Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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スリランカの悪夢2

つづき。

いくつかの問診をして、おそらくはアセモだろうということになった。「いえ、いえ、多分そうだろうと思うけど、念の為に象皮病検査をお願いしに来たんですよ。」というと、検査結果が出るのは2日後だから入院しろということになった。
歩くと服とこすれる部分がただれて痛みがあったけれど、まったく歩けないわけでもなく、そんなことで入院する必要もないのだが、スリランカの入院生活に興味があったし、全身に拡がっていた発疹に薬も塗ってくれるようなので、そういうことにした。
こうして入院生活が始まった。

病室だから鍵をかけられないのは仕方の無いことだと思うのだが、看護士やらドクターが入れ替わり立ち代わり、ほぼ30分おきに検温やら様子を見に来て落ち着かない。さらに、申し送りが出来ていないのか、「調子はどうだ、病状はどんなだ。いつから症状が出ているのか、今は痛いか。痒いか。」と、来る人来る人が皆、同じ質問をしていくのには閉口した。
それを除けば、広い個室は寒いくらいに空調が効いていたし、三度の食事に午後の紅茶までついていて、至れり尽くせりだった。
まぁ、快適だったといえる。

ハニコは同室に泊まってもよかったのだが、何も持ってきておらず手持ち無沙汰になったようで、翌日またやってくることにしてその日は宿に帰ることになった。
しばらく本を読んで過ごしていると、いつの間にか日が暮れてきた。
この病院は夜勤と日勤の担当が、それぞれ3日勤務後2日休みの体制をとっているようで、昼間の女性の看護士と入れ替わって、夕方頃、夜勤の担当だという若い男性の看護士が部屋に挨拶にやってきた。
目がパッチリとした美形の男性だった。

彼ともまた、「調子はどうだ、症状はどんなだ。」とお決まりの質問をした後にしばらく雑談をし、何か不足や、欲しい物があったら持って来るよとの申し出があったので、喉が渇いていたので紅茶をお願いすることにした。

紅茶を運んできた後、彼はまた発疹の具合について質問をしてきた。
先ほど症状について質問があったときには、腕を見せて状態を説明していたのだが、他の場所はどんな調子だと問うてくる。
「背中や届かない所に薬を塗るときはいつでも声をかけてくれよ。ちょっと見せてごらん。」と言う。

色々と気を回してくれる親切なヤツだな、と僕は思っていたので、こんなもんだよと起き上がってTシャツをめくって背中を見せると、心配そうに「おお酷いね、腹はどうだ。」と聞いてくる。
ついでなので、そのまま姿勢を戻して胸から腹の辺りを見せた。

 「こっちも酷いね、痛いかい?」

 『いや痛くは無いよ、痒いだけだよ。』

 「まだ下の方にも拡がっているみたいだね、ちょっと見ていいかい。」

 『ああ、どうぞ。』

と、穿いていたズボンのボタンを外して、ヘソを越えて下腹の辺りまで を露にした。

 「おお、これは痒そうだね。大変だね。こっちも痒いかい?」

 『うん、痒いよ。』

彼が心配して、ここはどうだ、こっちはどうだと何度か尋ねるうちに、パンツはすっかりずり下がり、シモの毛の辺りまで露な格好になっていた。
『妙な奴っちゃな。』と思いはしたが、ここは病院だし、男同士なので別に恥ずかしがることもなく、そのままシモの毛もさらに越えて丸出しの格好になった。


 「Oh! VERY GOOD!」


何の前触れ無く彼の指が、僕のチ●コに触れた。

・・・そこに発疹はない。



 『NノゥooォォゥウオオオオオOOO!!!!!!!!』



疑念が一瞬にして確信に変わった。

どちらの性を愛そうとそれは君の自由だが、僕には僕の自由がある。


 「Oh, I'm sorry. but, yours very good!」


いや、褒められても嬉しくないよ。
とにかく今は大丈夫だ。親切にありがとう。必要になったら呼ぶから、ちょっと休ませてくれと頼んで、出て行ってもらうことにした。


・・・しかし相手は看護士。
夕食だ、紅茶だ、検温だと何かにつけて部屋にやってくる。

彼が部屋に来たとき、僕が女の子に言ったことも無いような台詞を毎度浴びせられるのだ。

 「君の髪はツヤがあって綺麗だね。」

 「そうだ、薬を塗ってあげようか。」

 「その髪型、いいね。」

 「そうだ、薬を塗ってあげようか。」

 「肌の色が素敵だよ。僕は浅黒くて。」

 「そうだ、薬を塗ってあげようか。」

 「スポーツは何をしてたの?いい体だね。」

 「そうだ、薬を塗ってあげようか。」

 「身長何cm?そのガタイ、羨ましいよ。」
 
 「そうだ、薬を塗ってあげようか。」

美形の男から、キラキラした目でこんな言葉をかけられる日が、僕の人生にやってくるとは思いもよらなかった。
でも、毎度毎度、薬を塗ることを申し出てくれるのが恐ろしい。


寝付けずに夜起きていると、彼は何度も僕に、早く眠るように勧めてくる。


 「今夜は何時に休むんだい。」

 「早く休んだほうがいいよ。」

 「寝る前に、薬を塗ってあげようか。」

 「今夜は僕が当直だから大丈夫だよ。」


いや、それが一番大丈夫じゃない。

病室に鍵はかからない。

彼の発言がもしも100%善意からだとしても、その日はちょっとの物音でも起きてしまい、ついに安眠できなかった。


恐怖の一夜が明けた翌朝、朝食を運んできた彼は、昨夜が3日間勤務の3日目だったらしく、

 「僕が次に出勤の時には、君はもう居なくなってしまっているんだね。。。寂しいよ。君の事忘れないよ!」

残念そうに、そう言い残して去っていった。


彼が去った後も悪夢覚めやらぬ気分だった。
しばらくして、着替えを持ったハニコがやってきて、やっと安心できた。
この時ほど嫁さんの到着が嬉しかったことは無かった。
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スリランカの悪夢

チュニスでの食中りは病院のお世話になることなく済んだのだが、わずか数日だけれど、この旅の途中で入院していたことがあった。

スリランカに滞在していたときのことだった。
古都キャンディで目覚めたある朝、わき腹に赤い発疹がポツりポツりと出ているのに気付いた。
ダニに食われたにしては小さいし、数が多いので蕁麻疹だろうか、何だろうか、と不思議に思ったけれど、痒みもないのでほおっておいた。

翌朝起きてみると、発疹はわき腹だけでなく、膝裏や二の腕などの肌の柔らかい場所に拡がっていた。
今日は昨日よりずっとむず痒い。

自慢でないが、こと食中りについてなら、培ってきた経験値は高い。
食べたものや、痛みや体の発するサインから、自分のダメージの程度も、どのくらいで治るかもおおよそ見当が付く。
冴えている時には、ハナを利かせて危険なニオイのする食べ物を見分け、回避することも出来る。
ここでいうニオイとは、文字通りの腐敗臭がするとか、食べるときに嫌な味がするとかいうハナシではなくて、視覚や嗅覚や味覚が異常を感じないのに、「あ、これは食ったらマズイことがおきる。」と第6感が働くことである。
熟練した船乗りが、真っ青な晴天の凪いだ海にいる時でも、肌を撫でる風が頬にからみつく重さや、あるいは潮風の香りのわずかの甘さの違いで、いつ、どの程度の嵐がやってくるのか判るのと同じものだ。
同列に並べると船乗りに怒られるが、まぁ、馬鹿なたとえ話はおいといて、こんな発疹がでた経験はこれまでなかったので、経験から推察しようにもさっぱりだった。

原因を考えてみる。
そういえば、発疹の出来る前日に、柏のような葉っぱに包まれた薄べったいキャンディ名物の菓子を食べた。葉っぱに包まれたままを、妙な味のする御菓子だなと思って食べたのだけど、実は葉っぱを剥がして食べるものだった。
フルーツ屋のオジサンにご馳走になった、滋養強壮ドリンクも飲んだ。オジサンが毎朝飲んでいるというそのドリンクの材料は不明だが、これにはハーブが色々入っていて体にすごくいいんだ!と力こぶを作って説明してくれた。ぬるっとした喉越しの緑色をした液体は、口に含んだことを激しく後悔させる代物だったけれど、せっかくのオジサンの厚意をムゲに断るわけにもいかず、仕方なく一気に飲み干した。

僕は食物アレルギーは持ち合わせていないけれど、見知らぬ国で、食べなれないものを口にしているので、それが原因だと考えられないことも無い。

原因がわからないままにどんどん発疹は拡がり、胸や腹は言うに及ばず、背中から太もも、足の甲まで自分で見ても気持ち悪いくらいに発疹だらけになってしまった。
痒さもイライラするくらいになった。

調べてみると、どうもアセモの症状のようだった。
3月のスリランカは乾季の終わりで、一年で最も暑い時期にあたる。翌月になれば雨が降り始め、やや過ごしやすくなるのだが、今は日本の夏をもっと気温を高くして、さらに蒸し蒸しとしたような気候だった。陽射しは強く照りつけ、ムッとするような熱風が吹き付けてきて、一歩屋外に出ると毛穴全てから汗が噴き出す。
そんな熱風でもあるだけまだマシで、渋滞に巻き込まれたときの無風のバス車内は、服が汗で体にまとわりつき不快なことこの上ない。
ローカルもシャツの背中をべっとりと汗で濡らしているので、やっぱり暑いのだろう。

アセモなんざ子供の病気だと思っていたけど、なんのなんの、こんなに痒いものかというくらい、熱を持ってむず痒い。
そのうちに、歩くと半パンにすれる部分がただれて、お陰で痛くて歩くのも苦痛になってきた。
仕方が無いので、アセモが引くまでしばらく外出を控えて、おとなしく部屋でネットや本でも読んで過ごそうと考えていた。

インターネットはとても便利な道具で、外国にいても自分の病気がどんなものか調べることができるし、たくさんのアドバイスを得ることができる。そしてたまに、思いもよらない知識を得ることもできるのだ。
自分の症状に似通った病気を探していると、スリランカのとある風土病についての記述が目に留まった。
風土病の名前は、象皮病という。
蚊が媒介するフィラリア原虫に感染することによって起こる病気で、こいつが末節のリンパに巣食ったところに、免疫細胞が集まって炎症が起こる。
落ち着く、炎症、落ち着く、また炎症ということを繰り返すうちに、リンパ浮腫がおこり、非可逆的に組織が厚肥してしまい、終いにはまるで象の皮膚のようになってしまうという病気だ。
今の日本ではヒトでは根絶していて、犬のほうで有名だけど、昔は日本にもあった病気で、古くは北斎の絵にも患者が描かれており、近いところでは、西郷隆盛もこの病気に罹っていたそうで、自決した彼の死体を検分するときに、このことが本人確認の一因となったとか。

この病気の初期症状に、発疹が出るとある。
僕には感染したような発熱もないし、リンパの腫れも無い。自己診断でアセモだろうとタカを括っていたのだが、万一こっちが原因だったら?
これはイカン、何事も早いに越したことは無い。ということで、大きな病院で検査をしてもらうことになったのであります。

つづく。

スリランカ ダイジェスト

スリランカはUAEへの中継地点としての滞在でしたが、思いがけずイランのVISAが申請が受理されたことで、待ち時間にキャンディやシーギリヤを訪問しました。

内戦が終結したばかりだったスリランカのコロンボでは、町のあちこちにライフルを持った警官がいたものの、いたって安全でした。

内戦の原因は、英領セイロンの時代に、茶のプランテーションの労働力として南インドより連れてこられたタミル人と土着のシンハラ人の民族紛争。
英領時代は、既に英統治下にあったインドのタミル人が重用され要職に就いていました。この時代シンハラ人は不遇の時代を過ごしたのです。
が、独立後は多数派のシンハラ人が議席を獲得し、少数だったタミル人の権利を無視するような政策を打ち出しはじめ、それに対してタミル人が武力闘争を始めたところから内戦に発展しました。内戦は2009年になって島北部に追い詰められたLTTEの敗北で終結するのですが・・・。

イギリスよ、またお前か・・・。
世界中の植民地にモノカルチャー経済を敷き、現代まで続く紛争の火種をばら撒いた海賊国家。
そういう時代だったといえばそれまでだし、スリランカに関して言えば、茶のプランテーションが今でも主要な外貨の獲得手段なので、イギリスのお陰と言えばお陰ではあるのですが・・・。
それも歴史か。

旅をしながら使うことになる各国のお金ですが、紙幣のデザインをよくみると、その国の歴史や特徴が見えておもしろいです。
訪問したすぐ後に大統領選挙があり、内戦時にタミル人に対して強硬姿勢を貫いた大統領が再選されたのですが、スリランカの1000LKRのデザインは、内戦の終結を祝ったものだそうですが、自らの姿を紙幣に印刷してPRしているように思えるのは私だけでしょうか。
大統領は復興支援金を取り付けるなど精力的に動いているようですが、しかし血縁者を主要ポストに据えるなど、果たして今後このまますんなり行くのか、まだまだひと悶着ありそうなスリランカではあります。

お札の表裏
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英植民地だったこともあり、英語の通用度は高く、道を尋ねるのに困ることはありません。
人はとても親切です。
また、お金についてもぼってくることはありませんでした。
街のトゥクトゥクドライバーの呼び込みもしつこくなく、必要ないと言えばあっさり引き下がります。
(但しどこでも同じですが、観光客を相手にしているトゥクトゥクはオーバーチャージのうえにしつこい。)

ビーチリゾートやアニマルウォッチング、紅茶の産地を訪ねたりなどスリランカの見所は多そうです。
しかし暑季だったせいもありますが、とにかく暑い・・・。
そのあまりの蒸し暑さに外出する気が失せるほどでした。


●コロンボ
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経済活動の中心地。今回の訪問で初めて知ったのですが、首都ではありません。
特別に何もありませんが生活感と活気に溢れ、果物や野菜の屋台も見られます。
インドで良く見るトゥクトゥクが、メロディを流しながらパン売りにきたりとノンビリした雰囲気もあります。
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●キャンディ
茶の産地で有名な古都。中央には湖(人造湖だそうですが)があり、その周りを山が囲んでおり、落ち着いた雰囲気の街です。
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街全体が世界遺産に指定されていて、あちらこちらにコロニアル時代の建築物がありますが、個人的な見解としては別に大した建物も無く、それほど風光明媚というわけでもなく、といった所でした。
ここには、ブッダの歯が祭られている寺があり、仏教徒にとっては巡礼地となっています。

木に吊り下げられた金魚
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仏歯寺
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●シーギリヤ
頂上まで階段を登るのが大変ですが、面白い場所でした。
2000LKRのデザインにも採用されています。
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父親を殺害して王位を継承した王様が、反乱を恐れた為に、攻められにくい巨石の上に城を構えました。
城は遺構が残るのみですが、途中の道に壁画が美しい状態で残っています。
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岩は絶壁なので、周囲に取り付けた鉄の階段を使って登る場所があるのですが、結構甘い足場の所もあり、したくなくてもスリリングな体験が出来ます。

螺旋階段
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頂上への階段には蜂が巣くっており、過去には防護スーツを着て登ったと言う話も聞きました。それでも刺されて病院送りになった人が何人もいたそうですが、さすがに駆除したのか、私たちが訪ねたときにはありませんでした。

Zの字のような階段を登ります。
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頂上部への階段
ハニコは高所恐怖症なので、途中でリタイヤ。
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階段からの眺め
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やっと着いた遺構の残る頂上部
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鉄製の階段が無い時代は、岩に掘りつけた段を踏み場に移動していたのだろうか。
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でも入場料がインドより高いのがタマに傷。
2895LKR!!
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シーギリアまでは、ダンブッラからのバスで片道25LKRです。
バスは近くの村に到着します。
遺跡まではそこから歩いて15分ほどです。

ダンブッラからシーギリアの往復待ち時間込みのTUKTUK料金は、言い値2000LKRでしたが、交渉後、片道600LKRまで下がりました。
暑かったのと、バスの待ち時間がもったいなかったので、行きはTUKTUK、帰りはバスを使いました。




食べ物は、残念ながらバリエーション不足の印象を受けました。
カレーがメインなのですが、インドのカレーと比べると香辛料の使い方がイマイチで、野菜本来の味が乏しく、どこでどれを食べても大差ない味付けでした。また塩味が効き過ぎの店が多かった様に思います。


カレー。数種類の野菜カレーをトッピングし、混ぜ混ぜして食べる。
ココナツ風味のマイルドな味付けが多いです。
レストランにビールは置いていませんでしたので、ジンジャービアで喉を潤しました。
ビールは街の酒屋では購入でき、140LKRでした。空きビンを酒屋に持って行くと30LKR返してもらえます。
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ホッパー。小さな中華鍋で焼きあげます。モチっとした食感です。
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パンとサモサの盛り合わせ
食べきれないくらい山盛りの皿は、取った分だけ勘定してくれる仕組みになっています。
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ヌードル
カレー味の細いパスタ。
アルデンテとは程遠い仕上がりだが、これはこれでこういう料理だと思えばわりと美味しい。
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マカロニ
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チャーハン
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キャンディのフルーツ盛り合わせにアイスをかけたもの。ローカルは昼食代わりに食べていました。
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ケーキ。全然甘くなくしょっぱい。最初口にしたときは、何を食べたのか良く分らない不思議な気持ちでした。
そういえばタイで買ったケーキもそうだったけど何故なんだ!
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スパイスは日本と比べると大変安く豊富に、街のあちこちにある食品店やスーパーで売られていました。
また紅茶は、島内で生産される茶葉が産地ごとに購入でき、グレードも選べるので、好きな人には面白いのではないでしょうか。

またスリランカは服飾の製造工場になっているようで、様々なブランドのアウトレット製品を扱うエコノミックセンターという名前のショッピングセンターがありました。
夜のみの営業のようで、服だけでなく、水産、野菜、穀物なんでも揃うマーケットで、軽食を取れるコーナーもありました。


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野菜や果物
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魚も。マグロだ!
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干物。築地市場と同じ匂いが・・・。
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フレッシュジュースを飲める店もあり、
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軽食も食べられます。良く分らないキャラ。ドナルドとケンタッキーの合いの子か?
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コルピティヤにはMajestic Cityというデパートもあります。ここやいくつかの店で商品を見ているとで、なんたってこれはタイ製なんだぜっ、とプッシュしてきました。スリランカではタイ製=信用できるなんだろうか。

スリランカの交通と宿

スリランカはUAEへの中継地点としての滞在でしたが、思いがけずイランのVISAが申請出来たことで、待ち時間の間キャンディやシーギリヤを訪問しました。

訪問時期:2010年3月~4月
当時為替:LKR/JPY=0.83


~~~移動~~~

バスは安く、5分と待たずに次々走ってくるので利用価値が高いです。
行き先はバスの前後のプレートに表示されているが、バスが停車している間、行き先を連呼している車掌に聞くのが確実です。
乗り場は、バス停のマークがなく判りにくい場合もありますが、周辺にはバス待ち風の人々が沢山いるのでなんとなくわかる(ようになる)。
また、バス停でなくても、手をかざして乗る意思を示せば、交通の状況が許せば止まってくれます。
バスの扉は開きっぱなしなので、ローカルは徐行中でも車内に駆け入ってくる。
料金は回収に来る車掌に行き先を告げて支払います。車掌達は正直で、運賃より多い金額を渡したとしても、お釣りがかえってきます。
たまにレシートの発券機を左手に装備した車掌もちらほらいたけれど、たいてい車掌が暗算してお釣りをくれます。
大きい荷物は別料金を取られるが、5程度。
車掌は親切で、車内が混雑して料金回収に忙しくなければ、降車する場所を知らせてくれる人が多かった。
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●GalleRd.
#100、101がGalleRdにそってFort駅まで。#101はKolpitiyaで右折して湖の東側を経由して駅に向かう。
初乗り5LKR位。Dehiwala~Fortで15LKR。所要時間45分。


●Airport
#187が、FortからAirport近くのバスターミナルを結んでいる。
AC付は70LKR。無しは40LKR。所要時間90分。
バスターミナルからは、無料のシャトルバスが頻発している。
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●イラン大使館
#155、154、138が周辺を通る。
Dehiwalaからは#155でNational Museumを過ぎ、ArbertCr.とIndepedence Rd.の交差するバス停で下車。
Fortからは#138が目の前まで連れて行ってくれる。


●Economic Center
Wellawataから#144で終点Narahenpitaで下車。10LKR。
ナラヘンピタからはElvitigala Rdを北上し、Kirimandala Rdで右折。
通りの北側にあるオアシス病院などを過ぎて、写真の看板辺り。
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●キャンディ~ダンブッラ
#02。AC付。265LKR。
バスターミナルからKandy行きが出ている。
ターミナルは鉄道駅から街と反対側に少し進んだところ。


●コロンボ~キャンディ
(鉄道1st、360LKR)
1stは24席しかない。
2nd以下は座席指定がないので、現地人は早く並んでいた。
切符は鉄道駅の予約窓口で購入できる。
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~~~お宿~~~
▼コロンボ
Hornbill Home Hostel
(1795LKR/W)
Free WIFI、シャワー、トイレ、AC、ファン、TV、コーヒー&紅茶無料。
デヒワラ交差点から海に向かって徒歩6分程度。
付近には小規模な市場や商店があり、デヒワラ交差点を南に下れば大きなスーパーもあるので買い物にも困らない。
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Tropic inn
(2970LKR/W、朝食付)
トイレ、シャワー、AC、ファン、TV。
ホーンビルが1泊取れなかったので近場のホテルを探して宿泊。
ビーチが近く白人の旅行客が多かった。
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▼キャンデイ
Mrs. Uduyama邸
(1500LAK/W、朝食付)
シャワー、トイレ、ファン、蚊帳。
自宅を旅行客に開放しているタイプの宿
湖の東の端のほうに位置し、周辺には食べる所も売店も無く不便。
頼めば婦人が夕食を作ってくれる。
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▼ダンブッラ
Sun Ray Inn
(1650LAK/W)
シャワー、トイレ、ファン、蚊帳。
シーギリヤ観光の拠点になる町。
岩窟寺院からは近いが、街の中心部からは離れているので、バスターミナルや買い物などには歩くと遠い。
夜は停電し、ファンも回らず、ろうそくの明かりの中でシャワーを浴びた。
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Author:ダリオ&ハニコ
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