Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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ヤシIasiへ移動

今日は、快適なマリアおばさんの宿を後にし、ヤシという街に移動します。

できればこのまま1ヵ月くらい滞在したいのだけど・・・あぁ名残惜しい。
マリアおばさんにお別れをし街のバスターミナルにやってきました。
今日のバスも小さなバン。13:00にグラフモールを出発、運賃は22RON/名です。
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そしてバスは15:37にヤシIasiのバスターミナルに到着。

この街の地図を持っていない私たち、まずはトラムで街の中心地にあるツーリストインフォメーションセンターに向かうことにしました。

インフォメーションセンターで、無料マップと立派なガイドブックを貰い、付近にあるペンションをいくつか教えてもらいました。さて、今夜の宿探しの開始です。


教えてもらったペンションのうちの一つ、CASA Bucovineanaにチェックイン。
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テレビ、バストイレは共同で70RON/室。
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ヤシの街をブラブラ

ヤシは、ルーマニア北東部、モルダヴィア地方の中央に位置する都市です。

ルーマニア東部の主要都市の1つで、旧モルドバ公国の首都であり、ルーマニア第2の都市でもあります。

モルドヴァ公国の時代には、市は絶えず外敵の侵入を受け、1538年にはオスマン帝国のスルタン・スレイマン1世の軍勢によって灰嘘に帰します。

その後1577年、1616年、1650年、1686年、1821年と、オスマン軍、クリミア・ハン国軍、ポーランド軍、コサックによる侵入を受け、破壊を蒙りました。再び市が整備され始めたのは1827年の大火の後でした。

また、18世紀後半からは東方問題の舞台ともなり、1792年にはここで露土戦争の講和条約(ヤシ条約)が締結されましたが、その後も1828年・1853年にロシア軍に、1854年にはオーストリア軍に占領されてしまいます。

第一次世界大戦中には一時首都がヤシに移され、第二次世界大戦ではヤシ=キシニョフ攻勢の戦場となりました。



何度も破壊されたからか、古いものが残っておらず、ちょっと寂しい雰囲気の街です。
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でも、まぁ1泊だけだし、いいかっ!!
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何はともあれ今日も無事に移動できました。

明日はまた国境越え、次の国はモルドバです。
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グラフモールでの生活

『ルーマニアの田舎に泊まりたい!』という念願かなったグラフモール滞在。

あまりに素敵な場所で、食事も美味しいので3泊もしてしまいました。

鳥のさえずり、鶏の鳴き声、家の前を通り過ぎる馬車の蹄の音、自然の音で毎朝目覚めました。

空気はキーンと涼しくて、清らか。

そんなグラフモールの様子をご紹介。


これが私たちの泊まっている離れ屋。
右側が寝室と浴室、左側が食事をする部屋。窓からはリンゴの木と修道院の壁画が見えます。
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庭に出てみる。これは羽を広げて止まっているのでたぶん蛾かな?でも柄が綺麗。
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庭のリンゴは甘酸っぱくてジューシー。
グラフモールを発つとき、マリアおばさんが、このリンゴを4つもいで持たせてくれました。
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マリアおばさんが淹れてくれたコーヒー。
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ガレージにはマリアおばさんお手製のブラウスが並びます。ハニコはとっかえひっかえ試着。
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左からマリアおばさんのプライベートの住居、食堂、豚がいる納屋。
裏庭では約20羽の鶏を放し飼いにしていて、卵や鶏肉(!)はここで調達されます。
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マリアおばさんのネコ。 コソ~。
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かなりシャイなネコさんです。
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いつもはクールですが、たまに遊んでくれます。
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マリアおばさんの犬。遊んで欲しい盛り。いつもクーンクーンと泣いてます。
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遊んであげると大喜びで嬉ションをします。
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なされるがまま。
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お隣の家の庭。牛も馬も羊も鶏も全て放し飼い。でも、豚だけは納屋の中。
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馬が納屋から出て嬉しそうに歩いて行きます。
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そして、続いて牛も嬉しそうに出てきました。家畜にとってストレスのない素晴らしい環境だね。
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フモール修道院。入場しなくとも、外からこの程度まで見えてしまうのです。
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乗用車の御祓いをしていました。どこの宗教でも同じようなことをしてるんだね。
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10時ころになると近所の女性達が参道に出てきて、手作りのカーペットやブラウスを綺麗に並べ、観光客がやってくるのを待ちます。
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さて、修道院の裏手に回り、村を散策です。のどかな田舎の景色をどうぞ!
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ここでは、昔ながらの暮らしがまだまだ現役。
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静かなお墓。
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ブリューゲルの絵のような風景。
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なんとも手作り感たっぷりの橋。
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崖すれすれに牛が、危ないよ~!
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この辺りでは山盛りのキノコを収穫してきた女性にも出会いました。
道行く人は、皆気さくに『ブナジィーワー(こんにちわ)』と挨拶してくれます。
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柵は全て木製、風景にマッチしてます。
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草原に、こんな藁の山がポコポコと配置してありました。

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苔がはえた屋根も風情たっぷり。
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ひっそりと静かな墓地。
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そして毎日のお楽しみ、マリアおばさんのご飯を一挙公開。
卵も自家製。
鶏肉も自家製。
味が濃厚で美味しかった。
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昼間、庭で薪を炊き焼いてくれたパプリカ
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パプリカにお肉や野菜を詰めて蓋をし、蒸し焼きにした料理。美味しい!!スローフードだなぁ。
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マリアおばさんは、これで私たちのためにお湯を炊いてくれます。
シャワーを浴びれるのは、薪を炊いてから7,8時間の間。
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豪快に薪をくべるマリアおばさん。
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これは、日曜日に、6キロの道のりを歩いて街まで行ったときの景色。
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こんな綺麗な景色が見れるなら、6キロの道のりもなんのその。ちょっと暑いけどね。
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道中、野良犬が多くちょっと恐いです。凶暴な犬はいませんでしたが。
ルーマニアでは野犬が社会問題になっていて、毎年数万人が噛まれる被害にあっています。
2006年には日本人がブカレストで噛まれ、出血多量で亡くなるという悲しい事件もありました。
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ルーマニアの緑はこっくりと濃くて綺麗だなぁ。
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北海道の景色に少し似ているかも。
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グラフモールでは、毎日散歩をして美しい田舎の風景を楽しみながらノンビリと過ごしました。


グラフモールに到着

シゲット・マルマツィエイのホテルで一夜を過ごした翌朝。

ルーマニアにピンとくるところがない(多分自分達の勉強不足のため)。

かといって首都ブカレストや、ドラキュラ伯爵で有名なブラショフなどのツーリスティックな街には行く気にもならないし・・・

ルーマニアに見切りをつけて、バスのコネクションの良いハンガリー・ブダペストに戻ろうか、

それとも、当初の予定通りモルドヴァを目指してこのままルーマニアを東に進むか、

2人で相談した結果、ルーマニアを進み続けることに決めました。

もしかしたらルーマニアにも素敵な場所があるかもしれないね!と少しの期待を胸に・・・

朝起きて、外をみると尖がり屋根に何かがいる・・・猫さんだ!!!何故にそんな居心地の悪いところに?
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そしてHotel Coroanaをチェックアウト。

今日目指すのはグラフモールGura Humoruluiという街、ここには世界遺産の修道院があるのです。

レセプションの親切な女性にグラフモールまでの行き方を尋ねたところ、すぐさまバス会社に電話をし、15分後に出発予定のバスを予約してくれました。

男性従業員と食堂のウェイターを巻き込み、3人かがりで私達のためにタクシーを呼び、でもなかなかタクシーが来ず皆でイライラとホテルの前を行ったり来たりしてみたり・・・

皆さん大騒ぎで私達を送り出してくれました。ありがとう。

さて、私達はタクシーでバスターミナルに到着し、無事予約してもらったバスに間に合いました。

ですが、なんとHotel Coroanaのスタッフは、私達が間に合ったか余程心配だったのでしょうか、バスのドライバーに確認の電話をしていました。さすが街一番のホテル。

ルーマニアは、人々は皆とても親切で面倒見がよく、暖かいのです。人と人の距離が近く、イスラム教の国に滞在しているような心地よさを思い出します。


今日のバスもミニバス。ヤシIasi行きのバスですが、私たちはグラフモールで途中下車します。
11:17にバスは出発、運賃は35RON/名でした。
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窓から外を見ると、こんな可愛いファッションのルーマニア女性達。
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ここマラムレシュ地方は、こんな木造建築の教会で有名で、いくつかは世界遺産にも登録されています。
バスで移動すれば、数え切れないほどの木造建築を眺めることが出来ます。
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のどかな村を通り過ぎ、バスはズンズン進みます。
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ところで今日のバスですが、不運にもダリオの隣にアル中気味のオジサンが座ってしまいました・・・。

オジサンは、バスの旅のお供、2リットルのビールボトルをしっかりと抱え、グビグビと飲んでいます・・・

大人しく1人で飲んでいてくれればいいのですが、オジサンのウルサイことといったら!!

たぶん明るくてイイヒトで、酔の浅いうちはそのトークでバスの乗客を笑いに包んでいたのですが、段々酔っ払ってくると、隣のダリオや、前に座っている女性に大声でしょっちゅう話しかけ、相手をする人がいなくなっても勝手にしゃべりまくり、誰も相手をしなくとも大声で1人ごとを言い続け・・・

酔っ払いオジサンの話し声は、バス中に響き渡る大騒音と化していました。

たまに女性達に『静かにして』と注意されている様子で、一瞬チーンと静かになるのですが、10秒後にはすっかり忘れたように大声で話し始めます(笑)

女性陣は無視していたのですが、ダリオはチョコチョコと相手をしてあげたがために、酔っ払いオジサンの集中砲火を浴びることとなり、6時間の道中休まる間がありませんでした。ヤレヤレ。


アル中叔父さんはさて置いて、バスはカルパチア山脈を越えて進みます。
標高が上がると、グンと気温が下がり霧がでてきました。
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ついさっきまで快晴だったのに、こんなに薄暗くなってしまいました。
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バスは山頂でしばし休憩。

辺りは真っ白。薄着だとブルっと寒いです。
バスを下車して売店に向かったダリオは、そこで同乗の男性陣が酒盛りしている席に招かれました。

皆さんが飲んでいたのはルーマニアの地酒フォリンカ。度数は40~50度、プラムで造った蒸留酒で、ダリオいわく寝かせていないブランデーの味がするそうです。
これを小さなショットグラスで回し飲みし(一気飲み!)、ベーコンの厚切りをつまみに、皆さんパンをガシガシ、フォリンカをグビグビ。
底冷えする日は、アルコール度数の高いフォリンカをグビっとすると、体が温まるそうです。
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このバスでは、とても親切なルーマニア人に出会いました。

私の前に座っていたミハエラ、ヤシIasi在住の若い女性です。

彼女は英語ができるので、グラフモールでバスを下車してからの修道院までの行き方、そして修道院に到着したら、どうやって宿を見つけたらよいか、こと細かなことを私たちに丁寧に教えてくれました。

『グラフモールに着いたら、誰かがあなたたちを迎えに来るの?それとも誰か知り合いでもいるの?』と、行き当たりばったりで修道院に向かおうとしている私達をとても心配している様子。

お別れのときには『困ったときには電話をしてね』と携帯電話の番号を教えてくれました。


ルーマニア人たちとの長くて濃~いバスの旅も終わり、17:02にグラフモールの街に到着。
ここから修道院までは、またバスに乗る必要があります。
修道院行きバスの停留所や出発時間は、バスで一緒だった家族連れが同じ街で下車し、教えてくれました。
そして街一番のホテル、Best Western Hotelのすぐ横にある停留所を見つけ、17:10発のミニバスに乗車、運賃は2RON/名。
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バスは街を出発。霧の中を走ること10分、静かな村に到着しました。
修道院のある村にやってきました!
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バス停の前は墓地。この素敵な木製の門は墓地の入り口です。
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すっかり見慣れてしまいましたが、ルーマニアでは馬車が大活躍です。
この村でも、立ち止まっていると何台もの馬車が目の前をパカパカと走り抜けます。
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夕方になってしまいましたが宿探しです。
田舎の静かな村ですが、修道院の回りにはペンションがたくさんあり、選び放題。
宿探しに困ることはないなとホっと一安心。
そして、修道院の入り口を右手に見て10メートルほど進んだところに、農家がありました。
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よその宿とは違い、控えめな看板がかけてあります。
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気になって眺めていると、花柄のかわいらしいスカーフをした女性がおいでおいでと手招きをしてくれました。
ここはマリアおばさんの宿、ペンション経営のほかに、ルーマニア家庭料理でもてなす食堂も経営しています。
マリアおばさんはフランス語OKです。
私たちが訪ねたときは、英語の出来る孫のステファン君がいたので、彼が活躍してくれました。
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花でかわいらしく飾られた家。
カーペットの向こう側には、立派なキッチンと食堂があります。
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マリアおばさんのお手製のルーマニア民族衣装が並ぶスペースも。
思い出にと、私もつい80RONの白いブラウスを買ってしまいました。珍しくお買い物!!
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お部屋を見せてもらい一目ぼれ。だって博物館で見た陶器の暖炉があるんだもの。
しかも窓からは、世界遺産の修道院を眺めることができます。
Maison De Bucovine
部屋代は60RON/室、テレビ、浴室、リネン、タオル、そして暖炉付。別途朝食代10RON/名。夕食代30RON/名。
ルーマニアの家庭料理が是非とも食べてみたかったので、迷わず朝夕の食事を付けてもらうことにしました。
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部屋に荷物を置いた後は、すぐ目の前の世界遺産フモール修道院Mamastirea Humoruluiへ。
入場料3RON/名、カメラ撮影代6RON/代。
1530年にモルドヴァ公国のブブイオグ大臣夫妻によって建てられた修道院で、壁画は宮廷画家トーマなどの手によって1535年に仕上げられました。
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明日の朝早く訪れるべきか、今日見るべきか迷ったのですが、霧の中の修道院も美しかろうと思い、寒さで震えながらもやってきました。
ボンヤリとした霧に浮かぶ修道院は幻想的。

この修道院が世界遺産である理由、それはこの美しい壁画です。
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敷地内には、薔薇の道も。
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シスター達が大工仕事をしています。意外にたくましく素早い身のこなし。
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秋の薔薇も綺麗だねぇ。花びらの合間に蜘蛛発見。
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蜘蛛の巣って芸術作品。
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修道院、建物への入り口。
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こんなふうに漫画のように聖書の物語が描かれているのは、聖書の読めない農民に解りやすくキリスト教を布教するためだったそうです。『漫画でわかるキリスト教』って感じ。
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建物内部の壁画は、色がより鮮明に残っています。
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1800年代の落書きを発見。
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ひっそりと静まりかえった修道院。ですが、急に団体客が増えました。
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修道院を出て、村をウロウロ。これはすぐ近くの教会入り口。
マリアおばさんは、昼間はここで手作りブラウスやカーペットを売っています。
近所の女性達もお店を出していて、皆で話をしながらのセールス、とても楽しそうな様子です。
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この並道のむこうに教会。
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霧って美しいね。
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牛とすれ違う。
普通に車道をあるいて、道端のゴミ箱をあさっていきます。
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牛が行ったと思ったら、次は馬車がやってきました。
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エコだな~。
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さて、晩御飯。
マリアおばさんの夕飯、ルーマニアの家庭料理が食べられる!ということで期待していました。
けれども、それをはるかに上回る素晴らしさ。
こんなに心のこもった美味しい手料理、なかなか出会えるものではありません。
家庭料理らしく塩味がきつくなくて優しい味、しかもボリュームたっぷり。
サルシッチャのマリネ、ロールキャベツ、ポレンタ、豚肉のソテーとマッシュポテト、ケーキ、これにワイン、ルーマニアのお酒フォリンカ、水、パンがついています。
これで1人750円なんて、素晴らしいコストパフォーマンスです。
ちょうどこの日は、ドイツからの20人以上のツアー客が食事にやってきていて、楽しそうな話し声がずっと食堂から響いてきました。
さすがにこれだけの大人数だとマリアおばさん1人では大変なので、娘さんご夫婦と孫のステファン君が、泊りがけでお手伝いにやってきていました。
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あ~美味しかったなぁ。幸せだなぁ~。

シゲット・マルマツェイ

朝起きて、窓の外を眺めると晴れている、今日は別の街に移動しよう!

特になにもない街Baia Mareにありながら、快適だったPensiunea Idealをチェックアウトし、親切なオーナー夫妻にお別れをしてバスターミナルを目指します。


さて、今日の移動スタートです。
ターミナルからシゲット・マルマツェイSighetu Marmatiei行きのミニバンに乗車。運賃は10RON/名。
このバスはマラムレシュ地方の昔ながらの田舎町を抜けるので、気に入った村を見かけたらミニバンを降りて、その村に滞在しようというのが私たちの今日の計画。今日のナンバーワン候補はDesestiという村。
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ですが、Desestiをはじめ通り過ぎる村はどこも私たちにはピンと来ませんでした。
途中から降りはじめた雨で、暗~いルーマニアのイメージに拍車がかかり気分がのらなかったのと、クネクネの山道で少し車酔いをしてしまったからでしょうか。
結局、終点のシゲット・マルマツェイまで来てしまいました。
ミニバスを降りたのは、これまた暗~い駅。こんな暗い待合室でしばし雨宿りです。
真ん中に見える煙突のようなものは暖炉。どうも現役のようですが、チェコの古城博物館でこんな暖炉見たことある・・・
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待てども雨は止まないので街の中心地を目指します。
10分ほどで、中心地の自由広場に到着、すぐ目の前のHotel Coroanaにチェックインしました。
古いホテルで、ところどころにくたびれた感じはありますが、掃除は行き届いていて清潔。
特にレセプションの女性が愛想がよく、親切。外見も中身も天使のような方でした。
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雨が止んだので外出し、すぐ近くの食堂でランチ。
クリームスープ、チョルバ、ナポリタン、ビールで合計19RON。
ここのナポリタン、溶けていないプロセスチーズを散らした上に、日本で言うところの市販のトマト味のピザソースが生ぬるい状態でかかっているだけのもの。
今回の旅の中でも相当ヤバい部類に入るお味でした。
多分、イタリア人が日本のナポリタンを食べたら、「これはナポリタンじゃないよ!」と抗議するでしょう。しかし、ここのナポリタンを食べれば、発狂すると思います。
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お腹がいっぱいになったところで街をお散歩。街の中心にある教会。
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膝たけのスカートを着て、スカーフを頭に巻くのがマラムレシュ地方独特のファッション。
今日のバスでの移動中にも、こんなかわいい服装の女性達をたくさん見かけました。
写真の女性はかなりのラブリーファッションですが、70歳くらいの女性です。
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雨降りだからか、なんだか寂しい景色・・・
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さっき雨宿りをした鉄道駅にやってきた。昼間に輪をかけて寂しい様子。
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駅前の商店。
昼間はここにオジサン達が集まって、カフェを飲んだり世間話をしたりしてたけど、今は誰もいない。
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あぁ、なんて悲しくなる光景。そして教会のゴォ~ン、ゴォ~ンという鐘の音が聞こえる。
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バスターミナルの様子を見にやって来た。もうオフィスも閉まっているし、バスも動いていない。。
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『馬車が通りますよ』の標識。
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あぁ、なんだか寂しい街にやってきてしまった。

寒いし、電燈もボンヤリと暗い。宿に帰って寝ることにします。そして明朝次の街に移動しよう!

バイアマーレ

ハンガリーを発ち、ルーマニアに入国しました。

両国ともEU加盟国、けれどもハンガリーはシェンゲン協定国なのに対し、ルーマニアは非協定国(2011年よりシェンゲン協定予定)なので、出入国審査を受ける必要があります。

ルーマニアは『ヨーロッパで中世の生活が残る最後の国』などといわれますが、いったいどんな国なのでしょう。


さて、ブダペストから出発です。まずはメトロでネプリゲット・バスターミナルへ向かいます。
今日の国際バスは、EUROLINES運行の8:00ブダペスト出発、16:30バイア マーレ到着の便です。
チケットはHPで5600HUF/名で購入。
バスを待っていると、EUROLINESのゴージャスなバスが次々とやって来ます。
今日はこんなに快適バスで移動できるのか~と期待たっぷりウキウキ待っていたらば、スィ~っとガチャピン色のミニバンが目の前に・・・アレ???
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なんか違う~。と不満ながらも、乗り込んでしまえば快適なもの。2人とも爆睡し、気付くと国境でした。

審査は警官が2人バスに乗り込んできてパスポートを回収し、手元に戻ってきたときにはハンガリーの出国スタンプもルーマニアの入国スタンプも押されているという簡単なものでした。

ルーマニアと日本の時差は5時間、通貨はルーマニアレイ、1レイRON=25.5円です。

ここでちょっとルーマニアの基本情報をどうぞ。(外務省HPより)

国名:ルーマニア(Romania)

一般事情

1.面積 約23.8万平方キロメートル(本州とほぼ同じ。)

2.人口 約2,153万人(2008年)

3.首都 ブカレスト(人口約194万人)

4.民族 ルーマニア人(89.5%)、ハンガリー人(6.6%)

5.言語 ルーマニア語(公用語)、ハンガリー語

6.宗教 ルーマニア正教(87%)、カトリック(5%)

7.国祭日 12月1日(統一記念日)

8.略史

年月 略史
106年 ローマ帝国によるダキア征服
271年 ローマ軍撤退
14世紀 ワラキア公国、モルドバ公国が建国される
15世紀末頃 オスマン・トルコ帝国の宗主下に入る
1878年 独立
1881年 ルーマニア王国発足
1918年 トランシルバニアとの統一宣言
1947年 王制を廃止し、人民共和国樹立
1989年 政変により共産党一党独裁を廃止し、国名をルーマニアに改称
2004年 NATO加盟
2007年 EU加盟

政治体制・内政

1.政体 共和制

2.元首 トライアン・バセスク(Traian BASESCU)大統領(2004年12月就任、2009年12月再任、任期5年)

3.議会 二院制(上院137議席、下院334議席)、任期4年

4.政府

(1)首相 エミル・ボック(Emil BOC)

(2)外相 テオドル・バコンスキ(Teodor BACONSCHI)

5.内政

(1)1989年12月の社会体制転換後初の大統領選挙となった1992年の大統領選挙において、それまで救国戦線を率いていたイリエスクが当選し、中道左派政権が発足した。その後は、1996~2000年までは中道右派政権(コンスタンティネスク大統領)、2000~2004年までは中道左派政権(イリエスク大統領)、2004~2008年までは中道右派政権(バセスク大統領)と総選挙の度に政権の交代が続いた。

(2)2008年11月の議会選挙において、上下両院の議席数ではバセスク大統領率いる民主自由党(中道右派)が、また、得票率では旧共産系の社民党(中道左派)-保守党(中道左派)同盟が首位を占めたことを受け、ボック首相(民主自由党党首)を首班とする中道右派政党と中道左派政党による大連立政権が発足したが、2009年末の大統領選挙に向け、社民党・保守党同盟が連立離脱。その後、民主自由党単独内閣が発足するも、内閣不信任決議案が可決され、総辞職する等、内政は混乱。2009年12月、大統領決選投票によるバセスク大統領の再選を受け、民主自由党、ハンガリー人民主同盟、及び無所属議員を与党とする第3次ボック内閣が正式に発足した。

外交・国防

1.外交基本方針

(1)1989年の体制転換後、ルーマニアはEU加盟及びNATO加盟を最大の外交目標としてきたが、これらの目標を達成した現在、最大の外交目標は周辺地域の平和と安定。また、地政学的重要性を増す黒海周辺地域の安定と経済発展のための協力推進を、バセスク大統領自ら提唱。さらに、バセスク大統領はとりわけ米国との関係を重視しており、2010年2月、国防最高評議会が米国によるミサイル防衛システム配備の受け入れを決定。

(2)NATO加盟については、他の中・東欧諸国及びバルト三国とともに2004年3月加盟を果たした。ルーマニアは、EU及びNATOの東端として、また中東地域への近接性から地域における地政学的重要性が増大しており、2005年には米国との間で国内に米軍施設を設置することで合意した。2008年4月にはブカレストでNATO首脳会合が開催された。ルーマニアは現在アフガニスタンに1424名、コソボに144名、ボスニア・ヘルツェゴビナに60名の要員を派遣している。

(3)EU加盟については、1995年に加盟申請を行い、2000年より加盟交渉が開始された。司法改革、競争政策、農業、環境等の分野で交渉は難航したが、2004年12月加盟交渉が終了し、2005年4月に加盟条約に署名した。2006年9月に発表された欧州委員会モニタリングレポートにおいてルーマニアの2007年1月1日のEU加盟が勧告されたことを受け、ブルガリアとともに2007年1月1日、EU加盟を果たした。

2.軍事(2009年:ミリタリーバランス)

(1)予算 約34億ドル

(2)兵力 総兵力7万3,350人(陸軍4万3,000人、海軍7,150人、空軍9,700人、総合軍1万3,500人)

経済(単位 米ドル)

1.主要産業

金属(鉄鋼、アルミ)、工業(機械機器、繊維)、鉱業(石油)、農業(小麦、トウモロコシ)

2.GDP 約1,615億米ドル(2009年)(出典:IMF)

3.一人当たりGDP 7,542米ドル(2009年)(出典:IMF)

4.経済成長率 -7.1%(2009年)(出典:ユーロスタット)

5.物価上昇率 4.7%(2009年)(出典:IMF)

6.失業率 7.6%(2009年12月)(出典:ユーロスタット)

7.総貿易額 974億ユーロ(2009年)

(1)輸出 290億ユーロ(2009年)

(2)輸入 388億ユーロ(2009年)

8.主要貿易品目

(1)輸出 機械・輸送機器、その他工業製品、農業製品、鉱物・燃料

(2)輸入 機械・輸送機器、その他工業製品、化学製品、鉱物・燃料、農業製品

9.主要貿易相手国(2009年)(出典:ルーマニア国家統計局)

(1)輸出 独(18.8%)、伊(15.3%)、仏(8.2%)、トルコ(5.0%)

(2)輸入 独(17.3%)、伊(11.7%)、ハンガリー(8.4%)、フランス(6.2%)

10.通貨 レイ

11.為替レート 1ユーロ=4.1743レイ(2010年5月平均)

12.経済概況

(1)1989年の体制転換直後、国営企業民営化の遅延、農地私有化に伴う混乱等のためルーマニア経済は大幅に悪化し、経済成長もマイナス成長となったが、2000年以降は回復基調となり年平均5~6%の経済成長を続け、2008年には7.1%を記録した。しかしながら、サブプライムローン問題に端を発した世界的経済不況の影響を受け、2009年には経済成長率が-7.1%にまで落ち込み、一転、マイナス成長を記録することとなった。

(2)1989年の体制転換以後、基幹産業を中心に国営企業の民営化が進められた。特に大型の案件となったのは、国営石油会社ペトロムのオーストリアOMV社による買収及び国営銀行BCRのオーストリア・エアステ銀行による買収である。

(3)2000年以降、ルーマニアでは安価な労働力やEU加盟への期待感を背景に、外国直接投資が増加した。また、上記(2)の外資による民営化の買収も外国直接投資に計上され、2007年の外国直接投資は72億ユーロ、2008年は94億ユーロと順調な伸びを記録していたが、2009年には経済危機の影響により外資の流入が半減し、45億ユーロとなった。

(4)輸出の約7割がEU市場に向けたものであり、サブプライムローン問題に続く欧州諸国での消費減により、ルーマニアの輸出は減速した。また、それまでルーマニアの経済成長を支えてきた国内消費も大幅に落ちこんだ。

(5)2009年3月、IMF、世銀、EUは通貨レイの信用不安及び財政悪化を受け、約200億ユーロの融資を決定した。ルーマニア政府はIMFとの協定に基づき、財政赤字縮小のための改革を行うことを義務付けられた。

(6)ルーマニアは2015年のユーロ導入を目標としているが、インフレ率、財政赤字等の収斂基準の達成が困難とする見方もある。

二国間関係

1.全般・政治関係
 日本とルーマニアとの関係は、1902年両国の駐オーストリア公使が外交関係樹立のための最初の協議を行ったことに遡り(その後、1921年在京ルーマニア公使館開設、1922年在ルーマニア日本公使館開設)、以来伝統的に良好な関係を維持している。2002年には、交流100周年を記念して両国で各種記念行事が開催された。また同年にはルーマニアからイリエスク大統領が訪日し(2月)、日本からは清子内親王殿下がルーマニアを御訪問された(10月)。2005年に開催された愛・地球博では、ルーマニア・ナショナルデー(6月)の機会にバセスク大統領が博覧会賓客として訪日し、小泉総理大臣との間で首脳会談を行った。2007年1月には麻生外務大臣がルーマニアを訪問し、ウングレアーヌ外相との間で日・ルーマニア外相会談を行ったほか、バセスク大統領、タリチャーヌ首相を表敬した。さらに、同年2月にはタリチャーヌ首相がルーマニア首相として初めて訪日し、安倍総理と会談を行い、価値を共有するパートナーとして両国の協力関係を二国間関係及び国際社会における取り組み双方で一層強化することで合意した。両国は2009年、外交関係再開50周年を迎え、各種記念行事が実施された。2009年5月には秋篠宮同妃両殿下がルーマニアを御訪問された。1959年9月1日の外交関係再開に関する書簡の交換が行われてから、ちょうど50年後の、2009年9月1日より、日本に渡航するルーマニア人に対する短期滞在査証免除が試行的に開始された。2010年3月にはバセスク大統領夫妻が日本を公式実務訪問、鳩山総理大臣との間で首脳会談を行った。

2.経済関係
(1)両国間の貿易量は、日本からの輸出209億円、ルーマニアからの輸入204億円(2009年)であり、日本からは自動車部品、電気回路部品、自動車等を輸出、ルーマニアからは木材、衣類等を輸入している。

(2)日系企業の対ルーマニア投資は製造業を中心にブカレスト近郊及びハンガリーに近いトランシルバニア地方で行われており、JTI(日本たばこ)、光洋ルーマニア(JTEKT)、住友電装、矢崎総業等が進出している。自動車産業関連の投資が中心であり、これに伴いワイヤーハーネス用電気回路部品等、自動車部品の日本からの輸入が増加している。

(3)製造業以外では、日本郵船が代理店を通じ,船員の採用・研修を行っている。販売業ではホンダ・トレーディング及びブリヂストンが進出したほか、ザ・ダイソー(大創産業)がフランチャイズ展開しており、人口2,153万人というルーマニアの販売市場の大きさが着目されつつある。

3.経済協力

 日本は体制転換後のルーマニアの民主化・市場経済化を支援するため、1991年より技術協力、文化無償資金協力による経済協力を開始し、その後1996年のコンスタンティネスク大統領の訪日を契機に円借款及び一般無償資金協力を実施した。これまでのルーマニアへの円借款供与案件として、「コンスタンツァ南港整備計画(約128億円)」、「道路整備計画(約92億円)」、「ブカレスト=コンスタンツァ間鉄道近代化計画(約256億円)」、「トゥルチェニ火力発電所環境対策計画(約287億円)」があり、ルーマニア側から高い評価を得ている。また、草の根レベルにおける協力として、1997年以降青年海外協力隊を派遣し、2008年12月の終了までの期間に青少年活動や医療の分野を中心として延べ112人が派遣された。ルーマニアに対する支援は、同国の経済発展状況及びEU加盟を踏まえ、段階的に縮小されており、「ブカレスト国際空港アクセス鉄道建設計画」を卒業案件として対ルーマニア円借款供与は終了し,一般文化無償資金協力も既に終了した。

(イ)日本の援助実績(2007年度までの累計)(単位 億円)

(1)無償資金協力 26.19
(2)技術協力実績 98.47
(3)有償資金協力 763.70

(ロ)主要援助国(2004年)(2005年よりDACリストより卒業)

(1)独 (2)仏 (3)米 (4)日 (5)スイス

4.文化関係

 ルーマニアにおける日本文化に対する関心は高く、各種日本文化紹介行事は常に好評である。2007年欧州文化首都に選ばれたトランシルバニアの地方都市シビウでは日本紹介月間が開催された。2008年には平成中村座による歌舞伎シビウ公演が大成功を収めた。また、日本研究・日本語学習に対する関心も高まっており、ルーマニアにおける日本語学習者数は小学生から大学生まで合わせて約2,000名(2009年度調査)に上る。2005年には、ブカレスト大学修士課程に日本研究コースが設置されたほか、2009年1月末より、日本語教育・文化発信のためのボランティアが派遣されている。2009年は日本とルーマニアの外交関係再開50周年にあたり、重要無形文化財保持者による能・狂言公演を皮切りに、11月の人形浄瑠璃公演、地方都市での12月の「武道の精神」展覧会等、各種記念行事が両国において実施された。

5.在留邦人数 272名(2010年5月現在)

6.在日当該国人数 2,630名(2009年1月現在)



さて、続きです。
定刻どおりバスは、ハンガリー北部・マラムレシュ地方の県庁所在地、バイアマーレBaia Mareに到着しました。
首都ブカレストから450キロ離れたマラムレシュ地方には、チャウシェスク 時代の近代化政策も行き届かなかったため、昔ながらの生活が残っているという話を聞いています。
ですが私たちの第一印象は、『どうしてこんなに子供の物乞いが多いの??』ということ。
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さて、バス・ターミナルで時刻表をチェックして、宿探しスタートです。

この街は、ペンショーネと呼ばれる小さな宿が多く、宿探しには苦労しないと聞いていたのですが、歩けど歩けど見つかりません・・・

こんなときはマクドナルドかケンタッキー。WIFIがあり、調べものが出来るうえに、トイレが清潔で無料。ビールとハンバーガーを注文し、インターネットで宿の検索開始です。

めぼしい宿をピックアップすると、いつものごとくハニコと荷物を置いて、ダリオが宿探しに出動です。頑張れ~!!

ところで、バイアマーレのマックですが、物乞いの子供達が堂々と店内に入ってきてテーブルを回っっています。
ルーマニアやブルガリアには、ロマという民族が多く暮らし、その多くがあまり裕福ではなく、子供達が物乞いをしてくるという話は事前に聞いていたのですが、けっこうな数がいてびっくり。

ちなみに『ロマ』というのは、ジプシーと呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族のこと。移動生活者、放浪者とみなされることが多いのですが、近年では農耕を生業としないため、定住生活をするものも多いそうです。(Wikipediaより)。

最近ではフランスで不法滞在が問題となり、次々とルーマニアやブルガリアに強制送還されていますよね。

さらには、チャウシェスク政権時代に、国家政策として避妊と堕胎手術を禁止し、法律で女性に5人以上子供を産むことを強要したことにより、後に「チャウシェスクの落とし子」と呼ばれる大量のストリートチルドレンを生んでしまったことも、この物乞いの多さの大きな原因なのでしょうか。


さて、宿探しの続きです。

1時間後、ダリオはピカピカのベンツの助手席に乗り、マックに戻ってきました!
これはいったいどうしたことか??ダリオが見つけた宿のオーナーが、ハニコと荷物をピックアップするため車を出してくれたのです。有難や~。
そして、おベンツで到着したのは旧市街にあるPensiunea Ideal
オーナーご夫妻は、カナダ・アメリカに20年暮らした後、3年前にここバイアマーレに戻り、宿のビジネスを始めたそうです。彼らは、私たちが快適に過ごせるように細かく気を使い、どうしたらルーマニアをもっと楽んでもらえるかと一所懸命です。素晴らしいホスピタリティー。
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テレビ、FAN、WIFI、朝食付、バスルームは部屋の外ですが、すぐ目の前にあります。お値段は99HUF/室。
129HUFの広い部屋もあったのですが、眺めがよいのでこちらの部屋に決めました。新しい宿だけあって、どこもピカピカとても清潔。
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部屋からの眺め。旧市街の見所を全て眺めることができます。
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夕飯は、家族経営の小さな食堂に入ってみました。。
ポークソテーとフライドポテト、チョルバというルーマニアのスープ、パンの盛り合わせ、ビール、ジュースで合計17.5RONでした。
もちろん、これだけでは足りるわけもなく、宿で食べるためのちょっとしたハンガーガーなどを買って帰りました(笑)
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ショーウィンドーには、まるで昭和30年代の品々が並び、

髪の毛をオレンジやピンクに染めた有り得ないヘアスタイルの女性達が闊歩し、(この辺までは、まぁどうでもいいことですが)

7,8人のルーマニア人の若者が、身体障害者を見てゲラゲラ笑っているのを目撃して嫌~な気分になり、また物乞いされ憂鬱になり。。。

なんだかルーマニアをエンジョイできるかどうか、ちょいと不安です。

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そして翌朝、バイアマーレはジメジメと雨・・・。

こんな日に大きな荷物を背負って移動は避けたい。幸い宿はとても快適でオーナー夫妻も親切、なので延泊。

午前中は、美味しい朝ご飯をいただいて、宿に篭もりこの先の計画を立てていたのですが、昼過ぎに雨があがったので、バイアマーレの街をブラブラ散歩してみることにしました。

こちらステファン塔。500年前に建てられたそうです。
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かわいらしいレトロな歯医者。でも、設備もレトロそうなので、治療は受けたくないな。
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市場にやってきました。なんとなく・・・寂しい雰囲気。
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市場のお店でリゾットと豆のスープ(パン付)を購入、合計9RON。
お店の前のスタンドで立っていただきます。ホカホカで美味しいし、体も温まるね!!!
でも、ここでも子供達が『食べ物頂戴~』と寄ってきます。現地の人は物乞いを無視。観光客がたくさん来る場所にも思えないので、彼らも切実なのかな。ちょっと暗い気分になります。
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気を取り直してお散歩再開。
大きな煙突は、バイアマーレが鉱山の街として栄えた時代の名残。
街の何処からでも見え、かなり背が高いです。
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ルーマニアは昭和の様に電線が架かっています。絡まりそう。
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情報収集のため、街中のツーリストインフォメーションセンターに行ったところ、英語ペラペラの男性が親切に応対してくれて、立派なパンフレットや地図をズッシリとたくさん頂きました。


そう言えば、まだあまり観光客が訪れず、PRに力を入れている街のパンフレットはとても立派なことが多いです。

紙も上質なものを使っていて、大判でカラフル、ラミネート加工がしてあったり、写真が多用してあって、観光局と作り手の気合が伝わってきます。

でも、大判の厚い紙は持ち運ぶのに重く、また街中でちょっと現在位置を見るのには大仰で、実際の使い勝手の面からはあまり良くありません。

対照的に、次々と訪れる観光客のために、1枚当たりのコストを下げる必要があるからでしょうか、この点、観光客がたくさん訪れる場所になればなるほど紙質は薄いです。

街によっては、市街地図が有料であったりします。。。

観光案内所にある地図の紙質と訪れる観光客の数は反比例する、いまのところこの法則はほぼ有効です。


さて続きです。革命広場という名前だけはカッコイイ広場。
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猫さん発見!ルーマニアの猫はあまりなつっこくないなぁ。
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黒猫さん発見。
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コソ~。
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明日は晴れますように!そして移動できますように!!

それにしても、こんな様子のルーマニアがEUに加盟できたというのが・・・。首都はもっと栄えているのかな。

トルコより先にEU加盟できるなんて、摩訶不思議。加盟が出来ないのは、たぶん宗教がネックとなっているのだろうなぁ。

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