てしまって、内部は観光客用の小ぶりのパッケージを扱う店をたくさん見かけます。
以前にもましてツーリスティックになっていて、随分様子が変わっていました。
いつも行っているサンタンブロージョ市場のほうが、外国人ではなく、地域の人々が主となって利用している分、より市場らしくて私たちはこっちのほうが好みかな・・・。
でも中央市場の前にあった屋台のパニーニ(具はもつ煮込み)は、とても美味しかったですヨ。
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さて、『メディチ家礼拝堂Cappelle medicee(新聖具室と君主の礼拝堂)』にやって来ました。
入場料は10ユーロ/名。
入ってすぐ1階には、メディチ家が礼拝の際に使用していた聖具や調度品が展示されています。
階段を登ると、大理石でコテコテに装飾された『君主の礼拝堂Cappella dei Principi』(下の写真)
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君主の礼拝堂を通り過ぎ、奥へと進むとそこは『新聖具室Sagrestia Nuova』
1520年に、ロレンツォ豪華王の息子、教皇レオ10世(至上最も醜男の教皇と言われる人、免罪符の発行で有名です)の命により、ミケランジェロが内装及び彫刻の作成を開始しました。 この部屋には、4人のメディチ家の人々が埋葬されています。
1-1新聖具室


これは『ウルビーノ公ロレンツォ Lorenzo di Piero de' Mediciの墓碑』
メディチ家三代目当主ピエロの息子で、レオ10世の甥っ子だった方です。
墓碑はミケランジェロ作、左から、『夕暮Crepuscolo』『ロレンツォ本人』『昼Giorno』
2新聖具室


『ヌムール公ジュリアーノ・ディ・メディチGiuliano di Lorenzo de' Medici の墓碑』
ロレンツォ豪華王の三男で、レオ10世の弟だった方です。
墓碑はミケランジェロ作、左から、『夜Notte』、『ジュリアーノ本人』、『曙Aurora』
新聖具室にある彫刻では、『夜Notte』が最も美しいなと思いました。右の『曙Aurora』は未完のままとなっています。
3新聖具室 


この三体の彫像の下には、『ロレンツォ豪華王 Lorenzo il Magnificoとその弟ジュリアーノ・ディ・メディチGiuliano de' Medici(パッツィ家の陰謀で、ドゥオモで殺された人)』が埋葬されています。
ロレンツォ豪華


三対の彫像のうち、真ん中はミケランジェロ作の『聖母子』
4新聖具室


さて、メディチ家礼拝堂を見た後は、サン・ロレンツォ聖堂にやって来ました。
メディチ家がブルネッスキにこの聖堂の建造を委託し、1460年に完成しました。
5サンロレンツォ 


聖堂正面の左奥にある旧聖具室、ここにもメディチ家の方々が埋葬されています。
テーブルの下に、『メディチ家創始者、ジョヴァンニ・ディ・ビッチGiovanni di Bicci de' Medici と妻ピッカルダ・ブエーリPiccarda Bueri』が埋葬されています。
6旧聖具室


左は、旧聖具室にあるヴェロッキオ作の棺、3代目当主ピエロ・ディ・メディチPiero di Cosimo de' Medici(痛風のピエロと呼ばれていた人)と弟のジョヴァンニ・ディ・メディチGiovanni de' Mediciが埋葬されています。
この棺の脚元は、『レオナルド・ダ・ヴィンチの受胎告知(ウフィツィ美術館蔵)』の絵画中、聖母マリアの前に置かれたテーブルのモデルになったそうです。
右は、聖堂内にあるドナテッロ作の説教壇。
8ヴェロッキオ 9ドナテッロ


聖堂内の祭壇画、フィリッピーノ・リッピFilippino Lippiによる『受胎告知』
この聖堂では、他にもデジデリオ・ダ・セッティニャーノ作の墓碑、ブロンズィーノのフレスコ画など素晴らしい作品を見ることが出来ます。
7フィリッピーノ


今日も素晴らしい芸術を堪能し大満足。またご飯の時間がやってきました(笑)
冷蔵庫にあるラルドや生ハム、野菜の残りで適当に夕食。
購入したばかりの新オリーブオリルを、ここぞとばかりに使います。
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左はチンタのラルドやハム。右は、サンタブロージョ市場で買ったヘーゼルナッツの生パスタ。
茹でると驚くほど大きく膨らみます。
切ると中からナッツとリコッタチーズがのぞきます。味は期待通り、美味です!
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今日も芸術と食欲の一日でした。

オリーブオイル

ずっとこの日を待っていました!!

いつも通っている量り売りのワイン屋さんに、ついに『今年のオリーブオイル』が並んだのです。

大概のお店では、11月以降に店頭に並び始めると聞いていましたが、それよりも1週間ほど早く並びました。量り売りのワイン屋さんのように、農家と密接な関係があるお店だからかな?


大喜びで1リットルの大瓶を購入、お値段は14.9ユーロ。
見たことのない程、鮮烈な黄緑色をしています。
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口に含むと、舌にいっぱいに広がるオリーブの風味と、鼻に抜ける爽やかな香り。
シンプルにパンにつけただけでも、いくらでも食べれるくらい美味しい!嬉しいな~。
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毎日の食事がもっと楽しくなりそうです。


さて、サンタンブロージョ市場の肉屋さんには、たまに馬肉が並ぶことがあります。
馬肉のビステッカ、これで1kgくらい。
大きさ比較で1ユーロコインと並べてみました。柔らかくて甘い味がします。美味しいヨ!
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ラディッキオというちょっと高めの野菜を使ったリゾットとサラダ。
オイルをかけるだけで、シンプルなサラダがご馳走になります。
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オル・サン・ミケーレ教会

フィレンツェ滞在時はちょうど収穫の秋で、素晴らしい食材に恵まれ食生活はとても楽しいものとなりました。


いつも買い物をしていたサンタンブロージョ市場。屋内・屋外ともお店が隙なく並びます。
数年前に訪れたときと違うことは、以前は偽ブランド品の露天などでしか目にすることがなかったアフリカや中東からの移民(不法滞在含む)が、イタリア人オーナーの八百屋で働いていることでした。
彼らの多くはムスリムなので、市場の近くには礼拝用のモスクがありました。
私たちの日本でも、車などの製造工場だけでなく、居酒屋や商店で外国人が働いているのを見かけるのはもう珍しくありません。しかし、外国人を受け入れるのであれば、こういった面の整備も必要ですね。
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さて、市場には数々の八百屋さんがあるのですが、私たちのお気に入りは白髪のおばあさんが営む店。
例えば『カーヴォロ・ネロ(左の写真。日本では見かけない黒キャベツ)を頂戴!』とお願いすると、『カーヴォロ・ネロを買うなら、メニューはリボッリータねっ!!』と言って、その料理に必要な野菜やハーブを必要なだけ付け足して売ってくれるのです。
その野菜はとびきり新鮮。山ほど買ってもお値段は1~2ユーロ。
何よりも楽しいのは、おばあさんの明るさとハキハキした様子、元気を分けてもらえます。
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野菜や肉を買って大荷物になってしまいました・・・何もかもが美味しそうに見えるんだもの。
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朝ごはんは、屋台でトリッパサンドを食べました、うまーーい!歯型がついていてスミマセン。
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さて、毎日の日課のように通ったサンタンプロージョ市場ですが、重い荷物をヨイショと抱えながらの帰り道、オル・サン・ミケーレ教会 Chiesa di Orsanmicheleを訪れました。

ここの教会は通り過ぎるたびに、いつも気になっていた建物だったのです。

現在『オル・サン・ミケーレ教会』と呼ばれる建造物は、元々は1290年にアルノルフォ・ディ・カンビオの設計により穀物倉庫として建造されましたが、1304年に火災により消失します。

そして1337年、フランチェスコ・タレンティ、ネーリ・ディ・フィオラヴァンテ、ベンチ・ディ・チョーネらが現在の建物を建設しました。

1380年、緊急時のための穀物備蓄庫としてさらに2つのフロアが増築され、シモーネ・タレンティが1階部分の外壁を塞ぎ、教会を建てました。

現在もなお、13世紀そのままのロッジアを形どるアーチを見ることができます。



教会外側には、守護聖人の彫像が据えられていますが、これらはドナテッロ、ギベルディ、ベロッキオ、ブルネッスキなど怱々たる巨匠達の作品です。
ですが、現在ある彫刻群はレプリカで、オリジナルはバルジェッロ美術館、オルサンミケーレ美術館に所蔵されています。
(以下、オル・サン・ミケーレ教会の写真は全てWikipediaから拝借) 
1 Orsanmichele,_base


テラコッタの装飾品はロッビアの作品。
2 Orsanmichele,_tondo_dellArte_dei_medici_e_speziali


1階は教会になっていて、階段で2階に上がると、建物外側の彫像のオリジナルが陳列されています。
驚くべきことに入場料は無料です。
3 Orsanmichele_Tabernacolo_dell_Orcagna


3階からはフィレンツェの街が一望。
4 orsan


フラリと入った教会で、とても素敵な芸術作品を観ることができました、満足!


さて、晩御飯はサンタンブロージョ市場のおばさんから買ったカーヴォロ・ネロを使った野菜スープ、これに豆がはいればトスカーナの郷土料理リボッリータになります。
トスカーナ料理というのは元々は節約料理。固くなったパンや、野菜の切りくずなどを何でもかんでも煮込んだ料理がリボッリータですが、いまやレストランで高い料金をとられる立派なメニューとなってしまいました。
あとはインゲンとパンチェッタの蒸し煮。大勢のイタリア人女性達が争うように1ユーロ/㌔のインゲンを買っていたので、ハニコも女性達の中に混じり、買ってみたのです。本当はもっとクタクタに火を通すのがトスカーナ風かな。
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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
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