Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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食生活-Lviv

リヴィヴは外食をしても美味しく、また食材が新鮮で安いため料理も楽しく、かなり充実した食生活を送りました。

前回のお店。夕飯は、水餃子のようなものを食べてみました。
前の訪問時に高かったのは、肉をたくさんチョイスしたせいで、野菜類は安いようです。
これだけ食べて、ビールも飲んでお会計は合計64.5UAH。
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上の写真のお店からそんなに離れていない場所に小さな食堂があり、薄味好みの私たちには、こっちのお店のほうが自分達の好みでした。
やはりお惣菜がガラスケースに並んでいて、好きなものを指で指して注文できます。
お腹一杯食べて、ビールも飲んで46.5UAH。
特にスープがとても美味しいんですよ。写真のピンク色のスープはちょっとぎょっとするような色ですが、ビートのスープで自然の色です。
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右の白身魚のソテーは香ばしく焼かれていてとても美味。
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付け合せのマッシュポテトも美味で、ハニコはいつもこれを注文していました。
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街を歩いているとホットビールの屋台を見かけます。私たちもトライしてみました。
体がホカホカ温まる~。お値段は8UAH/杯。
暖かい黒ビールに、ライムジュースとシロップが混ざっていて、飲むときに淵の砂糖が口の中でトロリと溶けます。何とも美味しい。
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ウクライナはお寿司も美味しい。
こちらでは寿司はオシャレな食べ物のようです。
いくつかお店がありますが、やって来たのはYapiというお店。
お揃いのユニフォームを着たウェイトレスがテキパキと動き、カウンターでは数人のウクライナ人がお寿司を握ります。
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なんとランチョンマット、おしぼり、箸置、割り箸のセッティングまで!
割り箸に関しては2種類セットされました。
1つは普通の割り箸、もう1つはこんなトングのように細工されたもの。
お箸を上手に使いこなせるウクライナ人はそんなに多くないのでしょう、なるほど、周りを見てみると、ウクライナ人はこのお箸をグーの形に握りこんで寿司をはさみ口元に運んでいます。
気の利いた工夫に感心。
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メニュー。揚げ出し豆腐や焼き餃子までありましたよ。
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お通しはお味噌汁。当たり前ですがちゃんとお味噌汁の味がします!豆腐はちょっと固めで、高知や沖縄の固い豆腐に似ていました。
巻き物を2種類、握りを8貫、ビールを飲んで合計1800円ほど。
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肝心のお味は、日本のデパ地下レベルでしょうか。
けれども海外で、このコストでこれだけのものを食べれたら大満足です。
特徴的なのは、シャリが固めに握られていることです。
きっと日本のようにフンワリと握ると、お箸使いに慣れないウクライナ人では、食べる途中にせっかくのお寿司が崩れてしまうのかもしれません。そんなことにならないよう、わざとギチギチと握っているのかなと思いました。
ともあれ久々の寿司飯と生魚に大満足。Lviv出発前にももう一度足を運んだのでした。
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これはその2回目の訪問。
舟盛りを注文、ボリュームたっぷり、お値段は1800円程。
これから向かう西ヨーロッパの各国では、お寿司はもっと高くなっているし、このお値段では食べられない・・・。
そんなわけで貯め食いです(笑)。
今日のは、一昨日と違いフンワリを美味しく握ってありました。
そしてお魚は前回同様新鮮で美味しい・・・
素晴らしきウクライナのお寿司、いいぞー!!
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舟盛りをたいらげ、次は鯖の巻きを注文。
ですが、待てども待てども出てきません。
催促してみると、お寿司屋としては有り得ないことに、シャリがきれてしまったので新たに炊いているのだそうな。
流行っているんだねー。けっこうけっこう。
そうこうしているうちにバスの出発時間がせまったので、注文をキャンセルして会計を頼んだところ、ちょうどシャリが出来上がり、折にしてくれました。
ルーマニアのバスターミナルで鯖寿司を食べるとは思いもしませんでした。
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ウクライナ人の平均月収は500米ドル、このお寿司屋でお腹一杯になるまで食事をすると、1人15ドル位はかかってしまいます。

そう考えると、このお寿司屋さんで食事をしているようなウクライナ人は景気の良いウクライナ人なのかな。
確かにお客さんのファッションやヘアスタイルがお洒落でした。


さて、宿にはキッチンがあるので市場にもずいぶん通いました。

リヴィブはこじんまりとした街ですが、市場が3箇所あります。
1つは初代王の騎馬像のある広場のすぐ近く、2つ目はオペラ座の道路を挟んだ北西辺り、もう1つは長距離バスターミナルの方面に向かって少し歩いたところにあります。
利用しやすいのは最初の2つでしょうか。


目指す市場はオペラハウスの近く。
大きな市場で、服飾、雑貨、食材と何でも揃っています。
写真ではなんだか寂しげに見えますが、実際はとても活気があって賑やかです。
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農家の方達が、採れたての自家製野菜や乳製品を売っていたり、山で採ってきたキノコを並べていたり。
これは楽しいぞ!!
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左は水餃子のようなもので、ウクライナの民族料理『ヴァレーニキ』といいます。
具は肉だったり野菜だったり。私たちは15.7UAH/㌔の肉入りヴァレーニキを購入しました。
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バラ肉のベーコンが特に美味しく、何度もリピートしてしまいました。
スモーク具合が丁度よく、ワインにも合って手が止まらなくなります。
右はスパイス屋さん。懐かしいカレーのような薫りにひかれ、思わずゲット。
いろんなスパイスをその場でミックスしてくれて、カレースプーン大盛り3杯くらいで3UAHでした。
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そして今日一番の目的はこれ、キノコ!!!今がシーズン真っ盛り!
市場のそこいらじゅうに新鮮なキノコの山、どれも採れたてで傘がキュっと閉じ、切り口も綺麗。
今日はマッシュルームと、品種不明のキノコを購入しました。お値段は洗面器一杯で10UAHほどです。
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早速ベーコンを大きめに切り、量り売りで買ったバターでキノコを炒めてみました。
ちなみにこのベーコンは拳2つほどの大きさで19UAH、バターは100㌘で4.85UAHでした。
どれも添加物のない自然なもの、なのにお手ごろ価格です。ホクホク。
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仕上げに農家のオバサンから買ったハーブをたっぷり散らします。
そして出来上がったキノコソテーの味の濃さと触感にノックアウト。ホッペが落ちる~
キノコはたっぷり余っているので、次はきのこパスタ。食材がいいのでシンプルな調理でも美味しいです。

余談ですが、ウクライナの笑い話でこんなのがあります。
ウクライナ人はキノコが好きで、秋のキノコ狩りは主要なレジャーの1つです。
しかし、チェルノブイリの事故が起こった後、放射能を含んでいるかもしれないので、産地不明の食品には注意すべしという話が広まったそうです。
キノコは早く売らないと風味が落ちてしまいますが、放射能はキノコにも残留するらしく、敬遠されることが多くなったそうです。
事故自体はとても悲しいものでした。
しかし、元気な市場のオバチャンたち、それを逆手にとってこんな売り文句でキノコを売ったそうです。
『奥さん、キノコどう?今朝とってきたばかりで美味しいわよ!なんとチェルノブイリ産!!おたくのお姑さんに今晩いかが?』
「あら、じゃぁ1kgもらおうかしら・・・。」なんて。

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農家のおばさんから買ったラディッシュもみずみずしくてシャキシャキ。
トマトを丸ごとピクルスにしたものもありました。
食欲の秋だな~太るな~
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ウクライナの民族料理『ヴァレーニキ』を茹でてみました。
肉汁がジワ~っと口の中に広がり、まるでショウロンポウのような味。感動の美味しさでした。
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美味しいベーコンをたっぷり使ったパスタ。
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これは番外編。
食べものではありませんが、ウクライナでの一番の収穫、電気湯沸かし器。
シリアで一号を購入し重宝していたのですが、ヨーロッパに入ってから壊れてしまったのです。
これがあればいつでもお茶やコーヒーが飲めて便利このうえないのです。
しかもお値段は驚きの15UAH、そして前回の中国製とは違い、作りがしっかりしています。さすが旧ソビエト。
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リヴィヴの街並み

ウクライナの他の街については分からないのですが、リヴィヴは素晴らしい街並みでした。

旧市街が世界遺産だそうですが、私たちが行ったときにはあまり観光客は見かけませんでした。

石畳が素敵な美しい街並み。
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中央広場のタラス・シェフチェンコ記念碑。
シェフチェンコは、ウクライナの詩人・画家で、近代ウクライナ語文学の始祖といわれる人です。
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こうしてのんびり寛いでいる人達がたくさんいます。
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オペラ座の前に来てみたら、、、なんだか新郎新婦だらけ!
彼らはオペラ座の前で撮影をした後、そのまま街歩きに繰り出していったのでオペラ座だけでなく、街中新郎新婦だらけになっていました。
さすがウクライナ、どの新婦もモデルのように綺麗ですが、なぜかドレスは安っぽいポリエステル仕立て・・・。
そういうのが流行りなのかな。
そして新婦は美人が多いのに、新郎は姿勢が悪かったりしてどうもイマイチ冴えない・・・何故なんだ?
しかし!若い2人にはドレスなんて関係ナシ、とても幸せそうです!
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これはウェディング仕様に飾り立てた車。
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これはハンガリー商人ボウイム家の廟 Boyim's Chapel。
17世紀の建造物で、ウクライナの伝統的な建造物のうち最高のものといわれているそうです。
建物よりも、ここをバックに本気ポーズで写真を撮っているのお姉さんのほうが面白い。
写真のポーズといえば、日本人はピースですよね(最近はあまりやらないのかな?)。西洋人はモデルっぽいポージングをしていることが多いです。
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後方から見たボウイム家の廟。
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ここはシティホールのあるRynok広場。
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右奥に見える黒い建物は、名前のそのまま『Black Stone House』
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接近。16-17世紀の建物で、グレーの砂岩が使われているそうです。
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なんだかこの看板、妙だよね。
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ここは手作りの品々が売られているクラフトマーケット。
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ウクライナ人はオシャレに敏感なようで、みんなとても綺麗な服装をしています(日本人よりも綺麗かも)
特に、靴はとても大事なポイントのようで、誰もがピカピカに磨かれた靴を履いていて、ジーパン腰履きの崩れた着こなしの男子でも汚れた履物はまず見ませんでした。
身に着けている服飾品のひとつひとつは、ブランド品ではなく、垢抜けなくて安っぽいもの。
でも金髪碧眼の小顔とスラリとスレンダーなプロポーション、これだけで全てがバランスよく格好良く見えるのです。ちなみに若い女性達は皆スラリとしているのですが、中年以上の女性達は皆ふくよか・・・何処の国に行ってもこれは共通だなぁ。
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街を歩いていると、子供もたくさんいます。出生率はどれくらいなのだろう。
リヴィヴでは小柄な老女が物乞いをしているのを多く見かけました。
旅先では、物乞いを見ない場所のほうが少ないのですが、身体が不自由なフリをして物乞いを商売のようにしている人から、見た感じは十分働けそうな程健康に見える若者(でも目は死んでいる)、プリプリに太った女性、私たちより新しそうな靴を履いている(自分達がボロいせいもありますが)人、携帯を持っている人など、なんでアンタらにあげなきゃいかんの?という人から、事故か病気かで四肢の欠けた人、子供をつれた女性、少数民族など様々です。しかし、やせた老女の物乞いはこれまであまり見かけませんでした。
子供はいないのだろうか、どうしてこんな風になってしまったのだろうか、どんなストーリーがあるのだろうかと、気になりました。
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Gunpowder Tower
16世紀の建築で、城壁の一部だったそうです。
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綺麗な建物。役所関連の建物だと思うのですが。
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チョロQのような車。
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立派な教会だねぇ。
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ここは薬局博物館。薬局として現在も営業しています。
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東欧で最も美しい墓地のひとつといわれるリチャキフ墓地Cmentarz 遵Gyczakowskiにやってきました。
墓地なのに入場料がかかります、10UAH/名。
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趣向を凝らしたたくさんのお墓が、丘の斜面に並びます。
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こんな風に故人のポートレートがはめ込まれている墓石がたくさんありました。
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故人の顔をデカデカと彫った墓石も多い。
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なかなか雰囲気のある墓地でしょ?
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丘の斜面にギュウギュウに墓石が並びます。
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忘れ去られてしまったようなお墓もひっそりと。
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お花がたくさん飾ってあるのは、最近亡くなった方かな。
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丘のてっぺんには銅像が。誰だろう・・・ウクライナの偉人かな。
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こんな手の込んだ彫刻も。
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印象に残ったのはこのお墓。4人並んで埋葬されています。
兄弟でしょうか、でも名字が違うので、同じ部隊の戦友だったのでしょうか。
左側に並んだ四角いブロックは椅子のようにもみえます。
4人が語らえるようにとそこに置いたのでしょうか。
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郵便局に行ってみた-リヴィヴ

ウクライナの郵便局から荷物を送ってみることにしました。

Lvivにはたくさんの郵便局があるのですが、何処にいっても長い列ができています。

電子化されておらず、係員は超アナログな方法でゆっくりと作業を進めている様子、なかなか順番が回ってきません。。。

また、休憩なのか、別の作業をしているのか良くわからないのですが、営業時間中で、長蛇が出来ているのに窓口に人がいないこともあります。

おまけに郵便局は本屋や雑貨屋も兼ねており、それ目当てのお客さんもワンサカやってくるため益々混雑。。。

4,5件の郵便局を覗きましたが、どこも列が出来ていました。

皆じっと辛抱強く並んでいるのは、共産主義時代の配給で、行列することに鍛えられたからでしょうか?

何処もあまりに混雑しているので、ウクライナでは諦めて、テキパキと要領よく仕事をしそうなドイツの郵便局から送ろうか、と考えていたら空いている郵便局が見つかったので、荷物を送ることにしました。

さて、送る品々を窓口に出すと、担当女性がひとつひとつ袋をあけ、中身を確認し、購入額まで聞いてきます。

そして品名・金額を別紙にいちいち手書きで記載していきます。いろんな細々した物がたくさんあったので、ひとつひとつこの作業を繰り返していると猛烈に時間がかかります(笑)

相手は英語がダメ、こちらもロシア語は全然だめ。輪をかけて時間がかかります。

内容チェックが終わると、梱包し、何種類ものスタンプをカシャカシャと荷物に押しまくります。

そして作業開始から1時間10分、、、荷物配達作業が終了。長かった・・・疲れた・・・。

いや、郵便局員さんももっと疲れただろうけど。。。。

ふと見ると、後ろに列が出来ていました。皆さんお待たせしてすみませんでした。

でも、みんな文句も言わず、じっと辛抱強く待っていたなぁ。

郵送料は、1.75kgの荷物で185.75UAH。なんだその安さは。。。。ちゃんと届くのだろうか。不安になってきたぞ。

しかし、後日、ちゃんと紛失することもなく届いてました。

なかなかやるなぁ、ウクライナ。

宿のお引越し-Lviv

リヴィヴ滞在2日目、ホテルジョルジュはとても快適だったのですが、キッチンが使える宿へ引越しをしました。


Old Ukrainian Home Hostel このアパートの1階フロアにあります。
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WIFI、共同キッチン、共同バストイレ、朝食付で300UAH/ダブル。
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そしてここの宿には、こんなキュートな住人が!名前はブツ。
ブツはなかなかのお利口さんで、ドアのレバーを自分でひねって開け、勝手に私たちの部屋に遊びにやってきます。まだ子供なので、遊んであげると飽きることなくじゃれつきます。
たまにハムのかけらをあげていたら、味をしめたのか毎朝私たちが起きるのを部屋の前で待っているようになりました。(夜は鍵をかけているのでブツも自分で開けられない)
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ダリオがビニール紐と鳥の羽で作ったおもちゃに、ブツの目が輝きます。
ブツはこのおもちゃが相当気に入ったらしく、こっちが疲れるまで飛び跳ねて遊びます。
疲れたので紐をブツに渡すと、しばらく1人で遊んでいるのですが、どうもつまらないらしく(笑)、紐をくわえてきて、遊んでくれと催促してきます。犬みたいだな。
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遊び疲れた後は、私たちのベッドでスーピーと寝息を立てて寝てしまいます。
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リラックスしすぎ。
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なかなか快適でブツも可愛いこの宿でしたが、数日間滞在した後、元のホテルジョルジュに戻りました。
というのもホステルで風邪が流行り始めたみたいで、スタッフも宿泊客もゴホゴホと咳き込む人が日に日に増えていき、このままでは私たちも風邪をひきそうだったのと、ちょっと酒癖の悪いカナダ人ゲストがおり、夜な夜なうるさ過ぎること。こんな理由です。

リヴィヴLVIV到着

モルドヴァのキシナウから快適列車に乗ること18時間(多分走っていたのは10時間くらいかな・・)、旧ソビエト、ウクライナにやってきました。

私たちが『ウクライナ』から連想するのは、

・美人過ぎる首相ユリア・ティモシェンコ
・チェルノブイリ原発事故

これだけかな。事前の予習が足りていません。。。いったいどんな国だろうねぇ。


リヴィヴ到着1時間前に、女性車掌が『もうすぐ着くよ~』と起こしにきてくれました。
そして列車は早朝6:52、ウクライナのリヴィヴLviv駅に到着(ロシア語ではLvov)
列車はあちこちで車両の連結を繰り返し、古い車両に新型車両と様々なスタイルの車両が連なり、出発したときとはまったく違う姿になっていました。
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国名:ウクライナ(Ukraine)

一般事情

1.面積 60万3,700平方キロメートル(日本の約1.6倍)

2.人口 4,580万人(2008年 世銀)

3.首都 キエフ

4.民族
ウクライナ人(77.8%)、ロシア人(17.3%)、ベラルーシ人(0.6%)、モルドバ人、クリミア・タタール等(2001年国勢調査)

5.言語 ウクライナ語(国語)、その他ロシア語等

6.宗教 ウクライナ正教及びウクライナ・カトリック教。その他、イスラム教、ユダヤ教等。

7.略史

年月 略史
8世紀 キエフ・ルーシの成立
1240年 モンゴル軍キエフ攻略
1340年 ポーランドの東ガリツィア地方占領
1362年 リトアニアのキエフ占領
1648年 フメリニツキーの蜂起(ポーランドからの独立戦争)
1654年 ペレヤスラフ協定
1764年 ポルタヴァの戦い(ロシアからの独立戦争)
1853年 クリミア戦争
1914年 第一次世界大戦
1917年 ロシア革命、ウクライナ中央ラーダ政権成立
1922年 ソビエト社会主義共和国連邦成立
1932年 大飢饉
1939年 第二次世界大戦
1941年 独ソ戦開始、独によるウクライナ占領
1954年 クリミアをウクライナに編入
1986年 チェルノブイリ原発事故
1991年 ソ連邦崩壊、CIS創設、ウクライナ独立
1996年 憲法制定、通貨フリヴニャ導入
2004年 オレンジ革命

政治体制・内政

1.政体 共和制

2.元首 ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領(2010年2月~、任期5年)

3.議会 一院制のウクライナ最高会議(定数450名、任期5年)

4.与党 地域党(Party of Regions)を中心とする連立与党

5.政府
(1)首相 アザーロフ・ミコラ

(2)外相 グリシチェンコ・コスチャンティン

6.内政

 2004年末の大統領選挙をめぐる「オレンジ革命」を経て、ユーシチェンコ大統領が就任。言論の自由など民主化は進展するも、内政は混乱(度重なる首相の交代、議会解散と再選挙(2007年9月)など)。2010年3月にヤヌコーヴィチ大統領が就任。同3月、大統領支持派である地域党中心の連立与党が結成され、同月アザーロフ内閣成立。以降、大統領、首相及び議会連立与党の「ねじれ」が解消し、内政は安定。

外交・国防

1.外交方針
 ユーシチェンコ前政権下、ガス供給問題、ロシア黒海艦隊、NATO加盟、人文(歴史認識・言語・宗教)問題等でロシアとの関係が悪化。ヤヌコーヴィチ大統領の就任後は、「欧州への統合」路線を維持しつつも、活発な対ロシア首脳外交を展開。懸案となっていたロシア黒海艦隊の駐留期限延長や天然ガス供給価格で合意がみられるなど大きく進展。2010年7月、国内法で「非同盟」の地位を確定。NATOとは協力を維持しつつも、加盟は目指さない方針。

2.軍事力
 NIS諸国の中でも最大規模の軍事力を保有(兵力 約18.76万人、文民スタッフ 3.3万人、総兵力 22.1万人)。徴兵制を維持。
 なお、黒海艦隊の分割については、1997年5月末ロシアとの間で最終合意に至った。ロシア黒海艦隊の駐留期限は2017年までとなっていたが、2010年4月、天然ガス供給価格の割引と引替に、2042年までの延長につきパッケージ合意。

経済

1.主要産業(産業別構造比)

鉱工業(30.0%)、農林水産業(7.4%)、建設業(4.0%)、サービス業(58.6%)(2008年:CIS統計委員会)

2.国民総所得(GNI) 1,490億ドル(2008年:世銀)

3.一人当たりGNI 3,210ドル(2008年:世銀)

4.経済成長率 -15.1%(2009年:CIS統計委員会)

5.物価上昇率 13.0%(2009年:CIS統計委員会)

6.失業率 2.1%(2008年:ウクライナ国家統計委員会)

7.総貿易額(2009年:CIS統計委員会)

(1)輸出 397億ドル

(2)輸入 454億ドル

8.主要貿易品目

(1)輸出 非金属・製品、植物製品、機械・設備

(2)輸入 鉱物製品、機械・設備、化学品

9.主要貿易相手国

(1)輸出 ロシア(21%)、中国(3.6%)、カザフスタン(3.6%)

(2)輸入 ロシア(29%)、独(8.5%)、中国(6.0%)

10.通貨 フリヴニャ(UAH: hryvnya)

11.為替レート

1米ドル=7.9フリヴニャ(2010年7月現在:ウクライナ中央銀行)

12.経済概況

 独立後の市場経済化による混乱から、1990年代は生産の低下とハイパー・インフレーションを経験。IMF等国際金融機関と協調路線をとって経済改革に着手したが、1998年には国際金融市場低迷の煽りを受け、外貨準備高の減少などの問題に直面。2000年代に入り、経済成長率がプラスに転じ、好調な鉄鋼輸出や内需拡大により高い成長率を実現させたが、2008年夏以降、鉄鋼需要の頭打ちに加え、世界経済・金融危機の影響を受けて株価の下落や外資の流出が始まりウクライナの財政状況が悪化。2010年に就任したヤヌコーヴィチ大統領は、IMFから支援を受け、経済を立て直すことが課題。
 2008年5月、世界貿易機関(WTO)に加盟。

経済協力(2008年度までの累計)

1.日本の援助実績

(1)人道支援 医療機器、医薬品等計822万ドルを供与。

(2)技術支援 チェルノブイリ事故関連専門家派遣・招聘、経済専門家ミッション派遣、ウクライナ・日本センター(ODA分は8.67億円)

(3)無償資金協力 26.82億円(ノン・プロジェクト無償、小児病院医療機材整備計画等)

(4)有償資金協力 190.92億円(キエフ・ボリスポリ国際空港拡張計画)

(5)非核化支援 22億3,500万円

(6)原子力安全基金 約1,900万ドル+368万ユーロ

(7)チェルノブイリ石棺基金 約5,000万ドル

(8)金融支援 2億ドル(1.5億ドルの輸銀アンタイドローン及び0.5億ドルの輸出信用)

(9)緊急無償援助 10万ドル+2,592万円相当の援助物資

2.主要援助国 米、独、スウェーデン、加、スイス、オランダ

二国間関係

1.政治関係

(1)国家承認日 1991年12月28日

(2)外交関係開設日 1992年1月26日

(3)日本大使館開館 1993年1月

(在日ウクライナ大使館は1994年9月に開館)

2.経済関係

(1)日本の対ウクライナ貿易(2009年:貿易統計)

(イ)輪出 388百万ドル
(ロ)輸入 212百万ドル

(2)主要品目(2009年:ロシア東欧貿易会)

(イ)輸出 自動車、一般機械、電気機器
(ロ)輸入 食料品、鉄鋼、金属製品

(3)進出企業(2010年) 21社(日本商工会加盟社数)

(4)日本からの直接投資(2008年までの累計:ウクライナ国家統計委員会)

75.00百万米ドル

3.文化関係

 両国の文化交流は両国大使館の文化広報活動を通じて行われているほか、姉妹都市(京都市とキエフ市、横浜市とオデッサ市)の交流等草の根レベルの交流も行われている。

4.在留邦人数 202名(2009年10月現在)


5.在日当該国人数 1,561名(2008年12月末現在)


リヴィヴ駅は高い天井から大きな古いシャンデリアが下がり、レトロでとても素敵でした。
これは駅のトイレ。『女性トイレ』と書いてあります。
街中の表示が全てこのキリル文字で書かれているため、覚えておかないと困ります。
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重厚で立派なリヴィヴ駅、さすが旧ソビエト、などと感心してみる。
駅前からはトラムが出ており、1番でリヴィヴの中心地へと向かいます。
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1番のトラムがやって来た!!リヴィヴの地図は持っていないので、いったい何処で降りたらいいのか分からないけどとりあえず乗車。運賃は1フリブニャUAH/名、チケットはキオスクのような売店で購入します。
1UAH=約11円です。
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トラムでリヴィヴの中心地、いわゆる『歴史地区』に向かいます。
歴史地区はユネスコの世界遺産に登録されています。
周りの景色を見て、それっぽい雰囲気になってきたところで、勘で下車。
ここでリヴィヴについて、ちょっと学習。

リヴィヴは、西ウクライナ・ハルィチナーの中心都市で、人口は約83万人。ポーランドとの国境から70km。

温暖な大陸性の気候で、1月の平均気温は-4度、7月の平均気温は18度。年間の降水量は660mm。夏季にはしばしば水が不足するそうです。

歴史的には、5世紀ごろにこの地に人が暮らし始めたそうです。

大モラヴィア国(9世紀-10世紀)が滅んだ後は、ポーランド公国とキエフ・ルーシの角逐の場となります。

981年にキエフ・ルーシのウラジーミル大公によって征服されますが、1015年にはポーランドのボレスワフ1世がリヴィヴを征服しポーランドの版図に組み込まれてしまいました。

13世紀にはポーランド王国に服属するハールィチ・ヴォルィーニ大公国のダヌィーロ・ロマーノヴィチ公によって都市が建設され、その息子レヴに因んで名づけられました。その後、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国の都となりました。

ポーランド・リトアニア合同成立直後の1366年に、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国は、連合のうちのヤギェウォ朝ポーランド王国に正式に併合され、その歴史を終えてしまいます。

このようにポーランド王国の支配下で、リヴィウは黒海とバルト海を結ぶ交易路の中継地として大きく発展し、17世紀はじめの人口は約3万人でした。

17世紀を通じて、リヴィヴはウクライナ・コサックやスウェーデン、オスマン帝国などの相次ぐ襲撃を受け、1704年には大北方戦争でカール12世の率いたスウェーデン軍に占領され、町は破壊されてしまいました。

1772年の第1回ポーランド分割によって、リヴィヴはオーストリア帝国に帰属され、公用語はドイツ語とされ、ドイツ人やチェコ人が実権を握ります。

19世紀初めより、オーストリア帝国政府はドイツ化を強く推し進め、それに対して1848年には民衆蜂起が起こります。住民の請願は後に受け入れられ、1860年代には大きく自治が認められました。

その後、リヴィヴはポーランド文化の中心地としても、また、ウクライナ文化の中心地としても重要な都市となりました。

第一次世界大戦で、1914年にリヴィヴは一旦ロシア軍に占領されたが、翌1915年には再びオーストリア・ハンガリー帝国によって奪還されます。

1918年にオーストリア・ハンガリー帝国が消滅すると、1918年11月1日、西ウクライナ人民共和国の独立が宣言され、リヴィヴはその首都とされました。

しかし、それに対してポーランド人の住民が蜂起し、都市の中心部を掌握してしまいます。ポーランド・ウクライナ戦争におけるポーランド人とウクライナ人の住民のあいだの戦闘は翌1919年7月まで続き、多くの犠牲者がでました。

戦闘はポーランド軍の全面的支援を受けたポーランド側の圧勝に終わり、再びポーランドの支配が復活します。

西ウクライナ人民共和国勢力の残党は、キエフやジトームィルを中心に国家を建設していたウクライナ人民共和国に政府を統合させたり、あるいは赤軍と合同してポーランドとの戦闘を継続します。

その後、ウクライナ人民共和国のディレクトーリヤ政府は、ロシアの赤軍に対抗するためにポーランドからの協力をとりつけた代わりに、ポーランドのリヴィヴに対する支配を認めます。

1920年のポーランド・ソビエト戦争では、武装した住民が市内に侵攻した赤軍を撃退したのですが、ポーランドはウクライナを裏切って単独でソビエト側との講和に入ってしまいます。そして1920年10月12日のリガ講和条約でソ連はリヴィヴを含む一帯をポーランドに明け渡してしまいました。

第二次世界大戦において、1939年9月1日にポーランドに侵攻したドイツ軍は、その後まもなくリヴィヴを包囲。ポーランド兵の率いた蜂起は失敗し、町はモロトフ・リッベントロップ協定にもとづきソビエト連邦に引き渡されます。しかし、1941年6月22日に始まった独ソ戦の緒戦で、町は今度はドイツ軍に占領されます。

そして、第二次世界大戦後、一帯はウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国の領土とされました。その際に、ポーランド人の住民の大部分がポーランドに移ったとされます。それ以後、リヴィウはウクライナの民族文化の中心都市の一つとして、ロシア化への抵抗の牙城となりました。


さて、続き。
今日の宿はホテルジョルジュHotel Georgeという旧ソビエトスタイルの宿に決定。
まだチェックインするには早過ぎる時間なので、荷物だけを預けてお散歩に出掛けました。
キエフ大公国の初代王様ダヌィーロ・ロマーノヴィチDanylo Halyckyiの像。
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フラワーマーケット。
ウクライナの人達はとてもお花が好きな様子、皆さん気軽に素朴な花束や植木を買ってゆきます。
ハニコは菊が大好きなのだけど、日本ではどうしても仏花扱い・・・
でも外国に来ると菊は立派な観賞用。写真には写っていませんがLVIVではいろんな種類の菊がたっぷり店頭に並んでいてウキウキします。
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インフォメーションセンターで地図を入手し、ちょっと街を散策していると、宿にチェックインできる時間になりました。
ホテルジョルジュ Hotel George
テレビ、WIFI、バストイレ共同、朝食付きで350UAH/室。スタイルは旧ソビエト式(なんだそれ?)
無駄に広い階段エリア、なんという長い廊下!!!夜中はさぞ恐ろしかろうに。 さすがソビエト!
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2人なのに、何故か巨大な4人部屋へ!!広い、広すぎる!!! さすがソビエト!
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夕食は指差しでお惣菜をチョイスできるお店へ。
気になったお惣菜を片っ端からチョイスし、ビールを飲んで合計91.5UAH。そんなに安くもないなぁ。
でも、何もかもがとっても美味しい!
ウクライナ、、なかなかやりおる。来て良かったな♪
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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
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