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Now we are in Bali, Indonesia. 2009年末から旅に出ました。

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台北 - 2009年のアジア周遊

2009年アジア周遊旅行のお話。

5ヵ国目の台湾到着。

入国後、路線バス乗り場に一直線、無事切符を購入し乗り込む。

走り出してからしばらくして、どうも停留所というものが存在しないことに気づいた。

降りたいところで運転手さんに声をかけ、停めてもらう方式らしい。

信号で停まったすきに運転手さんにダリオがここで降りたいんだと地図を見せながらアピールし、ホテル近くで下車。

台北は日本の地方都市のような雰囲気。

年配の方には日本語が通じてしまうし、繁華街には日本語の看板がかかったお店がいっぱい。

この100年のアジアの歩んできた歴史の結果だ。

そしていつものように食べ歩きに出かける。



ここの立ち食い麺、おいしかった。阿宗麺線というお店。
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台北の市場に潜入。
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ずずっいっと奥に進んでいくと、
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アジアでは日常風景の吊るされる鶏たち。
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台北 かじっていますが、寧夏夜市の屋台で買った揚げパン。ハムと野菜がはさまっていて揚げたて。
すごく美味しいです。
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食べてばかりだったわけではなく、電車と路線バスを乗り継いで、ベタに故宮博物館にもいきました。

美術品は、造りの荒いものもあるけれど、なかなかすばらしいものだった。特に古い清朝家具が素敵。

けれども蒋介石はよくこれだけのものを北京から持ってきたものだと、そんなことに感心してしまった。

ほかの観光名所では、瀧山寺にも行ってみた。

近くの古本屋に、日本統治時代の本や住宅地図やらがあって興味深かった。

なんだか外国にいながら、まるで日本にいるかのような気になってしまう、そんな台湾だった。

さてさて、日本に帰ろう!!

カンボジア4泊、タイ2泊、ベトナム4泊、香港2泊、台北2泊、駆け足のB級グルメを追う旅は幕をとじた。
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香港 - 2009年のアジア周遊

2009年5月のアジア周遊旅行のお話。

4ヵ国目、香港到着。

ただの都会だと思って、まったく期待していなかった香港・・・

なのにとても好きになってしまった。

物も食べ物も、最高級のものから激安のものまで、何でも選択可能。

そういう意味では東京だって同じなんだけど、最新のビルとおんぼろビルがミックスしたグチャグチャっぷりが好きになりました。

グチャグチャなのに、街全体に統一感があるのが不思議。



滞在中に通った涼茶スタンド。
咳、喉の痛み等々、症状に見合った漢方茶を飲める。
タイの空港で風邪をひいたダリオ、日々通う。眺めていると老若男女、お客さんが途切れることなくやってくる。
中国といえば薬よりも漢方だもんね。
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香港。この崩れそうなビルがイイ感じ。
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香港。路面電車から。
通りに出っ張っている看板。夜はネオンが灯り、また雰囲気があります。
降りるのを忘れて終点まで行ってしまった。
旧イギリス植民地だけあって、終点には綺麗な競馬場がありました。
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香港の甘味処。亀ゼリーと胡麻ミルクティーがおいしかった。
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香港のお寺。お線香の煙が幻想的。
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香港のお菓子 写真はだいぶ食べちゃった後ですが、外はカリカリで中はしっとり、日本のベビーカステラとは似て非なるもの。美味しい!HK$12(160円位)。並んで買いました。
北角鶏蛋仔 429 Kings Road, North Point, HK
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フルーツたっぷりの亀ゼリー。
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飲茶屋さん『蓮香楼』、写真はイマイチですが今回ではここの飲茶が一番美味しかった。
香港の飲茶屋さんは早朝6時くらいからオープンする。見ているとオジサンお一人様がに多く、皆新聞を読んだり、円卓で相席になった人たちとおしゃべりをしたりして、お茶を何杯もおかわりしてノンビリすごしている。飲茶は香港のサロン文化なんだなぁ。
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市場に潜入。花咲蟹がシーズンでした。どうしても食べたくて、このあと潮州料理屋さんに行きました。
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ホーチミン-2009年のアジア周遊

2009年5月のアジア周遊の旅。

3ヵ国目のベトナム、ホーチミンに到着。

空港は異様な混み様。

街中もバイクが道路いっぱいに走っていて、恐ろしいほどの熱気。

スワンナプーム空港があまりに冷房が効きすぎていて、夏服仕様の我々は夫婦共々体調を崩していたが、フォングラーオの宿に荷物を置いて早速外出。

ホーチミンのタンビン市場。カオスです。みんな日夜とわずパジャマみたいなのを着ている。
あれを着れば現地に溶け込めるかな。
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このオバチャンのバインセオが最高!!
バインセオは南部の料理で、野菜を包んだクレープのような食べ物。
下調べした美味しいと評判のバインセオ屋へも一応行ってみたけど、市場のほうが美味しかった。
市場の喧騒と、すぐ目の前で焼かれた出来立てをほおばる雰囲気のせいかな。
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これがオバチャンのバインセオ、パリパリのサクサク。
野菜でオムレツをクルリと巻いて、甘酸っぱいタレで食べます。
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このバインセオを食べたタンビン市場の前に盲人学校があり、その中にマッサージ屋があります。
    
盲目の生徒さんたちが、お手ごろ価格で一所懸命マッサージしてくれます。


ホーチミン、ベンタイン市場前の食堂にて、べたに生春巻きを食べる。
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夜には、この市場の周りに屋台がでます。
テントを設置しに道路を横断しているところ。道にお店が出来て行く様子は見ていて楽しいものです。
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ベトナムはNEXT11に数えられる、BRICsの次に経済発展すると期待されている国。

国民の平均年齢は低く、高齢化が進む日本とは逆。

戦争ではあのアメリカにさえ屈服しなかった国。

そのうえ羨ましいことに資源も豊富。

もちろん国が経済発展したって、国民の幸福度もアップするわけじゃないけども。。。。

ちなみに、この国も子供がよく働く国。

どのお店でも、子供が親のお手伝いをしていた。

ホーチミン滞在中は体調が万全ではなかったため、近場をフラフラ歩き回り、遠出をしなかった。

そして、スコールの時はホテルでゴロゴロ昼寝をしていた。。。

このときはホーチミンのみの訪問でしたが、その後の旅では乗ってみたかった鉄道も体験でき、北部ベトナムも訪問できたので南北の違いが分って面白かったです。

バンコク - 2009年のアジア周遊

過去の旅行、2009年5月のお話。

2ヵ国目のタイ、バンコク到着。

全てにおいてアバウトなところがタイの魅力。

しかし適当そうに見えて実のところタイはなかなか外交上手。東南アジアでは唯一欧米列強の植民地支配を逃れ独立を維持できた国です。

東と北に仏領インドシナ、西は英領マラッカ、ビルマに挟まれたタイ王国は、バランスのいい外交で、両支配国の緩衝地帯として生き抜いてきました。

第ニ次世界大戦の時は枢軸国側につき、英米に宣戦布告までしていたのですが、日本側の旗色が悪くなると見るや、国王の署名がなかった宣戦布告だったために無効だという理由付けで敗戦国側から足抜けしたのです。

枢軸国側に付かなければ、当時の情勢から考えて日本に占領されてい、た可能性が高く、タイとしても選択の余地が無かったのだとは思いますが、それにしてもなかなか鮮やかな転進ぶりです。


さて、そんなタイですが2010年の5月現在、バンコクはデモで大変な様相です。

私たちの訪問(2008年)の少し前も、タクシン派の大規模デモがあったため、少々心配していたが、実際はノンビリとしたものでしたが、今回のデモは死傷者も出ているので、深刻ですね。


 『PHRANAKORN NORNLEN HOTEL』 個性的でとてもかわいいホテル。
香港系のオーナーが『三丁目の夕日』に触発されて作ったホテル。
いつもホテル探しのときに検索するtrip advisorという旅行サイトでナンバーワンの人気を誇るホテル。
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『PHRANAKORN NORNLEN HOTEL』  家具が廃材で出来ている。
冷蔵庫もないけど、近所に屋台がたくさんあるから外で飲食すれば問題なし。テレビもありません。
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『PHRANAKORN NORNLEN HOTEL』
それぞれの部屋にはテーマの違う壁絵が描かれている。朝ご飯がとても美味しいホテルです。
早朝便でバンコクを発つ私たちに、朝ご飯ボックス+フレッシュフルーツジュースを用意してくれた!
『空港に行く車で食べて』ですって、嬉しい。
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バンコク屋台 超B級なお味なんだけど、インスタントラーメンのバジル炒め(?)が美味。
黄色Tシャツのタイ人のお兄さんが、屋台のオバチャンと私たちの通訳をしてくれた。
これがバジル入りインスタントラーメン炒め
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船に乗る。ペラペラの切符。車(船)掌さんは、どんなに混雑している状態でも新しく乗ってきた人を把握していて、手に切符とお釣りの入った細長い缶をチャカチャカ鳴らしながら、切符を切りにきます。
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ここのガイヤーンはびっくりするほど美味しい。LAAB LANGSUNというお店。
左がソムタムタイ、右がガイヤーン、奥がラープーム。
ここでイサーン地方の料理の美味しさに(でもとっても辛い料理が多い)目覚めた私たち。
今回の旅では毎日イサーン料理が食べられたので、ホクホクでした。
蒸し暑いタイで、とびっきり辛い料理の数々、ビールがこれまたたまらなくウマイんですよね。
蒸したもち米とお相性もGoodです。
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ハニコは7年ぶりのタイでした。

排気ガス、すぐふっかけてくるトゥクトゥクの運転手(けど値切るとすぐに安くする。そして、すぐお土産屋に連れて行こうとする)、うだるような暑さ、バンコクは何一つ変わっていなかった。。。


お金持ちそうな地元人は大抵中華系だった。タクシンも中華系だもんね。

カンボジア-2009年のアジア周遊

今回の旅とは別に、2009年5月にアジア数箇所を旅行したときの写真。

1ヵ国目、カンボジアのシェムリアップに到着。

最初の2日は現地の業者にガイドと乗り物チャーター(1日目はトゥクトゥク、2日目は車)を依頼しました。

残りの2日は自由に気ままなブラブラ。


タ・プローム。映画『トゥーム・レイダー』のロケ地。
ここにいくまでの道を歩いているとシジミの殻がたくさん落ちている。
カンボジアの人たちはシジミが好物で、外で食べて殻を捨てて行くんだって。
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木の生命力に驚く。
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ベンメリア。アニメ『天空のラピュタ』の世界。 シェムリアップ市街から車で一時間くらい。
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ベンメリア。発見された当時の様子のまま保存してあるんだって。
瓦礫の山にときめく。
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日本人の男の子が『すごいぞ、ラピュタは本当にあったんだ!』と等とのたまっていましたが、瓦礫の道をアスレチックのように上り下りしていると、遺跡の発見者のような気分になれます。
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バンテアイ・スレイ。『東洋のモナリザ』という女神像が有名。
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バンテアイ・スレイの彫刻、ローズ色。
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バンテアイ・スレイの庭。
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アンコール・ワット。灼熱の中、はるかむこうに筍のようなワットが。
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プサー・トム・マーケット。地元民御用達の市場。
誰一人として売り込みをしてこないので、ゆっくり落ち着いて買い物できます。
大量の黒胡椒粒、魚醤、果物を買いました。
昼過ぎになると、お店の人たちはハンモックでお昼寝をはじめます。
何か買いたいときは、まずお店の人を起こさねばなりません。
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プサートムマーケットで買ったライチとランブーラン。マンゴーはオマケにつけてくれた。
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ヌーンナイトマーケット。
瑛太似のバーテンさんがおいしいフレッシュフルーツのカクテルをつくってくれます。
連夜、夫婦で通いました。
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カンボジア人は素直なとてもいい顔をしている。

現地人率100%の食堂に入ると、隣に座った他のお客さんが一所懸命世話をやいてくる。

そして、一言二言カンボジア語で挨拶したり、支払いの数字を聞き取れたりすると、皆して大喜びしてくれる。

町並みはインフラが整備されていない。

少しでも雨がふると、道路は池のような水溜りになるし、小さな子供は雨どいから流れる水で体を洗っていた。

あちらこちらで下水道を掘っていたが、重機はなく大勢の人がスコップで作業していた。

道路はほとんど未舗装。でも、皆ニコニコととても幸せそうだった。

家電に関しては、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、パソコンを一気に飛び越して、携帯電話に到達してしまった感じ。皆、携帯電話を持っている。

テレビは、今でも村に一台、しかも車のエンジンで発電させているという話だった。

そして、カンボジアは子供がよく働いている。学校はどうしているのかと思ったら、二部制になっていて、午前の部と午後の部があるらしい。

半日は勉強、あと半日は家族のために働くんですって。

子供が将来なりたい職業のナンバーワンは医者と先生。

医療費は子供は全て無料、大人は高額なのでなかなか医者に行かず市販の薬でどうにかするそうだ。

どうも薬屋が混んでいると思った。

ポルポト時代の負の遺産は、郊外に出るとあちこちに立てられている『地雷注意』の看板からヒシヒシと感じられる。

手足のない物乞いも多い。

カンボジアには日本政府や日系民間企業の支援で建てた学校や、修復した遺跡がたくさんあって、また、地雷撤去に使われる機械や、義足の支援など日本の貢献は大きいそうです。

日本も戦後は他国の支援をえて再建したのだから、支援なんてものは順番なのだと思う。
(ダリオによれば、世界は当時冷戦で、日本を西側世界の防波堤にしたい占領国アメリカの思惑と、朝鮮戦争、ベトナム戦争による軍事特需が日本復興の直接の要因とのことだけど。)

それでも、日本人としてとても嬉しく、誇らしくなりました。

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ダリオ&ハニコ

Author:ダリオ&ハニコ
夫婦で旅してます。

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