Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ナポリ 考古学博物館

ポンペイに行ってクタクタ、でもその感動が覚めやらぬうちに頑張って『国立考古学博物館 Museo Archeologico Nazionale』へ行きました。

ここはイタリアを代表する博物館のひとつで、ファルネーゼ・コレクションと呼ばれる世界で屈指のギリシャ・ローマ時代の作品、「大理石彫刻」「壁画」「モザイク」のほかポンペイやエルコラーノ遺跡からの発掘品等で知られています。


ナポリ中央駅に着いたら、今度はメトロ2番線でカブールCavour駅まで行けば、考古学博物館はすぐです。
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入場料は本来10EUR、でもここもアルテカードで無料。
入館すると、こんなオジサン達(ゼウス)がお出迎え。
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階段で『ガオー』とライオンに迎えられ、階段を登りきると『やぁやぁようこそーー』と兄さんがお出迎え。
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ポンペイ遺跡では、現在現地で展示されているフレスコ画だけではなく、たくさんの芸術的で精巧なフレスコ画が発掘されました。

その中でも、選りすぐりのものは、ここ考古学博物館に保管・展示されているのです。

本来ならば、これらのポンペイコレクションは、事前に予約をしないと見学できないようです。

私たちは予約なし。。。。ですが『ノーリザベーション!!』と堂々と宣言すると、優しい係員が親切に展示室に入れてくれました。人数が少なかったからかも。


ポンペイで発掘されたフレスコ画。色鮮やかな絵。
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ふんわりと妖精のよう。綺麗だなぁ。
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オールヌードの男性達・・・
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手の込んだ美しい硝子。
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オリーブモチーフの銀食器も。
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これは医療器具、骸骨の標本も。ポンペイって、どれだけ優れた文化と芸術に溢れた街だったのだろう。
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これはポンペイ遺跡の出土品ではありませんが、とてもかわいい♪
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この博物館最大のお宝、ファルネーゼの雄牛Toro Farnese 。
高さ5メートルほどの巨大彫像で、ファルネーゼコレクションのひとつ。
間近で見ると、本当に大きく迫力です。
16世紀に、ファルネーゼ家出身の教皇パウロ3世の命による発掘作業で、ローマのカラカラ浴場の近くで発掘されたもの。
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ハニコが一番見たかったものがこれ。
古代ギリシャ東部(現在のトルコ、エフェス)で信仰されていた多産の女神•アルテミスArtemide Efesia
ちなみにダリオが最も見たかった『アレキサンダー大王とダレイオスの闘いを描いたモザイク画』は、なんと今年2月から10月までの間、非公開だそうです、がっかり。また来ようね。
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おっぱいがたくさん、すごい迫力とオーラ!!。こんなに大きな彫像だとは思わなかった。
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今日はたくさん歩きくたびれました。晩御飯は外食で手早くすませます。
宿のナポリ人にお薦めされたBrandiという老舗のピザ屋さん。
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うーん。味は美味しいけれども、この程度なら最近は日本でも食べられるかなぁ。
有名どころでは中目黒の聖林館とか・・・。なんというか、日本のピザのレベルの高さを再認識しました。


今日もよく歩きました。

いろんなものを見たので、頭も気持ちもいっぱいいっぱい。

けれども一晩眠ると翌朝はスッキリするから、睡眠って不思議だなぁと思います。
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ポンペイ遺跡

ナポリ最大の見所ともいえるポンペイ遺跡へ行きました。

ハニコ15年前に一度訪れたことがあるけれども、ツアーだったのでサラリと1時間ほど見学しただけでした。なので今回はゆっくり満足するまで見たいのです!!

写真で振り返る今日一日。


これは昨日購入したカンパーニャ・アルテカード3日券、27ユーロ。
これをもっているとカンパーニャ州の観光地入場料が、最初の2件は無料、3件目からは半額になります。
そのうえ公共交通機関がすべて無料で乗れるという優れもの。
最初の2件の無料分は、「なるべく入場料がお得な観光地で使用するのがお得!」
と力を込めてアドバイスしてくれた窓口のお姉さんに従って、11ユーロと最も入場料の高いポンペイ遺跡で、このカードを使い始めることにしました。
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まずはバスR2で、ナポリ中央駅まで行き、そこからは鉄道でポンペイまで行きます。
これはバス停、どのバスが何分後に到着するか電光板に表示されるようになっています。わかりやすい。
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やってきましたよ~、ポンペイです。
いつもの通り、ポンペイのプチ知識をどうぞ。(主にWikipediaより引用)

紀元前7世紀、サルノ川の河口付近の丘に、イタリア先住のオスキ人によって集落がつくられました。

その後、紀元前526年からエトルリア人に占領されますが、ポンペイ市民はイタリア南部に居住していたギリシャ人と同盟を組み、紀元前474年クマエの海戦で支配から脱します。ギリシャ人はその後ナポリ湾を支配しました。

紀元前5世紀後半からサムニウム人の侵攻が始まり、紀元前424年にはサムニウム人に征服されることとなり、その支配はカンパニア全体に及びます。

カンパニアの諸都市が同盟市戦争と呼ばれる戦争をローマに対して起こすと、ポンペイも反ローマ側に加わりました。

しかし、紀元前89年、ルキウス・コルネリウス・スッラによって町は征服され、ポンペイは周辺のカンパニア諸都市とともにローマの植民都市となりました。

ローマの支配下に入った後のポンペイの正式名はColonia Cornelia Veneria Pompeianorum(ポンペイ人によるウェヌス女神に献呈されたコルネリウスの植民市)となり、港に届いたローマへの荷物を近くのアッピア街道に運ぶための重要な拠点として、以後、商業都市として栄えます。


しかし、62年2月5日、激しい地震がポンペイを襲い、ポンペイや他のカンパニア諸都市は大きな被害を受けます。

町はすぐに以前より立派に再建されたが、その再建作業も完全には終わらない79年8月24日、ヴェスヴィオ火山が大噴火し、一昼夜に渡って火山灰が降り続け、翌25日に完全に地中に埋まってしまいました。

壊滅後は二度と集落が作られることはなかったのですが、その後1000年以上「町」という地名で呼ばれ、散発的に古代の品が回収され、下に都市が埋まっていることは知られていました。

その後、ポンペイは1748年に再発見され、建造物の完全な形や当時の壁画を明らかにするために、この後断続的に発掘されることとなります。

ポンペイとその周辺の別荘からは多数の壁画が発掘され、古代ローマの絵画を知る上で重要な作品群となっています。

ポンペイの壁画の様式には年代により変遷が見られ、主題も静物、風景、風俗、神話と多岐にわたっていて、男女の交わりを描いた絵も有名で、これらはフォルム(市民広場)や浴場や多くの家や別荘で、よい状態で保存され続けてきました。

なぜ、ポンペイの壁画は豊かな色彩を失わなかったのか、その秘密はこの街を襲った悲劇にあります。

西暦79年8月24日、町の北西 10 キロメートルにあるヴェスヴィオ火山が突如大噴火し、押し寄せた火砕流や有毒ガスがポンペイの人々の命を次々と奪い、降り注ぐ火山灰は、僅か1日足らずで 5 メートルの深さに町全体を飲み込んでしまいました。

そして、ポンペイが人々にその姿を再び現したのは18世紀半ば。

以降、今に至るまで発掘が続けられていますが、地中から次々と現れるローマ時代の遺品の美しさに世界が驚愕しました。


ポンペイは、これまで見てきたローマ遺跡の中でも規模・保存状態が格段に素晴らしいです。


それではポンペイの町の様子をどうぞ。
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昔のかまど。
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こんなにしっかりと建物が残っています。
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これは昔のバー。
穴が開いているのは、かまどで鍋を置いたのでしょうか。それともワインの入った甕壷を立てたのでしょうか。
ここでお酒をクイっと立ち飲みしたのでしょうね。
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この家はフレスコ画が残っています。
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住居の中のアトリウム。
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これは酒屋の壁に描かれたフレスコ画。男性達がお酒を飲んでいる様子が描かれています。
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パン屋さん。
粉をひく石臼があります。
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この家には、こんな美少年のフレスコ画が。
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高台に上ってみました。
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こんなふうに街全体がそっくり綺麗に残っています。
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堅固な城壁に囲まれていました。
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ベンチ、ここに人々が集会をしたりしたのかな。背もたれに文字が刻んであります。
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このあたりは墓地、大きなお墓が並びます。
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ヴェスヴィオ火山が噴火して、ポンペイの町が一瞬にして消えてしまいました。
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裕福な人の住居跡。
この家には、綺麗なフレスコ画が残されています。
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敷地内にはワインをつくる際に葡萄をつぶす道具が。
先っぽが羊の顔をした大きな道具です。
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ここは公衆浴場の中庭。
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バスタブがあって。
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こんな寝転がる台座も残っています。
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天井は凝った造り。
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さらに街をトコトコ。
車道の真ん中にある石は横断歩道だそうです。
馬車の通れるように車輪の幅のぶんだけ隙間が開いています。
この幅を通らなければならないので、馬車も減速するだろうし、なかなかいいアイデア。
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ここは売春宿。小部屋がいくつも並び、石のベッドが設置されています。この上にマットレスをしいたそうです。
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壁にはこんなエロチックなフレスコ画。
ポンペイはたくさんの外国人達が訪れる街でした。そんな言葉のわからない外国人でも、壁に描かれた様々な体位の絵を見て『これでお願いします』と注文できたそうです。ちなみにお値段はワイン1~2杯分と同額だったとか、、、料金が安いのか、ワインが高いのか、、、
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日本人の団体を発見。日傘、帽子、日焼け防止の長袖や長手袋。非常に特徴があるので遠目からでも判別できます。
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これ、かなり磨耗していますが、うっすらと男性器の形をしているの分かりますか?『売春宿があっちにありますよ』という印です。
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ヴェスヴィオ火山。今日は幸い雲が多く、暑さが厳しくなく助かりました。
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たっぷり5時間見学し、出口へ。
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電車の中で、眠くてウトウト。
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よく歩きました、脚が痛いけども楽しかった~。

では。

ナポリ着

楽しくもドキドキの列車の旅も終了、なんと定刻前の4:30にナポリ中央駅に到着しました。

同室のオジサンにお別れをし、下車。

ハニコはナポリを訪れるのは2度目。あれは15年前、そのときも列車でやってきました。
15年前は、下車して最初に目にしたのは、ボロボロの野良犬達と怪しい浮浪者達。
ゴミだらけの汚らしい駅の構内に、埃っぽい空気。。なんてところに来てしまったものかと唖然としたものです。でも今回は、広大な新しいピカピカの駅、怪しい犬も人もいない!なんだかナポリじゃないみたい!
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外はまだ薄暗い。しばらく駅のベンチで休憩し、バスやメトロが始動するまで待機。
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この隙に、ナポリプチ知識をどうぞ(Wikipediaより)

ナポリ市(伊: Comune di Napoli)は、イタリア南部・カンパニア州の州都で、ナポリ県の県庁所在地、世界三大夜景の街として有名です。 人口は約100万で、古くから過密が社会問題になっています。

「ナポリを見てから死ね」と言われるほど風光明媚な土地としても知られていますが、現在では「ナポリが死なないうちに見ておけ」という皮肉の意も含まれるそうです(笑う)。

イタリア以外の外国人が想像する輝く太陽と温暖な気候、陽気な人々というイタリアのイメージは、この都市が元になっていますが、その一方で、今日でもカモッラ(イタリアンマフィア)による影響が強い都市としても有名です。

ナポリ市は、紀元前6世紀に古代ギリシア人(特にアテネ人)の植民活動によって建市されたと考えられています。

「ナポリ」の語源はギリシア語の「ネアポリス」(新しいポリス)であり、最初に建設された植民都市パルテノペから数キロはなれた場所に新しく建設された町という意味です。

その後、ナポリは長くローマ帝国の支配下にあったのですが、476年の西ローマ帝国滅亡後、南イタリアは東ゴート族やランゴバルド族の支配が及ぶなど流動的な状況となります。

6世紀になると、東ローマ帝国のユスティニアヌス1世がイタリアの再征服に乗り出し、イタリア半島はラヴェンナを首府とするビザンツ帝国の属州となりました。ナポリ市には660年にビザンツ系の公国が設置されています。

11世紀にはノルマン人が南イタリアに到来し、イスラム教徒が支配するシチリア島を征服してシチリア王国(オートヴィル朝)を建国しますが、ノルマン人の支配は南イタリアでも拡大され、ナポリ公国も1140年ノルマン人の手に落ちます。

12世紀にはシチリア王国は婚姻関係によってホーエンシュタウフェン家の神聖ローマ皇帝の支配に移ります。

1224年には異色の皇帝フェデリーコ2世(神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世)がナポリ大学を設立しました。

フランスの王族シャルル・ダンジューによりホーエンシュタウフェン家のシチリア支配が断絶すると、ローマ教皇クレメンス4世は1266年、シチリア王国をシャルル・ダンジューにあてがい、アンジュー家は王国の首都をパレルモからナポリに遷都しました。

しかし1284年、シチリアの晩鐘事件を契機にシチリア島で反乱が起こると、アラゴン王ペドロ3世がシチリアを占領しますが、ナポリを中心とする南イタリアはアンジュー家が依然として押さえていたので、王国は2つに分割されました。

2つの王国は共に「シチリア王国」を公称していたが、この時にナポリ王国が成立したそうです。

トラスタマラ家のアラゴン王アルフォンソ5世はシチリア王を兼ねていたが、内紛続きのナポリ王国を征服して、1443年にナポリ入りし、2つの「シチリア王国」の王を兼ねることとなりました。

アルフォンソはアラゴン王であるにもかかわらず、ナポリに長く滞在して統治しました。

1458年のアルフォンソの死後は私生児のドン・フェランテがフェルディナンド1世としてナポリ王位のみを継承しますが、失地回復をめざすフランス・ヴァロワ朝のシャルル8世がこれにつけ込んで、1494年にナポリを武力占領します。

これに対してスペイン(カスティーリャ=アラゴン連合王国)から派遣されたコルドバ将軍は、1503年にナポリを征服し、フランス軍を南イタリアから追放しました。ナポリ王家は取り潰され、スペインのナポリ総督によって支配される属州となりました。

スペイン継承戦争(1701年 - 1714年)のさなか、1707年にオーストリア・ハプスブルク家の軍隊がナポリに入城し、スペインの総督は追い払われます。そして、オーストリアの支配は1734年まで続きます。

ポーランド継承戦争が起こると、フランス・ブルボン家はスペイン・ブルボン家の支援を求め、1734年にスペイン王子でもあるパルマ公ドン・カルロスがナポリに入城してナポリ王カルロ7世として即位、シチリアも回復します。

カルロスは1759年にスペイン王カルロス3世として即位した際、ナポリ王位を息子のフェルディナンド4世に譲ります。この1734年をもって両シチリア王国の成立とする見方もあります。

ナポレオン戦争の間、ナポリ王フェルディナンドはナポリから追放され、シチリアを領有するのみとなります。

ナポリは1806年から1815年にかけてナポレオン・ボナパルトの兄ジョゼフ、次いで妹婿のミュラを王に戴くことになります。

1816年にフェルディナンドがナポリとシチリアの王として返り咲くと、間もなく国名を正式に両シチリア王国とします。

1860年、両シチリア王国はジュゼッペ・ガリバルディに征服され、翌1861年に成立するイタリア王国に併合されました。



と、バスが動き始めたのでR2(バスの番号)に乗車。
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そしてPiazza Trieste e Trentoで下車し、ホテルを目指します。
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ホテルは簡単にみつけることが出来たのですが、アパートメントスタイルなので、どうもレセプションなどはなく、早朝は常駐しているスタッフもいないらしい・・・

朝早いし、スタッフがやってくるのは9:00ころかな~と困り果てて建物の前で待っていたら、前の家に住んでいるイタリア人女性が、スタッフの家までわざわざ出向き、呼んで来てくれたのです!!!

ありがたいな~なんて親切なんだろう。

Case Così Chiaia 
Venereで予約しました。
テレビ、トイレ、シャワー、キッチン、冷蔵庫付きで40EUR/ダブル。
1階には、ダイニングテーブルとキッチン、バストイレ。広いロフトにはベッドとクロークがあります。
エアコンもファンもありませんが、ナポリは日陰に入ると涼しく、夜も寝苦しいということはありません。
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ホテルは『サンタ~ルチ~ア~♪』のナポリ民謡で有名なサンタ・ルチア港の近く。
15年前には、この近辺は観光バスでス~っと一瞬通りすぎただけ。『この辺は危険な地区ですっ!』と添乗員さんが言っていたあたりです。でも今はとても安全、夜歩いていても危険なことはありません。
これは徒歩5分のところにあるPiazza Plebiscito、ナポリで最大の広場。
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これもすぐ近くのGalleria Umberto Ⅰ。
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夜行列車があまり眠れなかったので、2人とも倒れそうに眠い。でもそれ以上に食い意地がはっている。
で、市場に行き新鮮鰯を1キロ買いました♪
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半身が透き通るような鰯!やっぱりこれは刺身だよね~♪
初めはシンプルに醤油だけ。次は玉葱をトッピング。あとはショウガがあれば!
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そしてお惣菜屋で買ったタコのマリネもいただきます♪味は普通かなぁ。
余った鰯はマリネにして洋風に調理、これも美味しい。
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キッチンがあると、いろいろ地元の食材を試せてとても楽しいな!

鰯やらタコやらハムやらを食べていたら、あっという間に一日終了。

長い一日でした、では!

メッシーナ海峡

パレルモからナポリに移動する日のこと。

列車は18:30の発車なので、時間はたっぷり。

宿に荷物を預け、今日もウロウロパレルモ散策。


まずは宿から目と鼻の先のヴッチリア市場Mercato di Vucciriaへ。
ダリオは、このお店で小型の折りたたみナイフを購入。
ちょっとした果物や野菜をカットするときや、魚をさばいたりする用です。
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午前中の市場はとても活気があり、何度訪れても楽しい!大きな豚の半身を担いでいる人がいます。
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今日も魚がピチピチ。
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市場の猫さん、こんにちは。
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今日のランチは、昨日あまりの美味しさと安さに感動したDA PINOへ再び!
店員さんが早口で教えてくれるメニューを必死に聞き取り無事注文。
左:スパゲッティ・ボロネーゼ・ビアンコ
右:スパゲッティ・ドン・ジョバンニ(羊?とトマトがはいってました)
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左:メルルーサ(出汁が美味しい!)
右:ポークの網焼き
そのほかにサラダ、飲み物で合計22ユーロ。
近くにあったら、通っちゃうなぁ。
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満腹になったらば、街をウロウロ。
と、変てこなTシャツを発見。『スーパードライ』のロゴTシャツですが、よくよく襟のタグを見ると・・
『極度に乾燥しなさい』って書いてある!
イタリアでは、変てこな日本語の書いてあるTシャツを着ている人をたくさん見かけます・・・
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御菓子屋さんに入ってみた。左はシチリア名物フルッタ・マルトラーナFrutta Martorana
冷蔵庫には美味しそうなホールケーキがたくさん。
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これまたシチリア発祥の御菓子、カンノーロcannoloを買ってみました。
うーん、この店のはちょっと甘すぎ。
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さらに満腹になり、街をウロウロ。
レストランで見かけた置物。シチリアの守り神だそうです。
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イタリア名物、とっても小さな車。かわいい形だなぁ。
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そろそろ駅へ。今日の列車はインターシティ1924号。
18:30 パレルモ中央駅発、翌朝4:49 ナポリ中央駅着、2等席で44ユーロ/席。
始発だけあって、ちゃんと時間通りにホームに車両が入ってきました。
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長い廊下にズラリと6名用コンパートメントが並びます。そして定刻どおり出発。
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私たちのコンパートメントは、メッシーナのイタリア人青年ジュゼッペ、ローマに行くパレルモ人おじさん、そして私たちの四名。

途中の駅からもう1人イタリア人のオジサンが加わりました。

同室の皆さんとワイワイ会話をしながら、楽しい時間を過ごせました。

ジュゼッペがいくつかの日本語の単語を知っていて驚いたのですが、理由はなんと、日本のアニメ。

インターネットのアニメの動画をイタリア語字幕で見ていて、耳でいくつか単語を覚えたんだそうです。

すごいなー。日本のアニメ。

旅しているときに話した外国人たちに、日本のことについて尋ねてみると、テクノロジー、そしてアニメや漫画が高い確率で出てきました。

旅に出る前は、はっきり言ってこの類のものを少し馬鹿にしていた私でしたが、こんなにも日本のアニメ・漫画が世界中で人気になっていると知り、驚愕しました。

もう日本の文化なんだなー。
もっと国をあげてこの文化を盛りあげれば観光誘致にも繋がるんじゃないかな~。

ジュゼッペが下車し、新しいイタリア人オジサンがコンパートメントに加わわり、シチリア半島とイタリア本島の間、メッシーナ海峡にやってきました。

海底トンネルを通るか、橋でも渡るのかな~と思い、同室のオジサンに『ポンテ?(橋)』と聞くと予期せぬ答えがかえってきました。

一言 『船・・・』

そんなのあるわけないじゃーーんと思っていると、なんと列車が丸ごと私たちを乗せたままガッタンゴットンと船に乗船するではありませんか!!

ありえない、信じられない!なんという大胆な発想、イタリア!!


というわけで、こんな風にスッポリと列車はフェリーに乗船。
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同室のイタリア人オジサン達に誘われ、列車を出て甲板へ。
夜のメッシーナの景色は街の明かりがキラキラ、とても美しかったです。
そして夜釣りをする人達も。
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船が進む20分間、夜景を楽しみ列車に戻りました。


イタリアの列車は、何度も車掌がチケットチェックにやってきますし、ポリスも巡回しています。
なので、思った以上に安全でした。

パレルモ 地元の食堂

やっぱりイタリアはご飯が美味しい。

パレルモにもう1泊滞在することにしました♪

小さな街パレルモの見所は昨日のうちに訪問済み、今日は好き勝手にウロウロすればいいだけです。

そんな今日一日の様子。


延泊を決めたはいいけれど、今泊まっている宿はフル。
受付のお兄さんに宿を紹介してもらった今晩の宿はModena Hotel エアコン、テレビ、シャワー、トイレ、朝食付きで65EUR/ダブル。
部屋は薄暗い感じだし、受付の男性はいかにも怠け者そうで、いつも食堂のソファに寝そべってゴロゴロテレビを見ているし・・
こんなだらしがないホテルマンを見たのはタイ・ラオス・インド以来。
1泊だから何処でもいいとは思いながらも、うーん、あまり好きではないホテルでした。
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さて、今日はパレルモの北のほうを探検。歩いて行くと、下町度が増していきます、ワクワク。
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I CUOCHINIという揚げ物やさんで、ちょっと買い食い。
ここは地元のパレルモっ子に大人気のお店と聞いていたお店です。
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アランチーニ、野菜のコロッケ、パスタ入りのコロッケを購入。0.7EUR/個
カラリと香ばしく揚がった薄い衣の中には、トロ~リチーズのリゾットが。
美味しいなぁ・・・。
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次はランチへ! DA PINOという食堂、ここは地元人率100%です。
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まったく気取らないお店。地元の常連客のお店らしく、メニューがありません(汗)
テーブルにつくと店員さんがやってきて、今日のメニューをベラベラっと早口で教えてくれます。
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レトロな勘定台。
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左:Spaghetti alla cozza 右:Spaghetti alla carrettiera
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左:トマトとオリーブのサラダ 右:メカジキのソテー
ワインと合わせて20EUR、ごちそう様でした~。
ところでここのワインはイマイチだったんですが、同じテーブルのオジサンがやっていたカラフェの中でサイダーとMIXするのを真似してみたら、美味しく飲めました。
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大満足し、DA PINO近辺の居住区界隈をウロウロ。
Scordia通り界隈は生活圏のようで、歩いていてなかなか面白かったですよ。
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こちらパレルモでよく目にする光景。
建物の上階に暮らす人達は、道路にいる人達から何か受け取るときに、紐のついた籠をスルスルっとテラスからおろして、必要なものを入れてもらい、また再びスルスルっと籠を引き上げます。
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こんな八百屋さんがあちこちに。
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おじさん達が楽しそうに集う立ち飲み屋を発見。
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私はアペロールを注文、ダリオは地元のお酒Sangue(だったけな?)を注文。
味はスイートベルモットのような味がしたそうです。
地元のお酒を頼むと、横にいたお兄ちゃんたちが「それパレルモの酒でウマいんだぜ!」と話しかけてきます。
自分の住んでいる土地を愛する気持ちが強いイタリア人は、ローカルのものを外国人が選ぶととっても嬉しそう。
このお店は14:00くらいに閉店するので、市場で働く人達がお客さんのお店なのだと思います。
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さて、明日はナポリに移動するので、切符を買いにパレルモ中央駅にやってきました。
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自販機、しかもクレジットカードで切符を購入できました。
アナログだとばかり思っていたイタリア、やるじゃない!
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イタリアでは、電車に乗る前に、駅のあちこちに設置されている黄色いマシーンでガチャンと切符に刻印しないといけません。
車掌の切符チェックで刻印がないのを見つかると、かなりの罰金をとられるそうです。
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無事切符を購入した後は、こんなお店を覘きながら、夕飯のお店を探してウロウロ。
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夕飯はTrattoria Scordiaに決定。
そこそこ地元民達で混んでいたし、奥さんがテキパキとお給仕をしている姿がイイナ~と思ったから。
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左:Antipast Rustico 右:Spaghetti con Anciova
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左:Tortellini in Brodo 右:Spiedini alla Siciliana
右は主人の得意料理なのよ、とマダムが言っていました。
これと飲み物で21EUR。お腹一杯で幸せです。
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美味しいものを食べただけで、あっという間に今日一日が終了。。。

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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
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