Vagabond Shoes

Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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イランについての個人的な感想3

イランへの制裁を進めている某A国。
イランは、A国から『Axis of evil(改めて書くとすごい表現だよな~)』とか言われているけど、実際どっちが悪の枢軸なんだか。


イランは核開発で、A国のメディアを中心に叩かれていますが、終始一貫して平和利用目的の核開発だと公式に宣言しています(ま、これは当たり前ですが)。
パフォーマンスの一環かもしれないけれど、今年になって国会議長ラリジャニ氏が広島の原爆資料館を訪問しています。


また、対話を拒んでいるのはイラン側ではなく、A国側のほうに見えます。
つい先日アメリカで行われたNPT会議では、アフマディネジャードイラン大統領のビザを許可しない、という話もありました。
結局はビザもおり会議に出席できたのですが、アフマディネジャード大統領の演説の時には、アメリカとフランスの代表が退席する場面もありました。


イランが主張していることは、至極まともで筋が通っていますが、そういった面が日本のメディアで流れることはありません。
恐い国とか、ならず者国家というイメージを植えつけるようにバイアスがかかった話ばかりです。
TVを頭から信用している人など、今どき誰もいないと思いますが、氾濫する情報の中で情報リテラシーは益々必要になってきますね。


ところで、世界で最も多くの核兵器を所有し、地球上で兵器として実際に用いたことのある国は、A国だけです。
A国が言うところの、世界の警察的役割という理屈は当然建前で、自国の利益になるところにしか軍を派遣していないのは、もはや誰もが知っていることです。
ブッシュ政権の時のプロバガンダのように、どちらが善悪といった二元論でもないし、世界のパワーバランスに関することなので、何が最良の選択なのかは難しい問題ですが、少なくとも他国の核の開発にイチャモンをつける資格はA国には無いと思います。


イランは、東はアフガニスタン、西はイラクと国境線を接しています。
この両国は、どちらにもA国の軍隊が常駐しています。
A国は、無いものを在ると言い張ってイラクに侵攻した実績があります(大量破壊兵器は結局無かったけど)。そんな国に『Axis of evil』呼ばわりされ、さらにA国の軍隊が駐留している国に挟まれている。イランの立場からすれば、自国を守るために防衛強化するのは当たり前だと思えてなりません。
イランが核技術を兵器に転用するとすれば、それはA国の様々な包囲網がイランを追い詰めた時ではないでしょうか。
まぁ、そうなれば大義名分が出来ますので、A国はメディアを使って国際世論を形成し、正義の御旗の元に嬉々としてイランに侵攻するので、イランもやらないとは思いますが。。。


・・・話がだいぶそれましたが、多くのイラン人が望むように政府が替わって、今まで当たり前に享受していたものがなくなったときに、その失ったものの大切さに気づくのでは?と思ってしまいます。

そんな考えは、旅行者の勝手なノスタルジーでしょうか。

もしイランが変わるとしたら、他国が自国利益の為に介入した結果ではなく、真にイランの未来を見据えた人々によって変わればいいですね。
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イランについての個人的な感想2

彼は、
日本は民主主義で素晴らしい。
日本のテクノロジーは素晴らしい。
日本は経済もストロングだ。
そう言っていました。

たしかに、私たちが働きもしないで長期旅行が出来ているのも、日本で得た所得がイラン人の何倍もあったからだ。

しかし、皆が不満を口にする政府が倒れたからといって、本当に彼らが望むようなイランになるでしょうか。

某A国に都合のいい政権が誕生すれば、制裁も解除され、資本が入ってくることで雇用も経済も好転し始めると思います。

しかし、資本の流入は良し悪しで、効率優先、コスト削減といった資本の論理で安い商品が溢れれば、現在国中で活躍している職人達の工房も経営が成り立たなくなり、美しい伝統工芸はすたれていくのではないでしょうか


バザーレはどうでしょうか。

同じお店が通りに軒を連ねる道が続くバザーレ歩きは楽しいものです。

お店の規模はどこも小さいですが、家族経営で売り手の顔の見える暖かいお店ばかりです。

しかし、ドライな目で見れば、どこも同じような商品が売られていて代わり映えしない、とも言えます。

もし、今は一軒もないスーパーマーケットなどができたら、バザーレにある数多くの個人経営店も淘汰されてしまうのではないでしょうか。

そんなことを考えながら、ダイエーやイオンに負けてシャッターが閉まったままの日本の商店街を思い出しました。


イラン人の大好きな公園や庭園。
国が莫大な費用と大勢の庭師を動因して、常に美しく管理されています。

あちこちに噴水が整備された街は、花と緑に溢れ、掃除も行き届いていました。ヨーロッパのように犬の糞も落ちていなければ、アジアでよくある、生ゴミの発する悪臭もありません。

こんな費用は真っ先にカットされるのでは??


イラン人はお昼休みが非常に長く(3,4時間)、一旦自宅に帰宅して家族と共にランチを食べたりします。昼休みにお店を閉め、楽しそうに談笑している姿を良く見かけました。

そして夜は夜で、仕事を終えた人々が公園や庭園にピクニックにくりだし、街は夜遅くまで賑やかです。

合理的な経営方法が導入されたら、こんな無駄な時間もカットされるのでは??

日本人みたいに病気になるまでアクセク働いて、家族と楽しむ時間もなくなるのでは??


彼らの憧れる、物が溢れて欲しいものは何でも揃う日本と、イランを比較すると、果たしてどちらが幸せなのか、分らなくなるのです。

続く

イランについての個人的な感想1

エスファハーンのアルメニア人居住区にあるヴァーンク教会に行き、博物館を見物しているときにイラン人男性2人に声をかけられました。

2人はテヘラン在住、現在イラン国内を旅行中だそうです。

彼らのうち1人は、18年前から6年間も群馬県で働いていたそうで、日本語がペラペラ。

12年のブランクがあるにもかかわらず、とにかく驚くほど流暢です。

しかし彼らから聞いた話は重~い話でした。

1979年のイスラム革命時、彼らは大学生で、現在の政府の対抗勢力の運動員をしていていました。日本語ペラペラの男性のお兄さんは、そのリーダー的存在だったそうです。

ホメイニ側が政権をとると、リーダー格だったお兄さんは死刑になり、2人は投獄され6年間刑務所で暮らしたそうです。

出所後、彼らはヨーロッパや日本へ出稼ぎに出る暮らしをし、現在はイランに戻ってきているのですが・・・。なんとも重い話でした。


そして、これからは現政府の批判。鬱憤がたまっていたのか、日本語で話しても、誰も周りはわからないからと話す話す・・・。(それでも内容が内容だけに時々周囲を気にするそぶり。)

彼によると、現政府の支持者は人口の10%に満たないそうです。

確かに誰もが現政府の悪口を言っている。。。

どうしてこんなに国民に嫌われている指導者が毎度選挙で当選するのかを尋ねると、不正があるので、選挙をやっても必ず現政府が勝利する結果となり、何も変わらないそうです。だから彼は選挙には行かないそうです。

2009年には大統領選挙の結果に不満を持つ大学生が、テヘランで大規模デモを行い大騒ぎになりましたよね?でも結局何も変わらなかったそうです。

多くの人が、是非この人に国の舵取りを!と思うような人はここ30年で死刑、投獄されたか、またはアメリカやヨーロッパ等の国外に脱出していったそうです。

私たちが見た今のイランは、一見平和に見えますが、イランの歴史と現在の体制を考えれば当然そういうこともあるのだろうと思います。

つづく

マークーへ

本日タブリーズを発ち、イラン最後の街となるマークー Makuへ移動します。

イランの最果てまで移動する今日一日の様子をどうぞ。

Khiyaban-e Sargord Mohazzeziから市バスに乗り、長距離バスターミナルにむかいます。市バス料金5000IRR /名。
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9:45発のマークー行きチケットを15500 IRR/名で購入。
安いと思ったら車体はかなりレトロ(笑)
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定刻に遅れること15分、10時にバスは出発。



石造りの家が並ぶ集落。ここでは女性達がキラキラのカラフルな衣服を着ていました。
なんだかイランじゃないみたい。
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鮮やかな黄色の花が一面に咲いています。
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モフモフの羊の群れ。羊飼いと番犬が協力して羊を管理しています。
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出発から4時間15分後、マークーの長距離バスターミナルに到着しました。

ここからはタクシーに乗って市街地まで移動。タクシー代10000 IRR/台。

マークーは断崖に囲まれた街。
トルコの国境までは22キロとあって、古くから東西の交易路上の宿場町としてその存在を知られていたそうです。
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崖に囲まれたこの町にいると、宮崎アニメの『風の谷』を髣髴とします。
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八百屋もこんな崖の下すれすれ。
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私たちの今晩のホテルMaku Innだって負けていない。こんな立地。
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TV、冷蔵庫、シャワー、トイレ、朝食付きで320000 IRR/ツイン(377700から交渉後)。
国営ホテルで、フロントの女性も感じのいい人達でした。
快適なホテルなのですが、唯一残念なのはタオルが生乾きの匂いがして臭かった。。。


部屋に荷物を置くと、すぐまた外出。

エマーム広場からタクシーをチャーターし、ガラ・ケリーサー Qareh Kalisa(黒の教会)へとむかいます。

マークーの中心地から20キロほど離れたところにあるのですが、山を迂回して行かなければならないので片道1時間半ほどかかります。タクシー往復及び待ち時間で料金は20ドルでした。

運転手は100㎞超のスピードでビュンビュン飛ばします。
頼むから安全運転で行ってくれー。


クネクネと崖の道を進んでいきます。
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あちこちに落石注意の立て札があり、恐い。。。
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険しすぎる・・・
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でも景色は素晴らしい。
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山を越えたら今度は緑の草原。
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運転手さんがあんな断崖絶壁の山道でも容赦ないスピードで激走したため、1時間で到着。
周りはだだっ広い草原が広がり、クルド人の住む集落がポツポツとあるだけ。
こんな寂しいところにあるのがガラ・ケリーサー、世界遺産です。
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草原と山のなかに忽然とあらわれる教会、そのシチュエーションに感動します。
正式名称タデウス教会Kelisa-ye Tatavos-e Moghaddas。
アゼルバイジャンで殉教したキリスト12使徒のひとり、タダイに捧げる教会として68年頃に建設されました。
13世紀の地震により、元の建物は残っておらず、現在残っている建物は17世紀に再建されたもの。
主に黒い石を使って建てられたため、その外観から黒の教会と呼ばれるようになったそうです。
いち早くキリスト教を国教化したアルメニア王国の最初期の教会建築として、世界遺産に登録されたそうです。
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入場料は3000 IRR/名。近寄ってみる。
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内部は修復中で、中にはそれほど見るものはありませんでした。
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入り口の上部にはアラビア語でかかれた文書があり、教会とのミスマッチさが不思議でした。
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内部の祭壇は10世紀に造られたそうです。
こちらの男性は運転手さん、思いっきり観光してました。写真もたくさん撮っていました。
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建物の造りよりも、ぽつんと見えてくる姿と、そこに行くまでの道と風景のほうが印象深い教会でした。


帰りも楽しくドライブをして、無事街に帰ってきました。
途中で天然ガスを補充していましたが、なんと400IRR/立方メートル(?単位は判らず)。
日本円にして単価4円。1時間突っ走っても20円。アンビリーバブルな価格。
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イラン最後の晩餐はアーブ・グーシュト。
イランのトラディッショナル料理です。丁寧に煮込んであって美味しい!!!
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タブリーズ2

今日も息が白くなるくらい寒い。

朝食はゆで卵とふかしたジャガイモとバターを練って、ナンでくるんだもの。イラン定番の朝食ですが、ここにきて始めて食べました。
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大きさは拳四つ分くらい、ボリュームたっぷり。6000 IRR/本、安い。
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部屋はホクホクと暖かくて居心地がよく、いつまでもゴロゴロしていたい!!!
けれど、とりあえずタブリーズの見所くらいはおさえておこう、とマスジェデ・キャブードMajed-e Kabud、通称ブルーモスクへ。入場料3000 IRR/名。
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15世紀の中ごろ、カラ・コユンルのスルタン、ジャハーン・シャーの時代に建てられ、この時代の建築の中でも傑作の呼び声が高く、青いタイルの装飾の美しさからブルーモスクと呼ばれます。
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しかし、度重なる地震による損傷が大きく、かつてモスク全体を覆っていたタイルの約半分もが崩れ落ちてしまいました。
現在修復作業が続いています。
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ずいぶんボロボロだねぇ。
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メールを確認しに、ネットカフェ(イランではCoffee Netという)へGo。
7000 IRR/Hでした。


お昼ご飯だね。今日はRestaurant Ahmad purというお店でチェロウ・モルグ、鶏肉とご飯です。
チェロウ・モルグ2人分、コーラ2本で合計120000 IRR。美味しいけど、味以上に割高だからもう行かない(笑)
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午後になると雨が降ってきた。ホテルのすぐ横のレストランだったので、部屋に戻る。
ダリオがちょっと出かけてくる、と言ってお菓子セットを買ってきてくれた♪
お湯をもらって、これからティータイム!!!
最近甘いものづいているなぁ。
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そういえばホテルを出て、ブルーモスクに歩いて行く途中、『ハロー、お時間ちょっといいですか??』と、顔に貼り付けたみたいな営業スマイルの、イラン人若者Aに声をかけられました。

そこはインドで散々学習した我々。『時間が無いんだ』と言ってアッサリかわしました。

そして引き続き歩くこと1分後、またもや小綺麗な格好をしたイラン人の若者Bに声をかけられました。

怪しいイラン人Bはこちらの都合を聞きもせず、『ハローー、僕は大学で英語の先生をしているんだよーー。今日は休みなんだー。』とベラベラと勝手に話し続けます。
インドで学習したように、一方的によくしゃべる人は信用できません。ので、適当に相手をしながらブルーモスクにむかって早足で歩き続け、目的地に到着。

するとBは『僕の友達がさ、車を持ってるから、キャンドヴァーン村に行かないかい??』と本題を持ち出しました。

キャンドヴァーン村とは、タブリーズから車で1時間のところにある奇岩の村。ミニカッパドキア(カッパドキアとはトルコにある奇岩の村)と呼ばれてる村です。

知らない人の車には乗らないというのが、全世界の常識。ましてやこんな人相の怪しい人の車で出かけたら、もしかして身包み剥がされるかもしれない。いくら今までイラン人に親切にしてもらったとはいえ、油断禁物。

『僕たち、トルコの本当のカッパドキアに行くから、キャンドヴァーンには行かなくていいや~』とアッサリお断りしました。

そして一通りブルーモスクを見て、30分後に外に出てくると、イラン人AとBが一緒にベンチに座っているのを発見、二人はグルだったんだね。二人揃って怪しいオーラをギラギラ放出しすぎ・・・組むの止めたほうがいいと思う・・・。インド人のほうが、もっと上手だったな。

トルコからイランに入国し、タブリーズからイランの旅をスタートする旅行者が多いので、こういった観光客をカモにする商売もたまに成功するのだろうと思います。
街中に旅行会社があるので、少し費用がかさんでも郊外にはグループで行くのが安全だと思います。

顔や態度で、怪しい人を見分けられるようになってきました。
目つき、顔つき、話のスピードや内容などでなんとなーく判ります。
自分のトークが終わらないうちに、こちらの目的地が近づくと歩く速度が遅くさせようと、なれなれしく肩や背中などに触ってくる、これもポイントです。


こんな疑り深い人間になってしまった、、これもインドのせいだ。。

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