Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ダハブ

『OASIS-Fighting Kangaroo Camp Hotel』を見に行き、とても快適そうだったので荷物をまとめて昼までに引越ししました。

OASIS-Fighting Kangaroo Camp Hotel
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エアコン、プライベートバス、共同キッチン、共同洗濯機、共同冷蔵庫、無料WIFI(ただし激遅)、飲料水無料
そして宿泊費は75EGP/ツイン(80EGPからディスカウント)。安い!
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ピンクの台所
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宿にはカワイイ黒猫ちゃんが!!!
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うぎゃー、かわいい!!
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台所には子猫ちゃんが常駐。
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食べていると猫ちゃんが『なんか頂戴~♪』とやってきます。
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そしてビーチへ!!これが紅海ですよ~。エメラルドグリーンですわ。
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夕方、買い物に行くべく広い車道をテクテク。羊の群れに遭遇。
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羊飼いがいない・・・『いったい私たちどうすればいいの~??』と戸惑っているようすの羊達。
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今日したことは、ホテル探し、引越し、お買い物、海で泳ぐ、ビーチ沿いをブラブラお散歩。

それから良いダイビングショップを探すこと。

では!!

機材一式のレンタル料は5~10EGP/名、一日中借りれます。

ダハブのビーチは、岸から1メートルくらい泳ぐとすぐに珊瑚があり、イソギンチャクやら熱帯魚やらがウヨウヨ泳いでいます。すごいね~。
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エジプトへ

エジプトまでの大移動。フェリーも乗るし、上手に移動できるかな?

フェリーのタイムスケジュールがあわなければ、ヨルダンのアカバAqabaという街で1泊する予定でいざ出発!


アカバまでのバスチケットは宿で予約。運賃5JD/名。
隣のマアーンという町からはアカバ行きのセルビスが頻発しているそうで、そこまで自力で行って乗り継いだほうが運賃は安上がりなのですが、宿でピックアップしてくれるため、今回は楽をしました。
ピックアップ後は、街のバス停で集客のため、しばらく停車し10:10に出発。
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11:20にアカバのバスターミナルに到着。ここから港まではタクシーで10分。
宿からずっと一緒だった韓国人の女の子2人とシェアして、タクシー代4JOD/台。
到着したのはこんな港。どこかチケット売り場なのか、イミグレーションなのかまったくわからない。
でもタクシードライバーの情報だと、高速フェリーの出航は12:30、急がなきゃーーー。
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何人もの人に聞いて、2階のチケット売り場へ。ゼイゼイ。
13時発の高速フェリーチケットをゲット、USD70/名(速度の遅いフェリーだとUSD60/名)でした。
チケットの購入の流れは、
 ①チケット売り場窓口で、パスポートを渡し、引き換え用紙を貰う。
 ②すぐ目の前の銀行で、料金を支払い、チケット売り場で貰った用紙にスタンプを押して貰う。
 ③チケット売り場に戻り、銀行のスタンプが押してある用紙と引き換えにチケットゲット。
2階には、すぐ近くにイミグレ窓口があります。
ここでヨルダン出国スタンプを押してもらうのを忘れずに!!
一緒だった韓国人の女の子達は、このスタンプを忘れてフェリーに乗船してしまい、猛ダッシュでイミグレに戻ってきていました。
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バスに乗って、フェリーの出航地点まで移動します。バス代は無料。近いので歩いてもいけます。
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高速フェリー。思ったより立派だね。
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フェリーは定刻に遅れること1.5時間、14:30出航。フェリーの中は、、、こんな様子。
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こんな様子。
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こんな様子・・・。なんというユルさ。
ちなみに乗船したら、すぐに入国カードに記入し、船内の窓口にパスポートと一緒に提出します。
パスポートはエジプトに到着して、フェリー下船後、イミグレでピックアップします。
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フェリーは順調に紅海を疾走し、わずか1時間でエジプト、ヌエバに到着したのですが、しばらく船内で待機。
下船できたのは17時。。。

なお、フェリーは後方に乗降口があり、席は前方部です。
しかし、停船後は、なぜか前方席と乗降口のある後方を結ぶドアはロックされてしまいます。
どうやら後方の人の下船が済んでから、前方にいる人の下船が始まるようで、閉められた扉の向こう側には、たくさんのエジプシャン達が、ドアが壊れんばかりの圧力で押し合いへしあいしながら下船を待っていました。
私たちが乗ったときは、後方は比較的空いていたので、降りるときもきれいな列でしたが、前方のあの人波に巻き込まれたら大変だったかもしれません。。。

そしてシャトルバスに乗って、到着したのは、荷降ろしの現場です。
あっちへこっちへと、忙しそうに荷車が行き交っています。
どこがイミグレなのかまったく不明。
手続きの手順は
①手荷物検査場にむかって右側のほうに位置する銀行で15USDのVISA用印紙を購入。
②印紙を持って、検査場にむかって左側のイミグレに行き、パスポートをピックアップする。
 パスポートにはエジプト入国のスタンプが既に押印されていました。印紙をパスポートに貼ります。
③そして手荷物検査場(まるで倉庫)で、おざなりなX線の荷物チェック、ボディチェック、パスポートチェックを受けて、やっと外に出れます。。
ちなみに印紙ですが、ノービザでエジプトに入国できるのに、間違って印紙を購入してしまった外国人がいたため、私たちは、彼らから個人的に印紙を購入しました。
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こんな道を歩いて、乗り合いタクシー乗り場に行きます。
ここから乗り合いタクシーのドライバーと、ダハブDahabまでの乗車賃を金額交渉して、乗車するまで1時間。
8人の観光客 VS ボリは当たり前のエジプト人の戦い(笑)
2009年のロンプラによれば、価格は20EGPとなっているのですが、相手は「それは10年前の価格だ。」と言い張り、折れません。
周辺には他に交通手段も見つからず、完全に売り手市場。。。
仕方なく、最初の提示価格は50EGP、これを30EGPまで値切って乗車とあいなりました。

世界三大ウザイ国、二カ国目のエジプトについに入国してしまったことを強く実感、はぁ~。
ちなみに1EGP(エジプトポンド)=約16円です。
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ここからは、カイロへのバスもでています。
フェリーで出会った日本人女性によれば、バス代は80EGPとのことでした。
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1時間ほどバスに乗って、やっとダハブに到着。
ダハブはシナイ半島がイスラエルの領土だった時代に、イスラエルが開発したリゾート地。
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やれやれ、今日はクタクタなのでホテルを探す気にもなれず、とりあえず一泊目は日本人と韓国人に人気の宿Seven Heavenにチェックイン。

写真は撮っていませんが、エアコン、プライベートバス付きで80EGP/室。1300円くらい、ぐっと物価が下がりました。

ところでこの後、明日以降の宿探しと、夕飯をかねて街をブラブラしていると、中国料理屋に知った顔を発見!!!

韓国人カップル、チェンミン&シーフンだ!!

これでイラン、トルコ、ヨルダン、イスラエル、エジプト5カ国目の遭遇。ルートが似ているので良く会うね。

彼らはイスラエルの南の町エイラートから陸路でエジプト入り、私たちはヨルダンから船で入国したそうです。

さてさて、久々にのんびりのリゾート生活、やったーー!!

エジプト概要

いつものようにWikipediaからエジプトの予習。


国名:エジプト・アラブ共和国 (Arab Republic of Egypt)


一般事情

1.面積 約100万平方キロメートル(日本の約2.6倍)

2.人口 7,257万人(2006年人口調査、但し在外エジプト人は除く)

3.首都 カイロ

4.民族 主にアラブ人(その他、少数のヌビア人、アルメニア人、ギリシャ人等)

5.言語 アラビア語

6.宗教 イスラム教、キリスト教(コプト教)

7.略史
 紀元前32世紀頃統一王朝成立。紀元前1世紀よりローマ帝国領、4世紀よりビザンツ帝国領。7世紀にイスラム化。16世紀にオスマントルコ帝国領。19世紀初頭より、オスマントルコ帝国のムハンマド・アリ・パシャの下で、近代化に着手し、1922年、英国より王制の国として独立。1952年、ナセル率いる自由将校団によるクーデターを経て共和制に移行。1979年、イスラエルと平和条約を締結。その結果、アラブ連盟の資格停止。1989年、アラブ連盟復帰。1990年、湾岸危機において多国籍軍に参加。

政治体制・内政

1.政体 立憲共和制

2.元首 モハメッド・ホスニ・ムバラク大統領(1981年就任)

3.議会
一院制(人民議会、454議席、任期5年、2005年に人民議会選挙実施)、他に諮問評議会(立法権は有さず)

4.政府(2005年12月、第二次ナズィーフ内閣成立、2006年8月一部改造)
(1)首相:アフマド・ナズィーフ

(2)外相:アフマド・アブルゲイト

5.内政
(1)1981年に就任のムバラク大統領(1928年生)は、2005年9月の大統領選挙(6年に1度)で5選を果たした。内政は概ね安定しているが、近年食料価格高騰に起因する物価上昇、政府が提供する低価格のパンの供給不足による生活苦から、賃金引き上げ等を要求するデモやストが昨年来頻発しており、これに対し政府は公務員給与の引き上げ等対策をとっている。

(2)2005年末に実施された人民議会選挙で、非合法のムスリム同胞団系の議員が同議会の約2割に当たる88議席を獲得。

(3)2007年3月26日の国民投票(投票率27.1%:政府発表)で、憲法改正案が承認。主な改正点は、宗教に基づく政党の禁止、反テロ法の制定、大統領選には人民議会に3%以上の議席を有する合法政党からのみ出馬可能など。

外交・国防

1.外交
(1)中東・アフリカ地域における大国として、中東和平では、パレスチナ諸派やイスラエルとのパイプを活かした活動を積極的に行うほか、イラク、スーダンなどの地域問題でも活発な外交を展開。

(2)カイロはアラブ外交の中心として、アラブ連盟本部が所在。アフリカ連合(AU)でも重きをなす。また、イスラム・非同盟諸国との連帯や欧米諸国との協調も重視する多角的な外交を展開。

2.軍事力
(1)予算:約29億ドル(2006年)(出所:ミリタリーバランス2007)

(2)兵役義務:12ヶ月~3年(出所:ミリタリーバランス2007)

(3)兵力:陸軍34万人、海軍1万8500人、空軍3万人、防空軍8万人(出所:ミリタリーバランス2007)

経済

1.経済概況
(1)4大外貨収入源(観光、運河通航料、石油輸出、出稼ぎ者による外貨送金)が貿易赤字を補填する経済構造。

(2)現ナズィーフ内閣は、投資環境整備による外国直接投資の誘致、国営企業の民営化などの経済改革を推進中。実質GDP成長率が7.1%と高く、経済改革の成果が出ている。しかし、高い失業率や貧富の格差は存在。

(3)対外的には、EUとの自由貿易協定(FTA)が2004年に発効。米国及びイスラエルとQIZ(資格産業区域制度)協定に署名(2004年)。

(4)国際金融危機の影響は今のところ軽微であるが、今後世界的な景気後退の影響が危惧されている。

2.主要産業(2005/2006年度)
農業(GDPの14.6%)、鉱工業(同17.5%)、貿易・金融・保険(同18.4%)、石油(同12.9%)、運輸(同10.6%)

(出所:エジプト通商産業省Monthly Economic Digest,Sept.2006)

3.GDP(2006年) 1074億ドル

(出所:世界銀行World Development Indicators Database)

4.1人当たり国民所得(GNI per capita) 1,350米ドル(2006年)

5.実質GDP成長率 7.1%(2006/2007年度)

6.物価上昇率 9.6%(2006/2007年)

7.失業率(2006/2007年度) 9.1%

8.貿易額(2006/2007年度)
(1)輸出(FOB)220億18百万米ドル

(2)輸入(CIF)378億34百万米ドル

9.主要貿易品(2005/2006年度暫定値)
(1)輸出:原油、石油製品、原綿、衣料品、精米、非合金アルミニウム等

(2)輸入:燃料、中間財、原材料(小麦等)、消費財等

10.主要貿易相手国(2005/2006年度暫定値)
(1)輸出:米国、イタリア、スペイン、インド、ドイツ等

(2)輸入:米国、英国、フランス、ドイツ、スイス等

11.通貨 エジプト・ポンド(LE)とピアストル(PT) LE1=100PT

12.為替レート 1米ドル=約5.5343エジプト・ポンド(2007年10月17日時点、2003年1月以降変動相場制)

13.対外債務残高(2006/2007年度) 298億9,800万米ドル

経済協力

1.主要援助国(百万米ドル)(2006年平均)
米国(195)、ドイツ(140)、フランス(62)、スペイン(33)、スウェーデン(29)等

(出所:OECD,DAC online)

2.日本の援助
(1)有償資金協力:5,152億87百万円(2007年度までの累計)

(2)無償資金協力:1,447億43百万円(2007年度までの累計)

(3)技術協力(JICA実績ベース):544億36百万円(2006年度までの累計)

最近では、2008年4月、「エジプト給電システム改善計画」、「コライマット太陽熱・ガス統合発電計画(II)」及び「零細企業支援計画」実施のため、それぞれ約108億円、約95億円及び38億円の円借款供与を決定、同年12月4日にE/N署名。

3.代表的プロジェクト(実績)
カイロ大学附属小児病院、国立文化センター(オペラハウス)、スエズ運河架橋等

二国間関係

1.政治関係
(1)日本は、1936年にカイロに公使館を設置して以来、エジプトと良好な関係を維持している(1954年大使館に昇格)。2002年の邦人渡航者は5万人台であったが、その後徐々に増加し、2007年の邦人渡航者数(観光客が大部分を占める)は約13万人。2007年の日本へのエジプト人渡航者数は約3,500人。

(2)両国間の首脳レベルの往来は、ムバラク大統領が過去4回訪日し、日本からは、2003年に小泉総理が、また2007年5月に安倍総理がエジプトを訪問した。閣僚レベルや政治家の要人往来も頻繁に行われている。

2.経済関係
(1)日エジプト間貿易(2007年度)

(イ)貿易額
エジプト→日本:983億円
日本→エジプト:1,514億円
(ロ)品目
輸出:天然ガス・石油、石油関連製品、繊維類等
輸入:輸送機器、一般機械、電気機器等

(2)日本の対エジプト直接投資(2007/2008年度)440万米ドル

3.文化関係
(1)日本は2001年~2002年、エジプトにおいて「ジャパン・フェスティバル」を実施。2003年9月、文化交流・対話ミッションをエジプトに派遣。

(2)一般文化無償(文化遺産無償1件含む):20件 10億7,660万円
草の根文化無償:5件 3,756万円
合計 11億1,416万円

4.科学技術協力関係
日本が協力して、エジプトに中東及びアラブ世界における中核的拠点となりうる日本式工学教育・研究活動を行うエジプト国立の科学技術大学を設立するという日本・エジプト科学技術大学(E-JUST)構想が実現に向かっている他、日エジプト両国に基づき、2008年が「日本・エジプト科学技術年2008年」(http://www.eg.emb-japan.go.jp/j/st/index.htm)となり、政府関係機関、大学等による様々な科学技術プログラムが実施されている。

5.在留邦人数 973人(2007年11月現在)

6.在日エジプト人数 1,366人(2005年12月現在)

ペトラ

ヨルダン最大の観光地、ペトラ遺跡にでかけました。

ペトラのある地は、西にガザ、北にダマスカス、紅海にも近く、中東での人や物の行き交うキャラバン隊の中継基地とされ、紀元前1世紀ごろから、ナバテア人(Nabataeans)の首都として栄えました。

完全な岩礁地帯であるので、農業には不向きな地域です。

また雨が降ると、鉄砲水が発生するため、ナバテア人は、ダムを作って鉄砲水を防ぎ、さらに水道管を通して給水システムを作り上げました。

紀元前64年から紀元前63年ごろ、ナバテア人はローマの将軍、ポンペイウスにより、その支配下におかれます。

ローマは、ナバテアの自治は認めたものの、税を課し、また砂漠から進入してくる異民族の緩衝地帯としました。

ローマ風の建築物の造営が始まったのもこのころです。

106年には、ローマ皇帝トラヤヌスにより、ペトラとナバテア人はローマのアラビア属州として完全に組込まれてしまいます。

長い間、ベドウィン族によりひっそりと守り続けられていたペトラ遺跡ですが、1812年、スイス人の探検家ルートヴィヒ・ブルクハルトにより、最初にヨーロッパへ紹介されました。

そして遺跡内に居住していたベドウィン族は、ヨルダン政府にペトラ地域から追い出され、遺跡は大観光地として整備されて現在に至るというわけです。

朝のワディムーサの街。右下の木が固まっている辺りがペトラ遺跡の入り口です。
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綺麗だな~、いつまでも眺めていたいな~。
でも遺跡までの無料送迎バスの第一陣は7:00、急いで準備しなきゃ!!
昨日買っておいたパンに、ランチョンミートとトマトとキュウリをはさんでサンドウィッチを作り、オレンジとミネラルウォーターをバッグに入れて準備完了。
遺跡内でジュースを買ったり食事をしたりすると、びっくりするほど高くつくそうです。宿のランチボックスは2.5JDですが、私たちは自分達で材料を準備して、具たっぷりのサンドウィッチを作りました♪
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送迎バスに乗り5分、ペトラ遺跡に到着。入場料はなんと驚きの33JD/名!!!
今年の11月から50JDに値上げします。
さて、入場券をゲットして、インフォメーションセンターで遺跡内の無料地図をゲットして、トコトコを1kmほど歩き、遺跡の入り口を目指します。

これがペトラ遺跡の入り口!!!って、この岩の感じ何処かに似ている・・・そういえばちょっとトルコのカッパドキアっぽい。
この岩壁の道はSiqといい全長1.2キロです。
ペトラ遺跡は広大な敷地のなかにいくつもの遺跡がポツポツとあり、それを地道に見て回るという形式です。
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朝早いので、人が非常に少なく、2人占めできました。
朝は光線の加減で、岩がローズ色に見えとても美しいです。
アンマンから日帰りでやってくる観光客が多いのですが、バスがペトラの到着するのは9:30。
岩が美しく見える時間帯を逃してしまうので、前泊して次の日の早朝に訪れるのがいいのじゃないかなーと思います。
そして色合いよりも、もっと大切なのは、朝は涼しいということ。。。。昼間は殺人的に暑いです。 
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道を間違えたかな?と思ってしまうほど誰もいない・・・
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上から猫ちゃんが『ニャー!!』と声をかけてきました♪
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ついに来たーーーー!!最初にペトラで一番有名な遺跡!
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どーん、エル・ハズネAl Khazneh、宝物館です。
原住民が『昔々ファラオがここに宝物を隠した』と誤解し、それを信じたことから、宝物館と呼ばれるようになったそうです。
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大きい・・・そしてほかに誰も居なくて、またもや2人占め。
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遺跡がありすぎて、これはいったい何だったのか覚えていません。
ペトラは様々な民族の支配下におかれたため、ローマ様式やギリシャ様式、いろいろな様式の遺跡が混在します。
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不思議な色の岩だなぁ。
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この辺はRoyal Tombsといって、高貴な方々のお墓が並びます。
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朝はこうして道が影になっていて、とても楽です。昼間は容赦ない太陽光線。
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ローズ色のお墓。
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ロバさん。この辺りから『ロバさんに乗らないか~』攻撃がはじまります(笑)
お土産屋さんの子供達は実に上手にロバに乗ります。
急な岩の斜面もロバで疾走して駆け下りてくるので、見ているほうが恐くなります。
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ペトラ遺跡が一大観光地として整備されるまでは、普通にベドウィン族がこの辺りに暮らしていました。
こういった岩に暮らしていたのかな。想像が膨らみます。
私が観光大臣だったら、ベドウィン族にあえてそのまま住んでもらって、生活の様子も併せて観光客に見てもらうけどな~。
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ロバさん客待ち中。
ペトラ遺跡内では、馬、ラクダ、ロバに乗ることができます。
運が悪いと蚤にさされ、非常に痒い思いをするそうです。
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お日様が昇ってきて暑い・・・向こうのテントはベドウィンのお土産屋さん。
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またロバさん。
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この辺りでラクダさん登場。意外に機敏な動きをします。
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こちらThe Colonnaded Street。
その昔、商店が軒を連ねていたそうです。いうなれば銀座並木通り。
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『暑いね~』と100回くらい言いながらテクテク歩く。
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働くラクダ。
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Zasr al-Bint
高位の神官しか入れない寺院で、神に生贄を供えたり、神聖な儀式がここで催されたそうです。
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ここから先はこんな山があって・・・
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山の上にある大きな遺跡を見るには、こんな道を1時間の登らなければならない。。。
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こんなキュートなロバさんに乗せてもらって、山の上まで行くことも出来ます。
軟弱な私たちは『この山を登るのはやめようねっ♪』、と最初から決めていたのですが、チョコっとだけ登ってみる?ということで、気持ちだけヨチヨチ階段を踏みしめる。
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これは中腹あたりのLion Tombという遺跡。
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この辺りではロバさんは欠かせない存在。頂上のお土産屋まで物資を運んだり、人を運んだり。
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なんという険しい岩山。
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目の前に広がる岩山の迫力、でも暑い。帽子が大活躍。
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ロバさんは驚くほどたくさんの荷物を運びます。1.5リットルのミネラルウォータを72本運んでいました。
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この岩穴は、まだ使用されているみたい!管理室かな??
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これはGreat Temple
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再びRoyal Tombsにむかって歩く。チラホラと観光客とすれ違うようになりました。
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Royal Tombs 朝と色が違っていて面白い。
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うわーー、いつの間にやらこんなに人が!
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年配の西洋人も大勢います。猛暑なのに、、、頑張れーー!!
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エルハズネに戻ってきました。
朝ここに着いた時は、ペトラはあまりポピュラーじゃない遺跡なのかと思いましたが、なんのなんの人でごったがえしていました。
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Siqを通って帰ります。同じ道なのに光の加減で全然違う印象。
7:30から11:30まで、比較的涼しい時間に、空いている遺跡を快適に見て回ることが出来て大満足!!
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無事ホテルまで戻ってきました。綺麗な夜空。
今夜はペトラでナイトショーのようなものが催されていて、Siqに無数のキャンドルが灯され、花火も打ち上げられます。
が、私たちは明日の移動に備えてノンビリ休憩。
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これでヨルダンには思い残すことはない。

明日はバスで、ワディムーサからアカバAqabaという紅海沿岸の街まで移動し、フェリーの時間があえばそのままエジプトに渡る予定です。

再びヨルダンへ

イスラエルからヨルダンへ移動しました。

目的地はペトラ遺跡への拠点となる街ワディムーサ Wadi Musa。


9:15宿をチェックアウト。
それにしてもエルサレムの宿、GOLDEN GATE INNでは、蚤やらダニやらに20箇所以上さされ、悶絶するほど痒い。
猫がホテル内へ自由に出入りしているし、仕方がないとは思うけど、二度と泊まりたくないな・・・
イスラエル発祥のベーグル、さようなら~。ついに一口も食べることがなかったネ。
宿にキッチンがついていたので、イスラエルでの食事は朝食を除き、なんと全自炊。
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国境行きのミニバスは、GOLDEN WALLS HOTELの1階から出ています。
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ホテルの建物の中庭に入っていくと、チケットオフィスがあります。
乗車賃は32NIS/名、荷物代は4NIS/個。行きより若干安い・・・
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1時間でアレンビー橋(ヨルダンではキングフセイン橋と呼ぶ)のイスラエル側イミグレーションに到着。
ここで出国税を支払うのですが、なんと驚きの167.5NIS/名!
国境によって出国税が異なりますが、この橋は一番高いそうです。
ここでちょっとしたトラブルがありました。出国税の用紙を窓口で貰い、イミグレに並びいよいよ出国審査の順番が回っていたのですが、『出国税の用紙が1人分しかないじゃない!』と係官に言われてしまいました。
なんど、出国税支払い窓口の女性が、我々は二人分の税金を支払ったのにかかわらず、一人分の用紙しか渡してくれなかったようなのです。用紙は真ん中で切り取りとる方式になっているので、私たちはてっきりそれを二人分の用紙を貰ったものだと思っていました。
急いで窓口に戻り、クレームをつけると、窓口の女性は現金を全て数えるから待っていてくれとのこと(汗)
待つこと30分、やっともう1人分の出国税用紙をもらえました、ヤレヤレ。
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再度出国審査。ここでも念のため『ノースタンプ』とお願いします。
パスポートにスタンプを押すかわりに、出国税の用紙裏にスタンプを貰いました。
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無事イスラエルを出国した後のルートは、来たときと全く同じ。

ヨルダンに入国し、国境から乗り合いタクシーでアンマンまで行こうと思ったのですが、タクシーの運転手のふっかけ方が煩いので、やはりふっかけられていたフィリピン人の男性と一緒に、来たときと同じチープなルートでアンマンに戻ることにしました。

ご一緒したフィリピン人男性はドバイでフレンチのシェフをしているそうです。

アンマン市内に到着し、ミニバスと乗り合いタクシーを乗り継ぎムジャンマ・ジャヌーブというバスターミナルまで行きます。ミニバス0.4JD/名、乗り合いタクシー0.5JD/名。
そしてムジャンマ・ジャヌーブからペトラ行きのこのバスに乗ります。乗車賃5JD/名、所要時間4時間。
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荷物を積んだミニバスの通路はギチギチ。
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何もない道をひた走る。
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砂漠と真っ直ぐな道。
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18時ワディムーサに到着。
ちょうどミニバスが着いたところで、Valentine's Innという宿の人に勧誘され、見にいくことに。
夕方から宿探しをするのも面倒なので、すんなりここにチェックインしました。
宿泊費20JD/室。FAN、冷蔵庫、バス・トイレ、無料WIFI付、風通しグッド。日本人もたくさん滞在していました。
ですが、フロントのスタッフは目が笑っていないし、猫なで声の勧誘が気持ち悪く、私はあまりこの宿を好きになれません。
でも遺跡までの無料送迎もついてるし、2泊だけだし、ここで妥協。
(後日、別の旅行者から話を聞くと、予定が変わったので、1泊分の代金を返してくれるように頼んだところ、たった3JODのドミ料金を返してくれなかったそうです。予定の変更を告げたのは、支払い後、数十分しか経っていなかったというのに。。。)
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私たちの部屋の前には大きなテラスが。ちょうど夕焼けの時間。
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ところでワディムーサのお店は外国人向けの価格設定があり、水が1JODだったり、アンマンに比べて何でも高いです。

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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
夫婦で旅してます。

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