Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ホイリゲ

ウィーンを発ち、イタリアのボローニャに向かった日のお話。

バスは21時出発、時間はたっぷりあるので、ホテルに荷物を預けてホイリゲに行ってみることにしました。

ホイリゲ heurigeとは葡萄栽培農家が、自家製ワインと簡単な食事を提供する『ワイン酒屋』のこと。

元々は、『今年の』という意味のドイツ語の形容詞『ホイヤー』が変化して、『ホイリゲ』と呼ばれるようになったそうです。

ホイリゲでは、その名の通り当年産の新酒を味わうことができるのです。
ウィーンの郊外にはホイリゲのある村がいくつか点在します。
私たちが訪れたのはノイシュテフト・アム・ヴァルデ Neustift am Walde
ウィーンから35Aのバスに乗り終点で降り、少し引き返すように歩いて行くと、数件のホイリゲがポツポツと並んでいます。

ホイリゲの目印は、軒先に下がるこんな木の枝。
日本の新酒の搾りを知らせる杉玉みたいですね。
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一軒目は、バスを降りてすぐ目の前のホリイゲ。門をくぐって、、、
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庭を通り過ぎて、、、、ワクワク。
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お店に入ると、スーツ姿の地元の男性たちが、お昼からグビグビとワインを立ち飲みしていました!
昼休みに、ちょっとはめを外しに一杯やりにくるのでしょうか、皆よく飲みよくしゃべります。
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ワインとストゥルム、料理も注文しました。お肉と野菜のゼラチンよせ、鶏肉のソテー。
ホイリゲの食事メニューは、客の注文を受けてから調理を開始するのではなく、作り置きの料理や惣菜を提供するのがルールだそうです。レストランとの棲み分けの為でしょうか?
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庭には葡萄がたわわに実っています。秋だねぇ。
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さぁ、二件目のホイリゲにGO-GO-!!!
と思ったらば、なんだか綺麗な小道を見つけました。
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ズンズン登って行くと。。。
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一面の葡萄畑!!!
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後ろを振り返ると街が一望。葡萄の葉が紅葉して綺麗だなぁ。
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葡萄の実って、ズッシリと重いのに、幹はとても細いんだね。ポッキリ折れてしまいそう。
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拡大。
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今日は霧雨が降っていて、葡萄畑に靄がかかっていました。
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美しい景色なのだけれども、寒いのなんの!!!そそくさと下界に退散し、二軒目のホイリゲに入店。
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内装は薄暗くてムーディーな雰囲気。暖房がきいててヌクヌク、快適です。
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このお店も庭がとても綺麗に手入れされており、庭のむこうには広大な葡萄畑が広がります。
夏の夜にこんな場所でワインを飲んだら、気持ちいいのでしょうね。
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すっかり冷えきった体を温めるため、ここではホットワインやスープを注文。
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1時間ほどくつろいでから、三軒目のホイリゲへ。
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ここは、地元のお客さんで混雑しており、店員さんも一言も英語が話せませんでした。
お勘定も、フード分はフードカウンターで、ワイン分はテーブル勘定というホイリゲ独特のお作法。
値段も最安値でしたし、今日の中ではこの店が最も好みでした。
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ホイリゲを堪能していたら、いい時間に。
荷物をピックアップし、Eldbergのバスターミナルへ向かいました。
今日の夜行バスのチケットは、Euroline Italyのサイトでネット購入したチェコ・プラハ発→イタリア・ローマ行の便。
私たちはボローニャで途中下車する予定です。
バスは、バスターミナルにやって来るのではなく、バスターミナル前の道端でピックアップしてもらいます。
イタリアのバス会社だから、もしかして何時間も遅れてくるかも、、、またはピックアップするのを忘れてそのまま通り過ぎるかも、、、なんて不安を抱えながら寒空の下、道端でボツーンとバスを待つ私たち。
が、意外にもバスは5分遅れで到着!!!こんな上出来有り得ないーーーと思ったら、今日のバスはチェコのバス会社運行でした。さすがチェコ。
無事バスに乗り込んだ私たちは、爆睡したままイタリアに入国したのでした。
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では、お休みなさい♪ 次は2人とも大好きな国、イタリアです。
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セセッション館、ウィーン美術館、アルベルティーナ美術館

ウィーンには美術館が多く、見て周るのはなかなか大変です。この日は美術館を3つハシゴしました。

一つ目は、セセッション館(Secessionsgebäude、または分離派会館ともいう)。

世紀末のウィーンで展示会場を持っていたのはクンストラーハウス(kunstlerhaus)という芸術家団体でした。

ですが、若い芸術家は次第にその保守性に不満を持つようになり、1897年にクリムトを中心に新しい造形表現を主張する芸術家のグループ・ウィーン分離派(セセッション)を結成しました。

そのウィーン分離派の展示施設として、建築家ヨゼフ・マリア・オルブリッヒの設計により、1897年から1898年にかけて建設されたのが『セセッション館』で、別名『金のキャベツ』とも呼ばれます。


セセッション館。
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セセッション館には、建物内部の壁画『『ベートーヴェン・フリーズ』が展示されています。
ベートーヴェンを称え称賛するために企画され開催された第14回分離派会のために、クリムトが交響曲第9番からイメージして描いた大壁画です。
下の絵は、高さ2.5メートル、長さ34メートルの大壁画を部分的に抜粋したものです。
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そして、今日2番目に訪れたのはウィーン美術館WIEN MUSEUM KARLSPLATZ

こちらは日曜日のため入場料が無料でした。
こんな実用性のなさそうな冑が展示してあったり。
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でもクリムトの素敵な絵もあったり。『Emilie Flögeの肖像』
他にも何点かのクリムト作品、それにエゴン・シーレの作品もあり、なかなか見ごたえのある美術館でした。
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そして本日3つ目は、アルベルティーナ美術館(Albertina)
ハプスブルグ家の旧邸宅であった宮殿を美術館として公開しています。
このように、住居や広間にクラシカルな調度品が置かれ、当時のままに再現されています。
コレクションはデューラー、ミケランジェロ、シーレなどの作品を収蔵しており、たまたま大規模なピカソ展も開催されていました。
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これはコレクションの1つ、デューラーDurer『Wing of a roller』
デューラーの絵はとても繊細でウットリします。
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今日はボリュームの小さい美術館ばかりだったので、時間的にも体力的にも楽でした。

毎日美しい芸術品を見れるとは、贅沢の極みだなぁ。

リヒテンシュタイン美術館

2010年10月に、リヒテンシュタイン美術館 Palais Liechtensteinに行ったときのお話です。

ここはリヒテンシュタイン公国のウィーンの離宮を大規模改修して、2004年に開館した美術館で、世界でも最も貴重な個人コレクションである『リヒテンシュタインの侯爵ハンス=アダム2世のコレクション』を収蔵しています。

美術館の名作をご案内。入場料は9ユーロ/名(ウィーンカード割引後)でした。


ルーベンスの力作「デキウス・ムス連作画」。これはデキウスの死の場面。
大きな広間いっぱいに、このシリーズの連作が飾られていて大迫力です。
The Death of Decius Mus


「クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像」。ルーベンスが娘さんを描いた絵です。
Portrait of Clara Serena Rubens


これは世界で最も価値のある大型箪笥といわれる『バドミントンキャビネット』
1700年代に英国の公爵の注文により、フィレンツェの工房で30人以上の職人が6年以上かけて製作したものです。
2004年のクリスティーズで、リヒテンシュタイン美術館が38億円で落札しました。
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さて、今日の芸術鑑賞はこれにて終了。こじんまりとした美術館なので、そう時間もかからず見て回れました。
ポーランドの冷えにやられたのか、ダリオは風邪気味で体調が優れません。
Strumを一本購入して、宿に帰りゆっくり休憩です。
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では!

ザッハトルテ&美術史美術館

ベタなウィーンを楽しもうとやって来たのは『ホテル・ザッハーHotel Sacher』。

そう、ここはチョコレートケーキの王様といわれる『ザッハトルテ』の生まれた由緒正しき場所であるのです。

ザッハ・トルテは1832年に、オーストリア宰相クレメンス・メッテルニヒに仕える料理人の一人だったフランツ・ザッハーが考案したのが始まり。飽食した貴族たちのために新しいデザートを作れというメッテルニヒの要望に応えたものであったそうです。

ザッハトルテは好評で、翌日にはウィーン中の話題になったといいいます。当時まだ16歳で下級の料理人にすぎなかったザッハーは、ザッハトルテの成功から頭角を現し、ザッハトルテはフランツのスペシャリテ(特製料理)として好評を博しつづけたのです。

後に次男のエドゥアルトがホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそのレストランとカフェで提供されました。

レシピは門外不出とされたが、3代目のエドマンド・ザッハーのときにホテル・ザッハーが財政難に陥いると、ウィーンの王室ご用達のケーキ店「デメル」が資金援助を申し出、ザッハーの息子とデメルの娘が婚姻関係を結びます。このときに門外不出のレシピが流出したといわれています。

良好な関係を維持してきた両家ですが、後年ザッハー側がデメル側に対し『ザッハトルテ』の商標使用の停止を訴え裁判をおこします。

『本家のザッハトルテ』はいったいどちらものなのかと争った『7年戦争』のすえ、ザッハー・ホテルのものは『オリジナルのザッハトルテ』、デメルのものは『デメルのザッハトルテ』と呼ぶことで決着しました。
ホテル・ザッハーのカフェにて。
左:由緒ただしきザッハトルテ。
右:アップルストゥルーデル。
どちらもボリュームたっぷり、かなりの腹持ちの良さです。
デメルは日本にショップがありますが、ザッハーはありません。日本あてにザッハトルテをホールで冷蔵空輸してもらえるのですが、輸送費だけで1万円ほどかかるそうです。
肝心のお味ですが、歯が溶けそうなくらいの甘さのクラシックなレシピで、一度味わえば十分な気がしました。
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本場のウィンナーコーヒーも飲んでみよう。うーん、写真だけでお腹がふくれそうです。
雰囲気ですな、雰囲気。
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短期の観光客のように、ザッハトルテを堪能した後は、美術史美術館 Kunsthistorisches Museumにやってきました。
オーストリア、ドイツ、スペイン、イタリア、ベルギー、オランダの各地ハプスブルク家の領土を中心に生み出された400年間に亘る美術コレクションを中心とする素晴らしい美術館で、なかでもピーテル・ブリューゲルの作品数は世界最大を誇ります。
入場料は11ユーロ/名(ウィーンカード割引後)。
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内装もゴージャス、コテコテです。
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吹き抜けホールの装飾がとても素晴らしい。ため息がこぼれます。
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例えばこの部分はクリムトが描いた箇所。
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美術館の窓からはマリア・テレジア広場が一望。
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なにやら教会のような建物も見えます。
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広場の真ん中には巨大な銅像が。
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もちろんこのお方『マリア・テレジア』
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今回も美術館の素晴らしいコレクションのうち、ほんの一部をご紹介。


ダリオが大好きなピーテル・ブリューゲル Pieter Bruegel de Oude『雪中の狩人』
雪中の狩人


同じくピーテル・ブリューゲル Pieter Bruegel de Oude『農民の婚礼』
農家の婚礼


ピーテル・ブリューゲル Pieter Bruegel de Oude(1525/30年 - 1569年9月9日)の『バベルの塔』
旧約聖書創世記 第11章に記されている伝説の塔です。
バベル


スペインの宮廷画家ディエゴ・ベラスケス(1599年6月6日-1660年8月6日)によるマリガリータ・テレサ王女シリーズ。

マルガリータ・テレサMargarita Teresa de Espana(1651年8月12日 - 1673年3月12日)はスペイン王フェリペ4世の王女で、幼いときから神聖ローマ皇帝レオポルト1世との婚約が成立していました。

スペイン王家は定期的にマリガリータ王女の肖像画を作成し、婚約者レオポルドの元に届け、王女の様子を報告していたのです。

このような目的で描かれたのが、ベラスケスによるマルガリータ王女シリーズ。

王女は1666年、11歳年上のレオポルト1世と結婚します。

しかし血族結婚の繰り返しでレオポルト1世は父方の従兄、母方の叔父にあたり、2人の間に誕生した4人の子のうち3人が1歳に満たず死亡してしまいます。

そして1673年に次女マリア・アンナを出産後に体調を崩して21歳の若さで亡くなりました。



これが2歳の肖像画。
2歳


4歳の肖像画。
4歳


8歳の肖像画、どんどん成長していきますね。
8再


かわってラファエロ・サンティRaffaello Santi(1483年4月6日 - 1520年4月6日)の『ベルヴェデーレの聖母』
ベルヴェデーれの聖母 ラファエロ・サンティ


ティントレットTintoretto, 本名:Jacopo Robusti(1518年9月29日 - 1594年5月31日)の『スザンナの入浴』
旧約聖書ダニエル記へ補遺的に記される逸話で、裕福なユダヤ人ヨヤキムの妻スザンナの水浴を2人の長老達が覗き見をしている場面であり、当時とても人気のあった題材です。
裸婦画といえでもれっきとした聖書のお話なので、保守的な社会であった中世において、画家達が女性の裸体を描くいい口実となったそうです。
Jacopo Robusti, gen. Tintoretto Susanna im Bade


ヨハネス・フェルメール Johannes Vermeer(1632年10月31日 - 1675年12月15日)の『絵画芸術』
レンブラントと並び17世紀のオランダ美術を代表する画家とされます。
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イギリス王ヘンリー八世のお抱え絵師ハンス・ホルバインHans_Holbein(1465年頃-1524年)の『ジェーン・シーモア』
ジェーンは、アン・ブーリンの後にヘンリーの妻となった女性です。この肖像画を世界史の教科書で目にしたことがありませんか?
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夢中になって絵を見ているうちに、気が付くと美術館は閉館直前、すっかり外は暗くなっていました。
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トラムで宿まで帰ります。
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今日もたっぷり遊びました。

では。

レオポルド美術館

2010年9月にレオポルト美術館を訪問したときのお話です。

この美術館は、2001年にユダヤ人眼科医ルドルフとエリサベート・レオポルト夫妻の個人コレクションを基に設立された美術館で、オーストリア表現主義の巨匠エゴン・シーレの世界最大のコレクション、そしてグスタフ・クリムトのコレクションをも有しています。

ちょうどピカソ、セザンヌなどの作品を展示したエキシビジョンも開催されていて、見ごたえたっぷりの美術館でした。

それにしてもコレクターのルドルフ・レオポルド氏(1925年3月1日-2010年6月29日)、これだけの名画を収集するとはいったいどれだけの資産家だったのでしょうか。

レオポルド氏は、22歳のときに初めて美術館に行き、ルーベンスやベラスケス等の古典作品を観て感動し美術品を収集しようと決心したそうです。

しかし古典作品などはあまりに高額すぎて手が届かないため、世間的にまだ認められていない近代画家の作品収集から手がけました。

そして1950年、彼はエゴン・シーレの作品と出会いその価値を見出し、彼の作品を収集し始めたのです。

今でこそ世界中にその価値が知られているシーレの作品ですが、当時は見向きもされない忘れ去られた画家の作品だったそうです。

私は、ここウィーンを訪れて初めてシーレの絵に出会いましたが、淡い色彩と不思議な曲線の連続、ひとめで惹きこまれファンになりました。とても魅力的な作品です。

シーレ作品のほんの一部。『落日』
エゴン・シーレ(Egon Schiele, 1890年6月12日 - 1918年10月31日)は、クリムトと同時期に活躍した画家であり、早くからその才能を見出され16歳にして、名門造形美術アカデミーへの入学を許されました。
作品は特徴は『エロス』。
自慰にふける自画像、陰部をあからさまに露出した女性像などの非常に大胆な作品を描いています。
1918年、第49回ウィーン分離派展に出品した作品が高い評価を得、ようやく画家としての地位を確立しようとしていた矢先、当時ヨーロッパに流行していたインフルエンザで不幸にもこの世を去りました。

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『自画像』
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こちらはグスタフ・クリムト『死と生』
1911年に制作開始し、同年ローマ国際美術展で第一等を獲得するものの、その後大幅に加筆修正され、最終的な完成までに5年もの歳月がかけられたそうです。
クリムトの作風もとても官能的です。それゆえに、多くの非難や中傷を受けたのですが、それに屈せず自分の表現を追求し続けた芸術家。
クリムトは、若きエゴン・シーレの才能を見出した一人でした。
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これにて、本日の美術館めぐり終了。

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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
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